主計町 (金沢市)

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主計町
主計町 Googlemaps
暗がり坂(主計町3)は久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)へ続く

主計町(かずえまち)とは、石川県金沢市浅野川沿いにある町名1999年10月1日、旧町名として復活した地域で、旧町名復活運動のさきがけとなった。

地理・歴史[編集]

加賀藩士・富田主計(とだかずえ)の屋敷があったことに由来。金沢市では東山ひがしとともに、種別茶屋町で重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

主計町は北国街道が浅野川を渡る地点に架かる浅野川大橋の近くに位置する。茶屋町として明治期から昭和戦前期にかけて栄え、当時の建造物が多く残っている。金沢の茶屋街は東山地区の「ひがし 」と、野町地区の「にし」と、浅野川の近くで「ながれ」とも呼ばれた主計町の3つがある。どこも石畳が敷かれ、料亭や茶屋が並び、「木虫籠」(きむずこ)と呼ばれる格子窓から、三味線の音が聞こえてくる情緒ある町並みである。

五木寛之1978年に主計町を舞台に新聞記者と少女との恋愛を描いた小説『浅の川暮色』(あさのがわぼしょく)を出した。2010年には「金沢ものがたり 主計町あかり坂」(『オール讀物』2010年4月号)を書いた。主計町の芸妓になった高木凜(りん也)と、泉鏡花の研究家で老詩人の高橋冬二郎のやり取りの中で、高橋に名無しの坂に触れて「暗、と、明。泉鏡花にはあけの明星をよんだ句があります。そこで、あかり坂。よし、これできまった」と語らせている[1]

「住居表示に関する法律」のモデル都市指定[編集]

旧町名復活の条件[編集]

  • 歴史と由来のある町名であること
  • 住民の総意が得られること
  • 法の枠を超えない範囲であること(街区方式にのっとっているかどうか)

脚注[編集]

  1. ^ 暗がり坂に平行する名無し坂だった。あかり坂の石段の脇に標柱があり、五木の言葉が刻まれている。「暗い夜のなかに明かりをともすような美しい作品を書いた鏡花を偲んで、あかり坂と名づけた。あかり坂は、また、上がり坂の意(こころ)でもある」。

外部リンク[編集]


座標: 北緯36度34分20.24秒 東経136度39分48.74秒 / 北緯36.5722889度 東経136.6635389度 / 36.5722889; 136.6635389