ホアキン・グスマン

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ホアキン・グスマン
Joaquín Guzmán
生誕 (1957-04-04) 1957年4月4日(59歳)
メキシコの旗 メキシコ
国籍 メキシコ
別名 エル・チャポ
団体 シナロア・カルテル
純資産 10億ドル(推定)[1]
肩書き 最高幹部
罪名 殺人
麻薬密輸
資金洗浄
犯罪者現況 拘束
配偶者 スレマ・エルナンデス(死亡)[2]
非婚配偶者 4人(推定)
子供 10人(推定)

ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラスペイン語:Joaquín Archivaldo Guzmán Loera、1957年4月4日 - )は、メキシコ麻薬密売・密輸組織シナロア・カルテルの最高幹部。別名「麻薬王」エル・チャポ:(El Chapo)として知られる。

フォーブス誌はグスマンを「史上最大の麻薬王」、アメリカ合衆国連邦政府は「地球上で最も残酷で危険で恐ろしい男」、DEA(アメリカ麻薬取締局)は「パブロ・エスコバルに匹敵する影響力を持つ麻薬界のゴッドファーザー」と称している。

生い立ち[ソースを編集]

シナロア州バディラグアト出身。

生家は貧しい農家であり、最寄りの学校から100キロメートルも離れている田舎で育った。教師は月に数回家を訪ねてグスマンに教育を施したが、ギャンブルと女で身を持ち崩した父親に代わり、早くから長男であるグスマンは教育を受ける機会を放棄し、産業がないこの地域で農民がよく栽培しているマリファナケシの実を4人のいとこと共に収穫して売り歩き、家族を支えたという。

やがてだらしない父に愛想を尽かしたグスマンは実家を出て祖父と暮らしながらバディラグアトを出る機会をうかがい、20歳ごろに伯父が密売業者を務める麻薬組織に加入して本格的な犯罪稼業に手を染めるようになっていった。

犯罪組織へ[ソースを編集]

1970年代にはミゲル・アンゲル・フェリックス・ガジャルドがボスを務めるグアダラハラ・カルテルに所属し、後のシナロア・カルテルのボスとなるヘクター・ルイス・パルマ・サラザールの下で働くようになった。当初はメキシコ-アメリカ国境に空輸されてくる麻薬の運び屋兼監視係を務めており、そこでグスマンは麻薬の輸送に1分1秒でも遅れた密輸業者を問答無用で射殺する厳格さで知られ、周囲の畏怖及びボスからの信頼を勝ち取っていった。

そして1980年代初頭にはボスの専属運転手を勤めるようになり、やがてコロンビアからメキシコに輸送されてくる麻薬の管理を任されるようになった。

またグアダラハラ・カルテルは1970年代後半から1980年代初頭にかけてコロンビアとアメリカーメキシコ国境を結ぶコカインの仲介業者として活動するとともに、カリブ海やフロリダ半島を結ぶ麻薬の輸送ルートを新たに開拓して組織を巨大化させていった。

そして1980年代中頃になると取引相手のコロンビアマフィア(メデジン・カルテルカリ・カルテル)はアメリカから支援を受けたコロンビア軍の攻撃を受けて勢力は弱体化した。結果としてコロンビアマフィアが得ていた権益をメキシコマフィアが引き継ぎ、さらに組織は巨大化した。

一方でDEA(アメリカ麻薬取締局)もメキシコマフィアの活動を探るべく、エージェントを秘密裏に麻薬組織に送り込むようになった。その中の一人であるキキ・カマレナはガジャルドを含むボスとも繋がりを持つようになり、やがてカマレナから情報提供を受けたメキシコ軍が1984年11月にグアダラハラ・カルテルが所有する1000ヘクタールもの広さをもつ大規模なマリファナ畑に奇襲をかけ、80億ドルもの損害を組織に与えた。

カマレナの裏切りに気付いたガジャルドは1985年2月に白昼堂々彼を拉致し、残忍な拷問にかけて殺害した。この事態にアメリカ政府は激怒し、メキシコ当局はカマレナ殺害犯を逮捕すべく大規模な捜査を行い、1989年にガジャルドは逮捕された。

ガジャルドは刑務所から使者を通して幹部をアカプルコに招集させ、グスマンを含む幹部達はカルテルを3つ(ティフアナ・カルテルフアレス・カルテル、シナロア・カルテル)に分割することを決定した。

グスマンはガジャルド逮捕時には偽名を使用して活動していたようであり、麻薬の密輸を行いつつ薬物、武器、金銭を蓄えていた。またマリファナや芥子の農園を多数所持して地域の住民に栽培させていた。

1987年にアメリカ当局がグスマンの捜査を初めて行い、法廷で証言者が語ったところによるとグスマンがシナロア・カルテルの事実上のボスであり、1987年9月19日から1990年5月18日までの間に2トンのマリファナ及び4.7トンのコカインをアメリカに密輸し、約15億ドルの利益を上げていたという。

別の捜査資料によると3年間で31トンのコカインと大量のマリファナの密輸を行い、10万ドルの利益を上げていたという。

また摘発されるリスクを減少させるために空路は使用せずに陸路を使用して麻薬をアメリカへ輸送した。持ち込み手段は様々であり、密輸業者に少量の麻薬を持たせて運搬させたり、チリペッパーの缶や消火器に麻薬を隠して列車で運び込んだという。さらにアメリカ-メキシコ国境付近に精巧なトンネルを掘削して麻薬を運び込むという手口を編み出した。

代金の回収手段についてはスーツケースに現金を詰め込み、賄賂をつかまされた税関の職員が意図的に荷物をチェックせず通過させてメキシコへ運び込まれたという。

一度目の脱獄[ソースを編集]

1993年にグアテマラで逮捕され、殺人及び麻薬密輸の罪で20年の刑を受け刑務所に収監されていたが、2001年1月に清掃作業車(洗濯物用カート)に隠れて脱獄に成功。78名もの看守に賄賂を配り、グスマン自身が250万ドルの費用を掛けた大掛かりな脱獄であった[3]。この脱獄に関わった看守数名は逮捕され刑を受けている。看守の制服を着て堂々と正面玄関から出ていったという説もある。

メキシコ当局、アメリカ当局及びインターポールから指名手配を受けたが地下に潜伏しつつ麻薬密売組織において活動を活発化、2003年にはライバルであるガルフ・カルテルのボスであるオシエル・カルデナス・ギリェンが逮捕されてから急速に勢力を拡大させ、アメリカ合衆国財務省はグスマンを「世界最大の麻薬組織のボス」と推測している。特にメキシコ当局は500万ドル、アメリカ当局は380万ドルの懸賞金を懸けて行方を追った[4]

2013年シカゴ当局が「アル・カポネ以来、最大の社会の敵」だとコメント[5]

2014年2月22日メキシコ軍とアメリカ捜査当局(アメリカ麻薬取締局アメリカ国土安全保障省など)の合同作戦により、メキシコシナロア州マサトランの高層マンションで身柄を拘束された[6]

二度目の脱獄[ソースを編集]

2015年7月11日、厳戒レベルの警備で知られるエル・アルティプラーノ刑務所より、地下トンネルを用いた2度目の脱獄をした[7][8][9]

グスマンが麻薬取引で稼ぎ出した資産は約1,000億円。脱獄に使った資金は1度目は3億円、2度目はは60億円とも言われている。

2016年1月8日、故郷であるメキシコ中西部シナロア州で通報を受けて駆けつけた当局との銃撃戦の末、グスマンの身柄が確保される。この銃撃戦で密売組織のメンバーとみられる5人が射殺される。グスマン自身はこの現場からは車で逃れたが、その後すぐに捕まった。

2017年1月19日にグスマンはアメリカに飛行機で移送された。

人物[ソースを編集]

  • 刑務所時代を通じて、後に婚約者となる女性と知り合ったが、この婚約者は2008年12月に殺害されている。遺体には対立組織の名が刻まれていたが、首謀者は不明[2]
  • 2009年から2011年にかけて、フォーブス誌ではグスマンを世界でも有数の影響力を持つ人物として認定しており(3年間の順位は41位、60位、55位)、メキシコで2位の影響力を持つ人物としている(1位は実業家であるカルロス・スリム・ヘル)。またグスマンはメキシコで10位の富豪であり(世界で1140位)、1000億円もの純資産を保有しているという。
  • グスマンは貧困層に仕事を与えたり、災害時に政府よりも早く援助活動を行うなどするため、熱烈なサポーターがおり、またある種の文化的アイコンとなっている。以前捕まったときも抗議デモが起こったり、また、「3度目の脱獄頑張れよ」Tシャツが売り出されるなどしている。メキシコ地場の"Narcocorrido"音楽(曲調はメキシカン・フォーク風だが歌詞はギャングスタ・ラップ風)の題材にしばしばなり、有名歌手が応援ソングを歌っているほどである。

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 麻薬王が米誌長者番付に、メキシコ大統領が激怒 AFPBB News(2009年3月15日)2015年7月14日閲覧
  2. ^ a b 麻薬組織ボスの元婚約者、死体に対立組織の頭文字 メキシコAFPBB News(2008年11月27日)2015年7月14日閲覧
  3. ^ "The Last Narco: Inside the Hunt for El Chapo, the World's Most Wanted Drug Lord" Malcolm Beith, 2010年
  4. ^ Most-wanted Mexico drug trafficker is found everywhere latimes.com(2008年11月3日)2013年7月22日閲覧
  5. ^ “メキシコ最重要手配犯の「麻薬王」逮捕、米国との合同作戦で”. ロイター. (2014年2月24日). http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL3N0LS0X420140223 2014年8月22日閲覧。 
  6. ^ メキシコ「麻薬王」拘束 米国などへ密輸、資産1千億円 朝日新聞(2014年2月14日)2015年7月14日閲覧
  7. ^ 麻薬王、2度目の脱獄=大規模捜索着手-メキシコ 時事通信(2015年7月12日)2015年7月14日閲覧
  8. ^ メキシコ麻薬王がまた脱獄、地下トンネルから ロイター(2015年7月13日)2015年7月14日閲覧
  9. ^ メキシコの「麻薬王」が2度目の脱獄、独房からトンネル1.5キロ AFPBB News(2015年7月13日)2015年7月15日閲覧
  10. ^ ショーン・ペンが語る:麻薬王エル・チャポとの会談”. rollingstone (2017年3月12日). 2016年1月18日閲覧。

関連[ソースを編集]