テンソル積
数学の分野である線形代数において、テンソル積(英語: tensor product)とは一般には相異なるベクトル空間の元に対して定義される積の事、もしくはこのような積の有限線形和全体のなす空間の事である。テンソル積は各成分に対して線形であり、しかもある種の普遍性を満たすものとして定義される。
なお、上ではがベクトル空間の場合を考えたが、より一般に環上の加群に対してもテンソルやテンソル積を考える事ができる。
テンソル積の概念の原型はハスラー・ホイットニーによる1938年の論文"Tensor products of Abelian groups."が初出である。
の元をテンソルというが、「テンソル」という言葉には
- 上述の意味
- プログラミング言語その他で用いられる用語で、複数の添字をつけた値の組(例えば)の事。テンソルフローなど。
- 主に物理学やその応用分野で用いられる用語で、上下に複数の添字をつけた値の組(例えば)で、座標変換に対し適切な変換則をみたすもの。ベクトル空間がとその双対空間のケースにおいて、1の意味のテンソルの成分表示。
といった意味がある。
本稿では1の意味について解説し、3の意味についても簡単に触れる。3の意味に関する詳細はテンソルの項目を参照されたい。
概要
[編集]数学の分野である線形代数において、複数個のベクトル空間のテンソル積(英語: tensor product)とは、を用いて
という形の元の有限個の線形和として書けるもの全体からなるベクトル空間の事であり、の元をテンソルと呼ぶ。また の事をのテンソル積と呼ぶ。
テンソル積はベクトル空間の定義体を明示して
とも表記する。
テンソル積は以下の2つの性質によって特徴づけられる:
- 多重線型性:テンソル積の演算 は各変数 のいずれに対しても線形である(直積空間からテンソル積空間への自然な写像が多重線形写像となる)。
- 普遍性:は多重線形性を満たす空間として、ある種の「最大」の性質(任意の多重線形写像を線形写像として経由させる性質)を持つ。
多重線形性を2つの元のテンソル積に対して具体的に説明すると、多重線形性(この場合は2つのテンソル積なので「双線形性」と呼ばれる)とは
の両方が任意の、任意の、および任意のスカラーに対して成立する事を言う。ここではベクトル空間の定義体である。
上では複数個のベクトル空間の場合に対しテンソル積を定義したが、より一般に複数個の環上の加群に対してもテンソル積が定義可能な事が知られている。
成分表示
[編集]各が有限次元ベクトル空間であるとし、をの基底とすると、2つのベクトル空間のテンソル積において双線形性を用いる事により、任意のテンソルは必ず
- where
と書き表す事ができる事を証明できる。したがって各の基底を固定した場合、テンソルは行列と1対1に対応する。
より一般に個のテンソル積の元は
と書き表す事ができる事を証明できる。
を別の基底で表したときの係数をとすると、とは基底変換による変換則で関係づけられる。したがってこれらの値は本稿の冒頭で述べたテンソルの3つの意味の3番目の意味のテンソルである。
なお、として何らかのベクトル空間の双対空間を用いることもあり、その場合には添字を上ではなく下に書く習慣である(代わりに基底の添字を上に書く)。
構成的定義と基本的性質
[編集]テンソル積を定義する手法として
- 構成的定義
- 普遍性を用いた定義
の2つがある。本章では構成的定義の方を説明し、さらにテンソル積の基本性質について述べる。普遍性を用いた定義については次章で述べる。
定義
[編集]簡単のため2つのベクトル空間のテンソル積を述べるが、個のベクトル空間のテンソル積も同様に定義できる。また本章で述べた定義と同様にして環上の加群のテンソル積も定義できる。
という記号を用意し[注釈 2]、このような記号の形式的な(有限個の)線形和
- …(C1)
全体の集合をと書くと、は自然に上のベクトル空間をなす。
を以下のいずれかの形で書ける元全体の集合とする:
- …(C2)
- …(C3)
ここで、はの任意の元であり、、はの任意の元であり、、はの任意の元である。
3つ以上のベクトル空間のテンソル積に関しても同様に定義できる。
基本的性質
[編集]多重線形性
[編集]定理 ― テンソル積は以下を満たす[1]:
ここで、はの任意の元であり、、はの任意の元であり、、はの任意の元である。
上記の性質は「」の左側、右側の双方において線形性が成り立つ事を意味している。この性質をテンソル積の双線形性(英: bilinearity)という。2つとは限らない複数のベクトル空間のテンソル積に関しても同様の事が言え、これを多重線形性(英: multilinearity)という。
本稿の概要においてテンソル積とは多重線形性と普遍性を満たす事だと説明したが、その「多重線形性」がここで説明したものである。普遍性については普遍性によるテンソル積の定義を説明するときに説明する。
テンソル積の具体的表記
[編集]の元が必ず(C1)の形に書けていた事から次がしたがう:
定理 ― の元は必ず(有限個の)線形和
の形に書き表せる。
基底による表現
[編集]をの基底、をの基底とし、、をこれらの基底を使って、と表記すると、双線形性から
と書ける。の元は必ずの形の元の線形和で書けるので、以上の事からの元は必ず
の形に書ける事がわかる。実は以下が成立する:
定理 ― をの基底、をの基底とすると、はの基底をなす[2]。
上の定理からわかるように、、の基底を一組固定すると、という形の元が行列と1対1に対応する。
3つ以上のベクトル空間のテンソル積でも同様のことが成立する事を数学的帰納法により容易に証明できる。例えば3つのベクトル空間のテンソル積の場合は任意の元は
のように一意に書け、この元は行列の代わりにと1対1対応する。
この意味において、基底を固定した場合のテンソル積は行列の拡張概念であり、個のベクトル空間のテンソル積は定義体の元を次元的に並べた次元配列であると解釈できる。基底を変えれば、テンソル積と次元配列の対応関係は変わる。
単純テンソル
[編集]、のテンソル積には
など複数のテンソル積の和として書けるものも含まれる。そこで1つのテンソル積のみで書けるの元を単純テンソルもしくは基本テンソルと呼ぶ[3]。3つ以上のベクトル空間のテンソル積に対しても同様。
前節の最後で述べたように、、の基底を固定したとき、に属する各テンソルは行列と1対1に対応するが、基本テンソルは
のよう書ける行列と対応している事を容易に示す事ができる。
物理学におけるテンソル
[編集]物理学では数学の言葉使いとは若干異なり、「複数の添字をもっている量で適切な変換則を満たすもの」といった意味で「テンソル」という言葉を用いている[4]。
これは物理学ではこれまで説明してきた(数学の意味での)テンソル概念と違い、個々の基底、を固定したうえでそれぞれの基底に対する物理量の成分表示(=「複数の添字を持っている量」)をスタートラインとしている事に起因する。(以下、がの係数である場合を説明する)。
そしてこのような量が基底によらず同一の(数学の意味での)テンソルの成分表示になっているかを座標変換により確認する。すなわち、基底、における物理量の成分表示がそれぞれ、であり、基底、間の座標変換がであるとき、、が「適切な変換則」
を満たす事を確認し、そのことをもってその物理量は(物理学の意味での)テンソルであるという[4]。
添字の上下とアインシュタインの縮約記法
[編集]添字の上下
[編集]をベクトル空間、をその双対空間とする。の元を書き表すときは
のようにスカラーの添字を上付き、ベクトルの添字を下付きに表す習慣である。一方の元を書き表すときは逆に
のようにスカラーの添字を下付き、ベクトルの添字を上付きにする習慣である。
なお、(が有限次元ベクトル空間であれば)二重に双対を取ったは自身と等しいので、、のうちどちらを「もとの空間」、どちらを「双対空間」とするかはその場の議論で着目しているのがどちらの空間であるかによる。本稿では特に断りがなければのように「」がついている方を双対空間とみなす事にする。
これまで本稿では登場するベクトル空間が双対空間ではない事を想定して添字をつけていたが、のように双対空間が登場するテンソル積の場合はその元を
のように上述のルールにしたがって添字の上下をつける必要がある。
アインシュタインの縮約
[編集]テンソルを書き表す際、
のように上付きの添字と下付きの添字で同一の記号が登場する(この例では、双方ともこの条件に該当)ときは和の記号を省略し
と表記するという規約(アインシュタインの縮約)があり、本稿でも以下これを採用する。
なお、同じ添字であっても上付き同士、下付き同士の場合は和を省略できない。例えばでは2つのはいずれも上付きなのでとは書けるがとは書けない。
普遍性による定義
[編集]テンソル積の定義には、これまで紹介してきた構成的定義の他に普遍性を用いた定義がある。本章ではこの普遍性による定義を紹介する。そして前述した構成的定義によるテンソル積はこの普遍性による定義を満たす事、普遍性による定義を満たすテンソル積は自然な同型を除いて一意である事を見る。よって構成的定義と普遍性による定義は実質的に同一である。なお、ここでは2つのベクトル空間のテンソル積のみを紹介するが、3つ以上の場合も同様に定義できる。
これまで同様を体とし、、を上のベクトル空間とする。
準備:多重線形写像
[編集]普遍性による定義を与えるための準備として、多重線型写像の概念を導入する。可読性の観点からここでは双線形写像(=空間が2つの場合の多重線型写像)の定義しか与えないが、多重線型写像も同様に定義できる。
多重線形写像(英: multilinear map)は上述の定義を有限個のベクトル空間からの写像に自然に拡張したものである。
双線形写像の具体例としては、ベクトル空間の定義体が実数体であり、とし、として内積
を考えるとは双線形写像になる。ここで、である。この例に限らず、対称双線型形式はいずれもからへの双線形写像である。
定義のアイデア
[編集]定義を述べる前にその直観的意味を説明する。
を任意の双線形写像とし、
と定義すると、はの双線形写像から
というテンソル積と同様の性質を満たす。したがっての像はとのテンソル積に類似したものになる。
しかしこのようなテンソル積の類似物は真のテンソル積よりも「小さい」ものになる。実際、前節で述べた内積の例だと、は1次元しかない。したがってこのようなテンソル積の類似物の中で「最も大きい」ものを真のテンソル積であると定義する。
この「最も大きい」は上述したような任意のおよびに対し、としたとき、写像で
であるもの、すなわち任意の、に対し
であるものが一意に存在する事を持って定義する。(なぜ「一意」なのかは次節で説明する)。
どのように、を選んでもの元であるが必ずの元であるで表現できるのであるから、が「最も大きい」ものであるといえる。
定義
[編集]テンソル積を以下のように定義する:
定義 (普遍性によるテンソル積の定義[5]) ―

ベクトル空間と双線形写像の組がとのテンソル積であるとは、任意のベクトル空間と任意の双線形写像に対し、ある線形写像が一意に存在し、
が成立する事を言う。
の元をテンソルという。さらに、に対し、
と定義し、とのテンソル積という。
紛れがなければを省略し、をとのテンソル積であるという。
上述の定義に関して2つ注意点を述べる。第一に、上記の定義において写像が一意であるという条件はがという形の元の有限和として書ける事を保証するために必要である。実際、「一意」という条件を外すのであれば、そのような形に書けない元をも含むような、よりもさらに大きい空間が条件を満たしてしまう。例えばも上記のテンソル積の条件を満たす事を容易に示せる。ここではにより定義される写像である。
第二に、3個以上のベクトル空間のテンソル積も上の定義と同様に定義できるのみならず、環上の加群のテンソル積、位相ベクトル空間のテンソル積、ヒルベルト空間のテンソル積なども上の定義で「ベクトル空間」となっているところをそれぞれ加群、位相ベクトル空間、ヒルベルト空間に置き換える事で定義できる。(環上の加群の場合はさらに定義体を環に置き換える必要がある)。
なお、こうした位相ベクトル空間やヒルベルト空間におけるテンソル積は、これらの空間を位相や距離のないベクトル空間とみなしたときのテンソル積と同じものになるとは限らない。例えば2つのヒルベルト空間の(ヒルベルト空間としての)テンソル積は、これらの空間を距離のないベクトル空間としてテンソル積を取ったもの自身ではなく、それを完備化したものに一致する。
存在性と実質的な一意性
[編集]存在性
[編集]構成的定義によるテンソル積は普遍性による定義を満たす。よって特に普遍性による定義を満たすテンソル積が存在する。
定理 (普遍性による定義におけるテンソル積の存在性) ― を構成的定義によるテンソル積とし、を
とすると、は普遍性による定義を満たす。
を任意のベクトル空間、
を任意の二重線形性とする。
、の基底、を固定し[注釈 3]、
を
により定義する(アインシュタインの縮約記法で記述)。すでに述べたようにの元は必ず
という形に書け、しかもはの基底になっていた事から上述の写像はwell-definedである。簡単な計算から
が任意の、に対して成立する。ここで第一の等号はの定義、第二および第五の等号は、の成分表示、第三の等号はの定義、第四のの二重線形性から従う。よって定理は示された。
上で「」という記号も構成的定義によるテンソル積のほうの意味で用いている事に注意されたい。
実質的な一意性
[編集]普遍性による定義を満たすテンソル積は自然な同型を除いて一意である。
定理 (普遍性による定義におけるテンソル積の自然な同型を除いた一意性[6]) ― ベクトル空間と二重線形写像の組、がいずれもとのテンソル積の(普遍性による)定義を満たせば、とは自然に同型である。
ここで2つのベクトル空間、が自然に同型であるとは、の間の同型写像がやの基底の取り方によらず定義可能である事を指す。
が普遍性によるテンソル積の定義を満たすという条件をという状況で用いる事により、写像で
となるものが存在する事が言える。
同様にが普遍性によるテンソル積の定義を満たすという条件をという状況で用いる事により、写像で
となるものが存在する事が言える。
次にが自身である場合に対してが普遍性によるテンソル積の定義を満たすという条件を用いると、図式の可換性を用いる事により、
が示せるので、この場合におけるとしても選べる事がわかる。 しかし恒等写像も明らかにこの場合におけるの条件を満たすので、の一意性から
が言える。
との立場を入れ替えて同様の議論をすることで
も言える。よって
は同型写像である。
上述した(自然な同型を除いた)一意性を用いる事により、
といった性質を示す事ができる。圏論的には、これはベクトル空間の圏が対称モノイド圏(=ある種のテンソル積を持つ圏)の例となることを意味している。
線型写像のテンソル積
[編集]、をベクトル空間とし、、を線形写像とし、とし、さらにとする。
と合成写像
に対しての普遍性による定義を用いることにより、線形写像で
が任意のに対して成立するものを構成できる。
定義 (写像のテンソル積) ― 記号を上述のように取るとき、線形写像をと表記し、
をとのテンソル積と呼ぶ。
3つ以上のテンソル積のケースも同様に定義できる。
は具体的には以下のような写像になる:
圏論的には、ベクトル空間の圏をとすると、ベクトル空間のテンソル積を取る行為、線形写像のテンソル積を取る行為をそれぞれの対象と射にの対象と射を対応させる行為だとみなす事で、テンソル積からへの双函手であるとみなせる。
具体例
[編集]線形写像、多重線型写像
[編集]、を上の有限次元ベクトル空間とし、をからへの線形写像全体の空間とする。このとき次が成立する。
定理 ― はとベクトル空間として自然に同型である[7]。
具体的には、に対し双線形写像
を対応させる写像をとすると、普遍性による定義よりが誘導する写像
が両者の同型写像になる。
をの基底とすると、任意の線形写像に対し、に値を取るある線形写像が存在し、
の形に一意に書ける。双対空間の定義から、である。そこでからへの線形写像を
により定義すると、定義から明らかにはの逆写像である。
なお、上では、が双方とも有限次元である事を仮定したが、実は、のいずれか一方のみが有限次元の場合も上記の定理は成立する事が知られている[7]。
を上の有限次元ベクトル空間とすると、上と同様の証明により以下が成立する事も証明できる:
定理 ― 多重線型写像全体のなすベクトル空間はとベクトル空間として自然に同型である。
さらに、、をいずれも上のベクトル空間とすると、以下も示す事ができる:
定理 ― はと自然に同型である[8]。
具体的にはとに対し、
と定義すると、
係数拡大
[編集]を体上のベクトル空間とし、をの拡大体とするとき、
とすると、には自然に上ベクトル空間の構造が入る[7]。ここでテンソル積はを上ベクトル空間とみなしたときのものである。をのへの係数拡大という。
具体的にはの加法は上ベクトル空間としての加法であり、の元によるスカラー倍は
により定義する[7]。ここで、である。
係数拡大について2つ注意を述べる。第一に、をの基底とすると、がの基底になることを容易に示せるので、の上の次元との上の次元は等しい。
第二に係数拡大は環上の加群に対しても同様にできるが、その中でも特に(上述の記号で言えば)環が整域であるときとしての商体を取る事で加群から商体上のベクトル空間を作る事ができる。
群の表現のテンソル積
[編集]を群とし、を体とし、を上ベクトル空間とし、のへの表現
が与えられたとき、に対し上の線形自己同型写像
を対応させる事で、
のへの表現
を構成できる。このを表現のテンソル積と呼ぶ。
テンソル空間
[編集]ベクトル空間とその双対空間をそれぞれ個、個テンソル積してできるベクトル空間
を-テンソル空間という[9]。テンソル空間にはテンソル積による自然な同型
が定められる。
テンソル積の普遍性より、写像
が-テンソル空間に誘導する写像
を縮約写像と呼び、に縮約写像を適応した結果をの縮約という。
-テンソル空間の個目のコピーとの個目のコピーに縮約写像を適用する事で、
を定義できる。
テンソル積を用いた概念
[編集]テンソル代数
[編集]を体上のベクトル空間とする。非負整数に対しの個のテンソル積
をの次のテンソル冪という。テンソル冪には
- 、
という記号を用いる場合もある。
上の定義において、とみなす。
のテンソル代数にはテンソル積により積構造が入り、この積により上の次数付き多元環となる。
を上の任意の多元環とし、を任意の線形写像とすると、を
となるように自然に拡張する事で、のテンソル代数からへの写像
を誘導する(テンソル代数の普遍性)。
対称積
[編集]概要
[編集]を体上のベクトル空間とし、を非負整数とする。このときの次の対称積とはテンソル冪におけるテンソル積を「対称化」して得られるベクトル空間の事である。
より正確に言うと、は
- where
という形の元の有限個の線形和で表せる元全体の集合である。はテンソル積と同様、各成分に対して線形性を満たすが、テンソル積とは違い、成分を入れ替える事ができる。たとえばなら
である。
構成的な定義
[編集]対称積もテンソル積と同様、構成的な手法による定義と普遍性による定義が存在する。本節では構成的な手法を紹介する。
の形に書けるの元全体の集合をとする。
普遍性による定義
[編集]対称積の普遍性による定義を導入するため、以下の概念を導入する。
定義 ― 写像が対称であるとは任意の置換に対し、
が成立する事を言う。
対称積の定義は、テンソル積の定義では「任意の多重線形写像」であったところを「任意の対称な多重線形写像」に置き換える事により得られる:
定義 (普遍性による対称積の定義[15]) ― ベクトル空間と対称な多重線形写像の組がの次の対称積であるとは、任意のベクトル空間と任意の対称な多重線形写像に対し、ある線形写像が一意に存在し、
が成立する事を言う。
対称代数
[編集]対称代数の有限個和全体の集合
交代積
[編集]概要
[編集]対称積が積の順序交換が可能な積であったのに対し、交代積は順序を交換すると符号が反転する積である。
より正確に言うと、は
- where
という形の元の有限個の線形和で表せる元全体の集合である。はテンソル積と同様、各成分に対して線形性を満たすが、成分を入れ替えると符号が反転する。たとえばなら
である。交代積は外積(英: exterior product)あるいはグラスマン積(英: Grasmann product)とも呼ばれる。
構成的な定義
[編集]交代積構成的な手法による定義と普遍性による定義が存在する。本節では構成的な手法を紹介する。
の形に書けるの元全体の集合をとする。ここでは置換の符号数である。
普遍性による定義
[編集]交代積の普遍性による定義は、対称積で「対称な多重線型写像」としていたところを「交代多重線型写像」に置き換えるだけである。
定義 ― 多重線型写像が交代多重線型写像であるとは任意の置換に対し、
が成立する事を言う。
定義 (普遍性による交代積の定義[17]) ― ベクトル空間と対称な多重線形写像の組がの次の交代積であるとは、任意のベクトル空間と任意の交代多重線形写像に対し、ある線形写像が一意に存在し、
が成立する事を言う。
交代代数
[編集]交代代数の有限個和全体の集合
を交代代数と呼ぶ[16]。交代代数は交代積に関して歪対称な多元環をなす。交代代数はグラスマン代数、外積代数とも呼ばれる。
なお、交代代数の定義で直和を無限大までとしているが、が次元であれば個以上の交代積は必ずになることが知られているので、実際はまでの直和でよい。
関連項目
[編集]- 加群のテンソル積: 可換環 R 上の加群に関してはベクトル空間のテンソル積と同じ形の関係式による商加群として(あるいは同じ形の普遍性により)加群のテンソル積が定義され、ふたたび R-加群となる。R が非可換環の場合には、スカラー倍に関する条件を少し変えて加群の間のテンソル積が定義されるが、それは単なるアーベル群(Z-加群)として得られる。
- 多元環のテンソル積: 単位的可換環 K 上の多元環 A, B に対し、K 上の加群としてのテンソル積には、(α ⊗ β)(α′ ⊗ β′) = (αα′)⊗(ββ′) (∀α, α′ ∈ A, β, β′ ∈ B) となるような乗法が一意的に定義できて K 上の多元環となる。
- 加群の層のテンソル積
- ヒルベルト空間のテンソル積
- 位相線型空間のテンソル積
- 次数付き線型空間のテンソル積
- 二次形式のテンソル積
- グラフのテンソル積
テンソル積の最も一般の形はモノイド圏におけるモノイド積 (monoidal product) として定式化することができる。
注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 、は無限次元でもよい。ただし位相ベクトル空間ではなく、位相のはいっていない通常の代数的なベクトル空間であるものとする。位相ベクトル空間に対するテンソル積の定義は後述する「普遍性による定義」のところで簡単に述べるのでそちらを参照されたい。
- ↑ 参考文献[1]ではの事をと表記しているが、ベクトル空間としての直積の元と区別するため本稿ではこの表記を用いた。
- ↑ ここで暗に有限次元である事を仮定しているが、無限次元であっても証明は同じである。(すでに述べたように位相ベクトル空間ではなく位相のない代数的なベクトル空間を考えているので、収束の問題を考えることなく有限次元の証明を自然に無限次元に拡張できる)。
- ↑ はの多元環としての積でを乗じたもの。
出典
[編集]- 1 2 3 Rich Schwartz (2012年3月3日). “Notes on Tensor Products”. Brown University. pp. 2-3. 2026年2月22日閲覧。
- ↑ James C Hateley. “Introduction to the Tensor Product”. University of California, Santa Barbara. p. 2. 2026年2月22日閲覧。
- ↑ 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 227. 2026年2月22日閲覧。
- 1 2 山口哲. “特殊相対論でのテンソル算”. 大阪大学. pp. 4. 2026年2月24日閲覧。
- ↑ James C Hateley. “Introduction to the Tensor Product”. University of California, Santa Barbara. pp. 2-3. 2026年2月22日閲覧。
- ↑ Rich Schwartz (2012年3月3日). “Notes on Tensor Products”. Brown University. pp. 4-5. 2026年2月22日閲覧。
- 1 2 3 4 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 231. 2026年2月22日閲覧。
- 1 2 3 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 230. 2026年2月22日閲覧。
- ↑ 小澤徹 (2014年11月). “テンソル空間”. 早稲田大学. p. 18. 2026年2月23日閲覧。
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- ↑ 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 236. 2026年2月22日閲覧。
- ↑ Jörg Zintl. “Part 3: The Tensor Product 11 THE SYMMETRIC ALGEBRA”. University of Tübingen. p. 1. 2026年2月23日閲覧。
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- ↑ 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 236. 2026年2月22日閲覧。
- 1 2 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 242. 2026年2月22日閲覧。
- ↑ 福井敏純 (2023年11月9日). “線形代数学講義ノート”. 埼玉大学. p. 239. 2026年2月22日閲覧。
参考文献
[編集]- Bourbaki, Nicolas (1989). Elements of mathematics, Algebra I. Springer-Verlag. ISBN 3-540-64243-9
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- Lang, Serge (2002), Algebra, Graduate Texts in Mathematics, 211 (Revised third ed.), New York: Springer-Verlag, ISBN 978-0-387-95385-4, Zbl 0984.00001, MR 1878556
- Mac Lane, S.; Birkhoff, G. (1999). Algebra. AMS Chelsea. ISBN 0-8218-1646-2
- Aguiar, M.; Mahajan, S. (2010). Monoidal functors, species and Hopf algebras. CRM Monograph Series Vol 29. ISBN 0-8218-4776-7
- “Bibliography on the nonabelian tensor product of groups”. 2015年6月10日閲覧。
外部リンク
[編集]- Weisstein, Eric W. “Tensor Product”. mathworld.wolfram.com (英語). / Rowland, Todd. “Vector Space Tensor Product”. mathworld.wolfram.com (英語).
- tensor product in nLab
- tensor product - PlanetMath.
- Definition:Tensor Product at ProofWiki
- Onishchik, A.L. (2001) [1994], “Tensor product”, Encyclopedia of Mathematics, EMS Press