廬山寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
廬山寺
RosanjiTeien.jpg
源氏庭
所在地 京都府京都市上京区寺町通広小路上ル北之辺町397
位置 北緯35度1分28.5秒 東経135度46分6.05秒 / 北緯35.024583度 東経135.7683472度 / 35.024583; 135.7683472座標: 北緯35度1分28.5秒 東経135度46分6.05秒 / 北緯35.024583度 東経135.7683472度 / 35.024583; 135.7683472
山号 日本廬山
廬山
宗旨 天台宗単立
宗派 天台圓淨宗
寺格 本山
本尊 阿弥陀如来
創建年 天慶元年(938年
開基 良源
正式名 廬山 天台講寺(廬山 天臺講寺)
日本廬山天臺講寺
札所等 洛陽三十三所観音霊場第32番
京都七福神(金山毘沙門天
文化財 慈恵大師筆遺告(国宝、東京国立博物館寄託)
絹本著色普賢十羅刹女像・後伏見天皇宸翰願文ほか(重文)
法人番号 8130005001337
テンプレートを表示
紫式部歌碑、めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな、京都市上京区廬山寺内
廬山寺、京都市上京区

廬山寺(ろざんじ)は京都市上京区北之辺町にある天台系の単立仏教寺院。天台圓淨宗の本山。本尊は阿弥陀如来。寺号は詳しくは廬山天台講寺(ろざんてんだいこうじ)と称する。紫式部の邸宅跡として知られる。

歴史[編集]

比叡山延暦寺の中興の祖である良源(元三大師、慈恵大師)により天慶元年(938年)に京都の北山に創建。寛元元年(1243年)に法然の弟子である覚瑜船岡山の南麓に再興、中国の廬山にならい廬山天台と号した。

元亀3年(1571年)、織田信長比叡山焼き討ち正親町天皇の女房奉書により免れたが、豊臣秀吉寺町建設によって天正年間に現在地に移った。度々の火事のため、現在の堂宇は寛政6年の再建になるものである。

1965年(昭和40年)に考古・歴史学者角田文衞により紫式部邸跡とされた。御黒戸四箇院のうち現存する唯一の摂家門跡である。

境内[編集]

文化財[編集]

国宝[編集]

重要文化財[編集]

典拠:2000年までに指定の国宝・重要文化財については、『国宝・重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)(毎日新聞社、2000)による。

行事[編集]

  • 節分の「追儺式鬼法楽」は通称「鬼おどり」、赤青黒の鬼に紅白の餅と豆を投げて悪霊退散を祈願する。

札所[編集]

洛陽三十三所観音霊場
31 東向観音寺 -- 32 廬山寺 -- 33 清和院
京都七福神(金山毘沙門天

所在地・アクセス[編集]

京都市バス京都バス 府立医大病院前バス停 徒歩3分
京阪鴨東線出町柳駅神宮丸太町駅 徒歩10分
  • 本堂および庭園は有料

周辺[編集]

寺町通をはさみ西向に梨木神社、その南に京都御苑清和院御門。南隣は京都府立医科大学図書館、北隣は清浄華院、その北に本禅寺

拝観案内[編集]

  • 拝観時間 9:00~16:00 
  • 拝観料 大人500円 小人400円 ※団体(30名以上)400円

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]