万延元年のフットボール

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万延元年のフットボール』(まんえんがんねんのフットボール)は、大江健三郎長編小説。『群像1967年1月号から7月号にかけて連載され、同年9月に講談社から刊行された。現在は講談社文芸文庫から刊行されている。第3回谷崎潤一郎賞受賞作。大江は発表当時32歳で、同賞の最年少受賞者でもある。1994年に大江がノーベル文学賞を受賞した際も、受賞理由において代表作として挙げられている。戦後日本文学を代表する作品のひとつとして上げられることも多い。

この小説は、生まれつき障害のある子供の養育を放棄した夫婦と、学生運動に挫折しアメリカへの遊学から帰国した弟、その兄弟の故郷である四国のある村での事件が物語の中心となっている。本作が発表された当時は60年安保70年安保の間の時代であり、そういった時代背景と、大江の戦後民主主義的な思想が作品に強く影響を与えている。

あらすじ[編集]

重度の精神障害の子供の父親であり、親友を自殺で失った根所蜜三郎は、60年安保闘争に挫折する。そのとき、渡米していた弟・鷹四が帰国する。傷心の蜜三郎は弟の誘いに応じ、自己の拠り所と再生を求めて四国の山奥にある故郷の村へ帰る。蜜三郎と鷹四の曽祖父は地元の村の庄屋であり、その弟は万延元年の一揆の指導者であった。蜜三郎・鷹四兄弟は、この百年前の兄弟の姿に自分たちを重ね合わせようとする。

登場人物[編集]

根所 蜜三郎
本作の語り手。友人の死と障害を持った自らの子の誕生と離別により心に深い闇を抱えるようになる。
根所 鷹四
蜜三郎の弟。安保闘争の後に転向。暴力におびえる一方で、暴力的な傾向をもつ。
菜採子
蜜三郎の妻。障害を持った子の出産により酒に溺れるようになる。
星男
10代後半の鷹四の信奉者。
桃子
同上。
S兄さん(根所 S次)
蜜三郎、鷹四の兄。村はずれの在日朝鮮人の集落を襲撃した折に報復されて殺害される。
ジン
村の大女。六年程前から謎の疾患により大食するようになり、肥満している。村の災いを引き受けていると言われている。
ギー(義一郎)
俗世間との接触を断ち森の中に棲む隠遁者。
ペク・スンギ(スーパーマーケットの天皇)
村を経済的に支配するスーパーマーケットチェーンの経営者。

評価[編集]

安部公房の評価[編集]

戦後小説の最高傑作とするのが一般的だが、安部公房は、大江が郷里を描いたことで「彼も根がほしくなったのかな」と評し、江藤淳は大江との対談で「蜜三郎」などの名前が不自然だと激しく論難し、これが大江と江藤の決裂と、江藤の死にまで至る対立をもたらした。[1]

柄谷行人の評価[編集]

柄谷行人は「大江健三郎のアレゴリー」という批評を書いた[2]。内容は以下のごとし。

第Ⅰ節において、本作を筆頭とする初期大江作品が固有名を欠いていて、それは大江が固有名や「単独性」を重視するからこそであるという逆説的な指摘がなされる。同様の姿勢を持つ作家としてカフカが挙げられる。

第Ⅱ節において、1960年安保闘争に集約されて表れた幕末以来の政治的、思想ダイナミクスを捉えた唯一の作品であるとした。

翻訳[編集]

  • 英語 Silent Cry 1974年(ジョン・ベスター
  • フランス語 Le jeu du siècle (René de Ceccatty et Ryôji Nakamura)
  • ドイツ語 Die Brüder Nedokoro : Roman 1980年、Der stumme Schrei : Roman (Rainer und Ingrid Rönsch)
  • イタリア語 Il grido silenzioso (Nicoletta Spadavecchia)
  • スペイン語 El grito silencioso (Miguel Wandenbergh)
  • ロシア語 Футбол 1860 года (Владимир Гривнин)

参考文献[編集]

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  1. ^ 『江藤淳全対話2』小澤書店、小谷野敦『現代文学論争』筑摩選書
  2. ^ 『終焉をめぐって』(福武書店)または『歴史と反復』(岩波書店)所収。

関連項目[編集]