林忠明

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林忠明 Table tennis pictogram.svg
基本情報
生年月日 1920年
選手情報
利き腕
グリップ ペンホルダー
戦型 攻撃型
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

林 忠明(はやし ただあき 1920年1月2日- )は、神奈川県秦野市出身の元卓球選手。

経歴[編集]

12歳のときに卓球を始めた。1940年に汎太平洋卓球大会の日本代表に選ばれて国際試合に出場したが太平洋戦争の勃発で歩兵部隊の幹部として満州や南方戦線を転戦した[1]

復員後、1946年に全日本軟式で優勝[2]、1950年には全日本卓球選手権のシングルスで優勝、日本初参加となった1952年にインドのボンベイで行われた世界卓球選手権藤井則和とのペアで男子ダブルス優勝している[3]。このとき渡航費用として40万円がかかったが半分の20万円は自己負担したという[1]

現在は荒川区で卓球用品の会社を経営している[1]

主な戦績[編集]

プレースタイル[編集]

カット打ちの名手であった[3][4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 戦争で九死に一生を得、日本で初めて、世界選手権に優勝”. 荒川区地域振興公社. 2010年5月25日閲覧。
  2. ^ 全日本軟式卓球選手権大会”. 日本卓球協会. 2010年5月25日閲覧。
  3. ^ a b 関学で唯一世界選手権に出場した藤井則和OB(故人)”. 関西学院大学卓球部. 2010年5月25日閲覧。
  4. ^ 英国のバーグマンとリーチ”. 別府市卓球連盟. 2010年5月25日閲覧。

外部リンク[編集]