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小手川宏基

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小手川 宏基
名前
愛称 コテ
カタカナ コテガワ コウキ
ラテン文字 KOTEGAWA Koki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-09-12) 1989年9月12日(37歳)
出身地 大分県大分市
身長 173cm
体重 64kg
選手情報
ポジション MF (OH)
利き足 右足
ユース
2005-2007 日本の旗 大分トリニータU-18
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2007-2012 日本の旗 大分トリニータ 36 (1)
2013-2016 日本の旗 ギラヴァンツ北九州 166 (22)
2017-2020 日本の旗 大分トリニータ 65 (7)
2021 日本の旗 松本山雅FC 20 (0)
2022-2024 日本の旗 ジェイリースFC 45 (5)
通算 332 (35)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年9月8日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

小手川 宏基(こてがわ こうき、1989年9月12日 - )は、大分県大分市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー[1]。マネジメント会社はジャパン・スポーツ・プロモーション(JSP)[2]。

来歴

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プロ入り前

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大分トリニータU-18時代・3年次の2007年2月にトップチームの宮崎キャンプに参加し、キャンプ中の練習試合では非凡な得点能力を見せた[3]。その後、トップの2種登録選手に登録されると、J1第2節・ジュビロ磐田戦の2日前となる3月10日に居残り練習中のセルジーニョが負傷。当時の監督のシャムスカは、同じく居残り練習をしていた小手川を追加メンバーとして遠征招集。突然の招集であった為スーツを持っておらず、高校の制服姿で帯同した[4]。その試合(17歳5か月)でJ1デビューを飾り、大分の当時の最年少出場記録を塗り替えた(現在の記録保持者は為田大貴で17歳1か月)。その後のナビスコ杯第1節の横浜FC戦ではスタメンデビューも果たすなど、この年は公式戦5試合に出場。

大分トリニータ

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2008年に正式にトップ昇格[3](同期入団は清武弘嗣・井上裕大ら)を果たして以降は試合出場機会が少なかったが、2010年には前年引退した西山哲平から背番号7を引き継ぎ、更にはサイドバックとして開幕スタメンを飾り序盤戦はレギュラーとして試合に出場。しかし4月25日のJ2・第8節・ギラヴァンツ北九州戦で負傷し全治3か月と診断され戦前離脱[5]。復帰試合は翌2011年11月6日の第34節・ジェフユナイテッド千葉戦となり(後半37分、前田俊介と交代出場)、日数にして実に560日ぶりの公式戦復帰となった。2012年は3月4日のJ2開幕戦・ザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)戦でリーグ戦初ゴールを挙げた。当時自己最多のリーグ戦13試合に出場するもレギュラー奪取する事はできず、同年限りで契約満了により大分を退団した[6]。

ギラヴァンツ北九州

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2013年、ギラヴァンツ北九州に加入[7]。監督の柱谷幸一から期待を込められ加入年から背番号10を背負った[8]。2013シーズンはリーグ前半戦で7得点を記録。後半戦は得点数は伸び悩み計8得点となったが、プロ入り後初めてシーズンを通じ先発として試合出場を継続した。以後2016年シーズンまでの4年間で、リーグ戦計166試合に出場。欠場した試合は僅か2試合だけであった。しかし、2016年に北九州がJ2リーグ戦最下位となり、J3降格の憂き目に遭う事となった。

大分トリニータ復帰

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2017年、大分に完全移籍で5年振りに復帰[9]。2年目の2018年にはチームのJ1昇格に貢献した。J1に舞台を移した翌2019年以降は出場機会を減らし、2020年を以て契約満了により大分を退団[10]。

松本山雅FC

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2021年、松本山雅FCに加入し[11]、リーグ戦20試合に出場したが、チームはJ3降格となり、同年限りで契約満了となった[12]。

ジェイリースFC

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2022年1月29日、ジェイリースFCへの入団が発表された[13]。2024シーズンを以て現役引退[14]。。

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005大分U-1818---1010
2007大分27J130200050
200810200030
2009905100141
20107J280-0080
201120-0020
2012131-10141
2013北九州10418-20438
2014424-40464
2015418-10428
2016422-20442
2017大分20343-00343
2018244-10254
2019J1605030140
20201020-30
2021松本28J2200-10210
2022JLFC27九州183--183
2023152--152
2024120-10130
通算日本J1 20016130391
日本J2 26730-12027930
日本九州 455-10465
日本他 --1010
総通算 3323516117036536

2007年は2種登録

その他の国際公式戦

タイトル

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クラブ

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大分トリニータ

個人

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脚注

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  1. ↑ “北九州MF小手川が5季ぶり大分復帰!「もう一度J1に」”. ゲキサカ (2016年12月27日). 2020年7月28日閲覧。
  2. ↑ “パートナー一覧”. ジャパン・スポーツ・プロモーション. 2018年9月13日閲覧。
  3. 1 2 大分トリニータU−18清武弘嗣選手・小手川宏基選手・井上裕大選手・石田良輔選手 トップチーム昇格内定のお知らせ J's Goal,2007年11月1日,2018年6月23日閲覧
  4. ↑ 初雪の日に告げた、生え抜きとの別れ。8年間の思い出を胸に小手川選手にエールを。(写真あり) ブロゴラ,2012年12月11日,2018年6月23日閲覧
  5. ↑ “小手川宏基選手 怪我の診断結果について”. J’s GOALアーカイブ (2010年4月27日). 2018年10月3日閲覧。
  6. ↑ “契約満了選手のお知らせ”. J’s GOALアーカイブ (2012年12月5日). 2018年10月3日閲覧。
  7. ↑ “小手川宏基選手 完全移籍加入のお知らせ”. J's GOALアーカイブ. ギラヴァンツ北九州 (2012年12月26日). 2020年4月22日閲覧。
  8. ↑ 小手川、移籍元の大分のサポーターに「そんなに遠くないんで、ぜひ応援に来て下さい!」 ブロゴラ,2013年3月13日,2018年6月23日閲覧
  9. ↑ 『小手川 宏基 選手 大分トリニータへ完全移籍のお知らせ』(プレスリリース)ギラヴァンツ北九州、2016年12月27日。2016年12月28日閲覧。
  10. ↑ 『小手川宏基選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)大分トリニータ、2020年12月8日。2020年12月20日閲覧。
  11. ↑ 『小手川宏基選手 大分トリニータより完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)松本山雅FC、2021年1月7日。2021年1月8日閲覧。
  12. ↑ 『小手川宏基選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)松本山雅FC、2021年12月16日。2021年12月16日閲覧。
  13. ↑ “ジェイリースFC 公式ツイッター”. ジェイリースFC (2022年1月29日). 2022年1月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年1月29日閲覧。
  14. ↑ “【小手川宏基選手 現役引退のお知らせ】”. ジェイリースFC (2024年12月4日). 2025年3月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年3月18日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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