楊振寧

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楊振寧
楊振寧
Chen-Ning Frank Yang
CNYang.jpg
楊振寧(2005年)
生誕 (1922-10-01) 1922年10月1日(95歳)[1]
中華民国の旗 中華民国安徽省合肥市
居住 北京
市民権 中華人民共和国の旗 中国[注釈 1]
国籍 中華人民共和国の旗 中国
研究分野 統計力学
素粒子物理学
研究機関 ストーニーブルック大学
プリンストン高等研究所
香港中文大学
清華大学
シカゴ大学
出身校 西南聯合大学
清華大学
シカゴ大学
博士課程
指導教員
エドワード・テラー
他の指導教員 エンリコ・フェルミ
博士課程
指導学生
T・ビル・サザーランド英語版
Alexander Wu Chao (趙午)
C. K. Lai (黎振球)
Ed Yen (閻愛德)
Ben Fan
主な業績 ランダウ=ヤン定理英語版
パリティ対称性の破れ
ヤン=ミルズ理論
ヤン=バクスター方程式英語版
リー・ヤンの定理
主な受賞歴 ノーベル物理学賞 (1957)
ランフォード賞 (1980)
アメリカ国家科学賞 (1986)
ベンジャミン・フランクリン・メダル英語版 (1993)
アルベルト・アインシュタイン・メダル (1995)
ボゴリューボフ賞英語版 (1996)
ラルス・オンサーガー賞英語版 (1999)
配偶者 杜致礼中国語版 (1950–2003)
翁帆中国語版 (2004–)
子供 3
プロジェクト:人物伝
楊振寧
プロフィール
出生: (1922-10-01) 1922年10月1日(95歳)
出身地: 中華民国の旗 中国安徽省合肥市
職業: 物理学者
各種表記
繁体字 楊振寧
簡体字 杨振宁
拼音 Yáng Zhènníng
和名表記: よう しんねい
発音転記: ヤン ヂェンニン
英語名 Yang Chen-Ning
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ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:1957年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:素粒子物理学における重要な発見に導いた、いわゆるパリティについての洞察的な研究

楊振寧(よう しんねい、1922年10月1日[1] - )は中国人の物理学者

人物[編集]

1942年、西南聯合大学を卒業して1945年渡シカゴ大学へ留学し、エンリコ・フェルミに師事する。

1949年から1965年にかけてプリンストン高等研究所の所員・教授を務めた。その後、1965年からはニューヨーク州立大学の教授となる。

プリンストン時代、コロンビア大学李政道素粒子間の弱い相互作用におけるパリティ非保存に関する共同研究を行い、パリティ対称性の破れが存在することを強く示唆した。このことはただちに同じ中国出身のコロンビア大学の女性物理学者、呉健雄らのチームによって実証された(ウーの実験)。この業績により、2人は1957年度のノーベル物理学賞を受賞することになった。中国系のノーベル賞受賞としては、初のケースになる。当時は中華民国籍だった(現在は中華人民共和国[2])。

他にゲージ理論におけるヤン=ミルズ理論、可解模型のヤン=バクスター方程式など、多くの業績がある。

1984年復旦大学より名誉博士号を授与された。

1953年には、国際理論物理学会 東京&京都 で来日した。

2004年には、54歳年下の大学院生と結婚したことでも話題となった。

受賞歴[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 出生時は中華民国籍。1964年にアメリカ合衆国の市民権を得た。2015年に中華人民共和国籍となり、アメリカ合衆国の市民権を返上した。

出典[編集]

  1. ^ a b Bing-An Li, Yuefan Deng. “Biography of C.N. Yang (PDF)”. 2007年9月11日閲覧。 “His birth date was erroneously recorded as September 22, 1922 in his 1945 passport. He has since used this incorrect date on all subsequent official documents.”
  2. ^ 中国の軍事崛起は米防衛産業界出身が主役…米「中国のスパイ行為憂慮」”. 中央日報 (2017年3月30日). 2017年5月9日閲覧。

関連項目[編集]