徳田章

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とくだ あきら
徳田 章
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 神奈川県鎌倉市
生年月日 (1952-02-24) 1952年2月24日(65歳)
最終学歴 日本大学卒業
勤務局 NHK放送センター
部署 東京アナウンス室
職歴 福井長野松山→東京アナウンス室→松山→東京アナウンス室
活動期間 1975年 -
公式サイト NHK
出演番組・活動
現在 本文参照
過去 本文参照

徳田 章(とくだ あきら、1952年2月24日 - )は、元NHKエグゼクティブアナウンサー

人物[編集]

神奈川県立茅ヶ崎北陵高等学校を経て日本大学卒業後、1975年入局。

NHK東京局では、かつての人気クイズ番組だった『連想ゲーム』の司会者(9代目・11代目(再)、最終回迄担当)を務めるなど、バラエティ番組を中心に様々なジャンルの番組を担当。

2007年以降は『NHKのど自慢』の司会者として全国を回り、番組を仕切るだけではなく放送後に制作担当局が実施した「ふれあいミーティング」で、職員の1人として参加し、視聴者からの意見に耳を傾けてきたが、定年が近くなったこともあり2009年度いっぱいで引退、以後は高齢者シフトでラジオに活動の軸を移しており、2010年4月からはラジオ深夜便のアンカーに就任、宇田川清江元アンカーの担当枠を引き継いだ。

しかし、『のど自慢』を引き継いだ松本和也が心身のバランスを崩して休養に入ったため、2011年7月10日にわずか1年3か月で代理として司会に復帰。翌日NHK広報が上記理由により松本の後任として正式に司会復帰する旨を発表した[1](深夜便の出演は降板)。2012年2月24日に60歳の誕生日を迎え嘱託職へ移行したが、その後も2012年度末まで週の後半は旅行脚を続けた。

大のザ・ベンチャーズマニアで、NHK-FMの『ポップス・グラフィティ』『ミュージック・プラザ』に、ゲストとして数回出演した。地元を取り上げた『おーいニッポン・神奈川県』で、得意のエレキギターを披露したこともある。

きよしとこの夜』では、WAHAHA本舗所属のタレントで鼻豆芸を披露することで有名な梅垣義明から、NHKアナウンサーとして唯一、豆を飛ばされたというエピソードもある。

2014年1月25日に放送された『ピタゴラスイッチ』では、自らナレーションをするコーナー「お父さんスイッチ」におじいちゃんとして家族で登場した[2]

2017年10月14日放送の『業界用語大辞典』(BSフジ)など民放の番組へも出演している[3]

出演番組[編集]

現在[編集]

過去[編集]

音楽系[編集]

その他バラエティー・司会進行[編集]

報道・情報系[編集]

教育・教養系[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ “「心身のバランス崩した」NHK松本和也アナ、のど自慢など降板”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2011年7月11日). オリジナル2012年8月17日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120817170239/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110711/ent11071118110013-n1.htm 2014年1月28日閲覧。 
  2. ^ nhk_Eteleのツイート (427658436457660416)
  3. ^ 業界用語大辞典(BSフジ)、2017年9月30日閲覧
  4. ^ 2010年4月-2011年7月まで担当したのち、上記『のど自慢』司会に復帰するため降板。2016年4月より約5年ぶりに復帰。当初は第1・3日曜のみ。2017年4月から第5日曜も担当

外部リンク[編集]