東向観音寺

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東向観音寺(ひがしむかいかんのんじ)
Kitano-tenmangu Kyoto Japan04n4592.jpg
本堂
所在地 京都市上京区今小路通 御前通 西入上る観音寺門前町863
位置 北緯35度1分44.4秒
東経135度44分5.1秒
座標: 北緯35度1分44.4秒 東経135度44分5.1秒
山号 朝日山
宗派 真言宗泉涌寺派古義真言宗
寺格 準別格本山
本尊 十一面観世音菩薩、不動明王(右)、弘法大師(左)
創建年 延暦25年(806年
開山 賢璟法師
開基 桓武天皇藤原小黒麿
中興年 (神宮寺として)天暦元年(947年
応和元年(961年[1][2]
中興 最鎮
正式名 朝日山観音寺
別称 朝日寺
觀世音寺
天滿宮御本地佛
北野神宮寺
奧之院
札所等 洛陽三十三観音霊場三十一番札所
法人番号 5130005002214
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東向観音寺(ひがしむかい かんのんじ)は、京都市上京区観音寺門前町にある真言宗泉涌寺派の寺院。本尊は十一面観世音菩薩北野天満宮神宮寺であった。

歴史[編集]

延暦25年(806年)、大納言藤原小黒麻呂及び賢璟法師が桓武天皇の勅により創建した。当初は朝日寺という名称だった。天暦元年(947年)に菅公(菅原道真天満大自在天神)廟をこの地に移し、朝日寺の最鎮らが北野天満宮を建立して朝日寺を北野天満宮の神宮寺とし、応和元年(961年)には筑紫観世音寺より菅公自作の十一面観音を招来して新たに本尊とした。

応長元年(1311年)、無人如導宗師が筑紫の観世音寺に擬して朝日寺の名称を観世音寺または観音寺と改め、天満宮御本地仏・北野神宮寺または、奥之院とも称した。境内は次第に整備され、当寺の本堂である観音堂が東を向いている東向観音の他にも、観音堂が西を向いている西向観音もあった。が、数度の火災の後、西向観音は廃絶されてしまった。

江戸時代に入ると一条家祈願所となり、一条家出身で明治天皇皇后となった昭憲皇太后は結婚する以前に当寺で勉学に励まれたと言われている。

境内には菅公の生母大伴氏の墓所がある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 北野東向観音寺 縁起
  2. ^ 観世音寺から菅原道真自作の十一面観世音菩薩像を請来