慣性モーメント

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古典力学
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慣性モーメント
量記号 I
次元 L 2 M
SI単位 kg m2
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慣性モーメント(かんせいモーメント、: moment of inertia)あるいは慣性能率(かんせいのうりつ)、イナーシャ I とは、物体の角運動量 L角速度 ω との間の関係を示す量である。

定義[編集]

質点系がある回転軸まわりに一様な角速度ベクトル ω で回転するとき、質点系の持つ角運動量ベクトル L は次のように書ける。

 \boldsymbol L = \sum_i m_i( \boldsymbol r_i \times ( \boldsymbol \omega \times \boldsymbol r_i )) = \sum_i m_i( \boldsymbol \omega r_i^2 - \boldsymbol r_i ( \boldsymbol r_i \cdot \boldsymbol \omega )) [1]

ここでmii 番目の質点の質量、ri は回転軸上の原点との相対座標である。

この式からわかるように、Lω と向きは必ずしも一致しないが、 |ω| に比例する。つまり、 ω線形変換 I により L に移される。よって、I行列により表現することができ、以下のように定義できる。

\begin{pmatrix}L_x\\L_y\\L_z\end{pmatrix} = \sum_i \begin{pmatrix}
 m_i (r_i^2-x_i^2) &- m_i x_i y_i &  - m_i x_i z_i \\
- m_i y_i x_i &  m_i (r_i^2-y_i^2) & - m_i y_i z_i \\
-  m_i z_i x_i & - m_i z_i y_i & m_i (r_i^2-z_i^2)
\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\omega_x\\ \omega_y \\ \omega_z\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}I_{xx}&I_{xy}&I_{xz} \\ I_{yx}&I_{yy}&I_{yz} \\ I_{zx}&I_{zy}&I_{zz}\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\omega_x\\ \omega_y \\ \omega_z\end{pmatrix}

この定義から、 I対称行列であること、またその成分は二階のテンソルとして変換することがわかる。この二階のテンソル I慣性モーメントテンソル、または簡単に慣性テンソルと呼ぶ[2]

また、IxxIyyIzz を(それぞれ xyz 軸に関する)慣性モーメント係数: moment of inertia coefficient)と呼び、 IxyIyzIzx慣性乗積: products of inertia)と呼ぶ。

ある軸まわりの慣性モーメント[編集]

物体をある回転軸まわりに回転させたとき、ωと同じ向きをもつ単位ベクトルnをもちいると、回転軸にそった角運動量成分は次のように与えられる。

 \boldsymbol n \cdot \boldsymbol L = \boldsymbol n \cdot (\boldsymbol I \omega \boldsymbol n) = \boldsymbol n \cdot (\boldsymbol I \boldsymbol n) \omega \equiv I \omega

ここで、ω = |ω|は角速度の大きさである。

ここに与えられたスカラーI = \boldsymbol n \cdot (\boldsymbol I \boldsymbol n) = \sum_i m_i(r_i^2 - (\boldsymbol r_i \cdot \boldsymbol n)^2) をその軸まわりの慣性モーメントと呼ぶ[3]

慣性主軸と主慣性モーメント[編集]

慣性テンソル行列は実対称行列なので、適当な直交座標系 {e1, e2, e3} を選ぶことで対角化(すなわち Ixy = Iyz = Izx = 0 と)することができ、そのときの座標軸を慣性主軸、慣性モーメント {I1, I2, I3}主慣性モーメントと呼ぶ。慣性主軸座標系では角運動量は

\begin{pmatrix}L_1\\L_2\\L_3\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}I_1&0&0\\0&I_2&0\\0&0&I_3\end{pmatrix} \begin{pmatrix}\omega_1\\ \omega_2\\ \omega_3\end{pmatrix}

と単純に表すことができる。

計算例[編集]

質点[編集]

N 個の質点がその相対位置を変えずにある回転軸まわりに回転運動する場合、その系のもつ回転軸まわりの慣性モーメントは、

I = \sum_i m_i d_i^2

で求められる。mii 番目の質点の質量、di は回転軸からの距離であり、 d_i^2 = r_i^2 - (\boldsymbol r_i \cdot \boldsymbol n)^2を満たす。

いま、質点 i が、回転軸から距離 di の位置で角加速度 dω/dt で運動する場合、質点 i の周方向の速度が vi = di ω となることから、質点 i が受けている力 fi は、

f_i = m_i\frac{\mathrm dv_i}{\mathrm dt} = m_i d_i \frac{\mathrm d\omega}{\mathrm dt}

となる。トルクの定義により、これに di を乗ずれば質点 i にはたらくトルク ti を求めることが出来る。すなわち

t_i = d_i f_i = m_i d_i^2 \frac{\mathrm d\omega}{\mathrm dt}

となる。回転体の全ての質点にかかるトルクの総和が総トルク T だから、

T= \sum_i t_i
=\sum_i m_i d_i^2 \frac{\mathrm d\omega}{\mathrm dt}
\equiv I \frac{\mathrm d\omega}{\mathrm dt}

となる。

棒の両端の質量[編集]

重さの無視できる長さ L の棒の両端に、質量 mM の物体がくっついたものを考える。棒の適当な位置に回転の中心となる点を定め、そこから両端までの腕の長さをそれぞれ aL - a とする。このとき、中心に対する慣性モーメント I は、

I = m a^2 + M (L-a)^2 = (m+M)\left(a-\frac{M}{m+M}L\right)^2+\frac{mM}{m+M}L^2

と、計算される。この式から分かるように、慣性モーメントは、中心(回転軸)のとり方によってその値が変わる。中心として系の重心をとったとき、慣性モーメントは最小となる。すなわちもっとも回しやすい。

連続体[編集]

連続体の慣性モーメントは、

I = \int_V r^2 \mathrm dm = \int_V \rho r^2 \mathrm dV

で求められる。 r は中心軸からの距離、dm は微小質量、ρ は密度分布である。

I_{xx} = I_x = \int (y^2+z^2)\rho \mathrm dV,\quad I_{yy} = I_y = \int (x^2+z^2)\rho \mathrm dV,\quad I_{zz} = I_z = \int (x^2+y^2)\rho \mathrm dV

I_{xy} = I_{yx} = - \int xy\rho \mathrm dV,\quad I_{yz} = I_{zy} = - \int yz\rho \mathrm dV,\quad I_{zx} = I_{xz} = - \int zx\rho \mathrm dV

剛体に対しては、慣性モーメントを質量で正規化して、円板、円筒などの幾何学形状だけで決まる定数式を算出して一覧表としておき、これに質量を乗じて慣性モーメントを算出することが多い。

円板[編集]

半径 a 、全質量 M の、一様な密度 ρ = M / πa2 をもつ円板の、中心軸まわりの慣性モーメントは

I=\frac{1}{2}a^2 M

となる。

これは中心から半径 r 、幅 dr のリングの質量 dM を考えると

\mathrm dM=2\pi r \rho \mathrm dr

より、このリングの慣性モーメント dI

\mathrm dI = r^2 \mathrm dM = 2\pi \rho r^3 \mathrm dr

だから

I = \int_0^a \mathrm dI = 2\pi\rho \int_0^a r^3 \mathrm dr = \frac{1}{2}\rho\pi a^4

より求めることができる。

リング状円板[編集]

円板外径 a 、くり抜き内径 b 、全質量 M のリング状円板では、

I=\frac{1}{2}(a^2+b^2)M

となる。

性質[編集]

一般に、剛体の慣性モーメントは、剛体の質量に比例し、質量が軸から遠くに分布しているほど大きくなる。

また、回転軸が重心を通るとき慣性モーメントは最小値 IG をとり、軸が重心から距離 h だけ離れている場合、その軸の周りの慣性モーメント Ih

I_h = I_\mathrm{G}+Mh^2

となる[4]

関連する物理量[編集]

  • 慣性モーメント I は物体の質量 M に比例するから、

I = M\kappa^2

と書くことができる。この κ は長さの次元を持ち、回転半径と呼ばれる[4]
  • 慣性モーメントと次元は異なるが同じ意味を持つ物理量として、剛体(円柱状回転子)の直径 D 、および剛体の重量 G を用いた量 GD2はずみ車効果と呼ぶ。この量と慣性モーメント I には、GD2 = 4gI の関係がある(g重力加速度[5]

応用[編集]

工学での応用として、回転軸に慣性モーメントの大きい回転体を取り付けた装置をフライホイール(はずみ車)という。これは、回転速度の急激な変化を抑止したり、回転によるエネルギーを保存する目的で使用される。

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ (ゴールドシュタイン 1983, p. 248) 式(5-2)
  2. ^ (ゴールドシュタイン 1983, p. 254)
  3. ^ (ゴールドシュタイン 1983, p. 255) 式 (5-19)
  4. ^ a b (戸田 1982, pp. 167-175)
  5. ^ (谷腰 2004, p. 24)

関連項目[編集]

回転運動と並進運動の対応一覧
回転運動 並進運動
力学変数 角度 \boldsymbol{\theta} 位置 \boldsymbol{r}
一階微分 角速度 \boldsymbol{\omega}
 =\frac{d\boldsymbol{\theta}}{dt} 速度 \boldsymbol{v}
 =\frac{d\boldsymbol{r}}{dt}
二階微分 角加速度 \boldsymbol{\alpha}
 =\frac{d\boldsymbol{\omega}}{dt} 加速度 \boldsymbol{a}
 =\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}
慣性 慣性モーメント I 質量 m
運動量 角運動量 \boldsymbol{L}
 =\boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p} 運動量 \boldsymbol{p}=m\boldsymbol{v}
力のモーメント \boldsymbol{N}
 =\boldsymbol{r}\times\boldsymbol{F} \boldsymbol{F}
運動方程式 \frac{d\boldsymbol{L}}{dt} =\boldsymbol{N} \frac{d\boldsymbol{p}}{dt} =\boldsymbol{F}
運動エネルギー \frac{1}{2}I\omega^2 \frac{1}{2}mv^2
仕事 \boldsymbol{N}\cdot\Delta\boldsymbol{\theta} \boldsymbol{F}\cdot\Delta\boldsymbol{r}
仕事率 \boldsymbol{N}\cdot\boldsymbol{\omega} \boldsymbol{F}\cdot\boldsymbol{v}
ダンパーばねに発生する力を
考慮した運動方程式
I\alpha+c\omega+k\theta=N ma+cv+kx=F