吹屋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
吹屋の町並み

吹屋(ふきや)は、岡山県高梁市成羽町にある地区である。

石州瓦ベンガラ漆喰壁の赤い町並みで知られ、歴史的町並みの残る6.4ヘクタールの範囲が重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

本項ではかつて同地域に所在した川上郡吹屋町(ふきやちょう)と、同町の町制前の名称である吹屋村(ふきやむら)についても述べる。

概要[編集]

吹屋地区: 郷土館(左手)

元は1955年昭和30年)まで存在した川上郡吹屋町(現在の高梁市成羽町吹屋・同坂本・同中野)であり、標高550mの高原地帯に位置する。

江戸時代中期頃より、幕領地として吹屋銅山を中心とする鉱山町へと発展した。幕末頃から明治時代にかけては、銅鉱とともに硫化鉄鉱石を酸化還元させて人造的に製造したベンガラ酸化第二鉄)における日本唯一の巨大産地として繁栄を極めた。主に美術工芸用の磁器の絵付け・漆器、神社仏閣のベンガラ外壁塗装に多用された。最盛期には銅山で働く従業員数が1200人にのぼる。山間に忽然と存在する吹屋集落のベンガラ格子と石州瓦による赤褐色の重厚な商家の町並みが昔日の繁栄を象徴している。

吹屋集落では、町並保存地区や中野地区、坂本地区、下谷地区は、1974年(昭和49年)に岡山県の「ふるさと村」に指定された。また、1977年(昭和52年)には岡山県下初の国の重要伝統的建造物群保存地区として選定され、現在は周遊型観光ができる産業遺産である。各観光施設が点在しており、駐車場スペースが広く、待ち時間もなく、自然を楽しみながらゆったりと見学できるのが特徴。里山の固有の文化が残る大変貴重な美集落である。備中神楽や渡り拍子など伝統的祭事にも保存伝承に力を入れ、日本最古の木造小学校・吹屋小学校がある。

建造物・施設[編集]

吹屋地区: 旧片山家住宅
坂本地区: 西江邸
中野地区: 笹畝坑道
下谷地区: 田村家住宅
吹屋地区
  • 旧片山家住宅(国の重要文化財) - 江戸時代後期築の商家、主屋と付属屋計5棟が国の重要文化財に指定されている。石州瓦葺、主屋は切妻造平入(座敷部の背面は入母屋造妻入)[1]
  • 吹屋ふるさと村郷土館 - 1879年(明治12年)築の商家。妻入、入母屋造、石州本焼瓦葺
  • 吹屋資料館 - 明治中期頃の建築。旧吹屋町役場。
  • 国際交流ヴィラ - バブル期の1988年に、当時の岡山県知事長野士郎の発案で、地域の国際化を目的に県が造った外国人専用の宿泊施設だったが、利用客の減少・建物の老朽化・県の財政難により2008年に廃止され、2009年に県から高梁市へ施設移管、2016年に日本人・外国人問わず宿泊可能な民間経営のゲストハウスとして再開された[2][3][4][5]
  • 山神社 - 1874年明治7年)に岩崎弥太郎が寄進した三菱マークの玉垣が現存する。
  • 高梁市立吹屋小学校 - 1899年(明治32年)竣工(東校舎・西校舎、木造平屋建)と1909年(明治42年)竣工(本館、木造2階建)という日本最古の木造校舎。夜間はライトアップされる。2012年3月に閉校となり、現在は耐震対策のため解体中。2018年ごろに再建される見込み。
  • ラ・フォーレ吹屋 - 吹屋中学校跡地に旧校舎を模して旧成羽町が建設したホテル
  • ふれあいの森 - バンガローテニスコートキャンプ場天文台、フィールドアスレチック、小鳥の森などの施設がある。
坂本地区
  • 西江邸 - 幕府代官御用所としてまた、ベンガラ産業の中心的役割として地域のランドマークとなっていた。郷蔵・白洲跡・駅馬舎・手習い場などが現存し、一般公開している。中世の山城風な館構え、戦国時代を彷彿させる武者返しとなっている石垣、石州宮大工・石州瓦がベンガラ産業の繁栄期をうかがい知ることのできる人の住まう活きた歴史的建造物である。また、西江家十八代目当主が途絶えたベンガラ産業の復興に成功させ、かつての天然ローハベンガラを保存している。天然ローハベンガラで染色したスカーフを展示販売している。映画「釣りバカ日誌18 ハマちゃんスーさん瀬戸の約束」のロケで使用。
中野地区
下谷地区
  • 田村家住宅(福岡屋)
  • 延命寺
  • 銅栄寺

沿革[編集]

吹屋町
廃止日 1955年4月1日
廃止理由 編入合併
吹屋町成羽町
現在の自治体 高梁市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 岡山県
川上郡
総人口 2,894
国勢調査1950年
隣接自治体 高梁市新見市
川上郡成羽町油野村
阿哲郡万歳村新砥村
吹屋町役場
所在地 岡山県川上郡吹屋町
資料館(旧・吹屋町役場)
座標 北緯34度51分45秒
東経133度28分6秒
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
  • (伝)807年大同2年) - 吹屋銅山開坑。
  • 1681年天和元年) - 大坂の泉屋(住友財閥の前身)により吉岡銅山が開発される。
  • 1707年宝永4年)頃 - ベンガラの生産が始まる。
  • 1722年享保7年) - 大塚家(福岡屋)により吉岡銅山が開発される。
  • 1873年(明治6年) - 三菱財閥岩崎家により吉岡銅山が開発される。
  • 1889年(明治22年)6月1日 - 町村制施行により、川上郡吹屋村・坂本村・中野村の一部が合併して吹屋村を新設。
  • 1901年(明治34年)2月6日 - 吹屋村が町制施行して吹屋町が発足。
  • 1931年(昭和6年) - 銅山が閉山。
  • 1934年(昭和9年)3月19日 - 吹屋大火災が発生。
  • 1954年(昭和29年)5月3日 - 吹屋千枚の大火が発生。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 吹屋町が成羽町に編入合併する。
  • 1972年(昭和47年) - 第二次世界大戦後に操業が再開されていた銅山が閉山。
  • 1973年(昭和48年) - 成羽町役場吹屋支所を閉鎖。
  • 1974年(昭和49年)12月 - 岡山県「吹屋ふるさと村」に指定される。
  • 1977年(昭和52年)5月 - 国(文部大臣)により重要伝統的建造物群保存地区として選定される。
  • 1978年(昭和53年)4月 - 吹屋地区の住民により吹屋町並保存会が発足。
  • 1979年(昭和54年)11月 - 笹畝坑道が一般公開される。
  • 2004年平成16年)10月1日 - 川上郡成羽町・備中町・川上町・上房郡有漢町および高梁市(旧)が合併し、新・高梁市を新設。吹屋地区は高梁市成羽町吹屋・同坂本・同中野となる。

交通[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]