ホアキン・グスマン

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ホアキン・グスマン
Joaquín Guzmán
生誕 1957年4月4日(59歳)
メキシコの旗 メキシコ
団体 シナロア・カルテル
純資産 10億ドル(推定)[1]
肩書き 最高幹部
罪名 殺人
麻薬密輸
資金洗浄
刑事的現況 逃走脱獄
配偶者 スレマ・エルナンデス(死亡)[2]
非婚配偶者 4人(推定)
子供 10人(推定)

ホアキン・アルチバルド・グスマン・ロエーラスペイン語:Joaquín Archivaldo Guzmán Loera、別名:El Chapo、1957年4月4日 - )は、メキシコ麻薬密売・密輸組織シナロア・カルテルの最高幹部。

経歴[編集]

殺人容疑などで1993年に逮捕され、刑務所に収監されていたが、2001年1月に清掃作業車(洗濯物用カート)に隠れて脱獄に成功。(しかし、本当は看守ほぼ全員にお金を配り、看守の制服を着て堂々と正面玄関から出ていったことが後に出た暴露本で明らかになっているらしい)。以後、地下に潜伏しつつ麻薬密売組織において活動を活発化、2003年には組織を掌握して最高幹部となった。メキシコ政府が500万ドルの懸賞金を懸け指名手配している[3]

刑務所時代を通じて、後に婚約者となる女性と知り合ったが、この婚約者は2008年12月に殺害されている(遺体には対立組織の名が刻まれていたが、首謀者は不明)[2]

2009年3月、アメリカ合衆国の経済誌フォーブスが企画した富豪ランキングに登場。推定資産10億ドルで701位(同率者あり)に格付けされている[1]

2013年シカゴ当局が「アル・カポネ以来、最大の社会の敵」だとコメント[4]

2014年2月22日メキシコ軍とアメリカ捜査当局(アメリカ麻薬取締局アメリカ国土安全保障省など)の合同作戦により、メキシコシナロア州マサトランの高層マンションで身柄を拘束された[5]

2015年7月11日、厳戒レベルの警備で知られるエル・アルティプラーノ刑務所より脱獄した[6][7][8]。 グスマンが麻薬取引で稼ぎ出した資産は約1000億円。脱獄に使った資金は前回は3億円、今回は60億円とも言われている。逃走中のグスマンを再び捕まえるのは困難と言われている。なぜならグスマンは貧困層に仕事を与えたり、災害が起こったら政府よりも早く被災地に行って助けたりするためグスマンには熱烈なサポーターがいるらしい。今回捕まったときも抗議デモが起こったり、有名歌手が応援ソングを歌っているほどだという。

2016年1月8日、故郷であるメキシコ中西部シナロア州で通報を受けて駆けつけた当局との銃撃戦の末、グスマンの身柄が確保される。この銃撃戦で密売組織のメンバーとみられる5人が射殺される。

脚注[編集]

関連[編集]