木村庄之助 (初代)

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初代 木村 庄之助(しょだい きむら しょうのすけ、生没年不詳)は、大相撲立行司である木村庄之助の初代とされる人物であるが、実在は疑われる。本名は中立羽左衛門尉清重と伝えられる。

人物[編集]

文政10年(1827年)に9代目木村庄之助が幕府へ提出した先祖書によると、初代木村庄之助は以下のように記述されている。

「先祖は真田伊豆守の家来中立羽左衛門と申し、年月不明。御暇を願ひ浪人致し、寛永年間中、本院宮地造営の為、御屋敷様方より力士を相頼み、勧進寄相撲と申始め、右奉加を以て堂宮造営致候儀に有之……」

しかしながら、現在ではその実在を証明できない。木村家文政(1818年 - 1830年)のころに系譜を編纂し、実質的な初代である4代庄之助に3人の先祖を加上した際に加えられた、架空の人物とみなされている[1]

脚注[編集]

  1. ^ 木村庄之助(4代)”. 朝日日本歴史人物事典(コトバンク所収). 2014年6月4日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]