微分幾何学

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数学における微分幾何学(びぶんきかがく、ドイツ語: Differentialgeometrie、英語:differential geometry)とは微分を用いた幾何学の研究である。また、可微分多様体上の微分可能な関数を取り扱う数学の分野は微分位相幾何学(びぶんいそうきかがく、ドイツ語: Differentialtopologie、英語: differential topology)とよばれることがある。微分方程式の研究から自然に発生したこれらの分野は互いに密接に関連しており、特に一般相対性理論をはじめとして物理学に多くの応用がある。これらは可微分多様体についての幾何学を構成しているが、力学系の視点からも直接に研究される。

微分幾何学の道具立て[編集]

微分幾何学における基本的な問題意識は多様体上の微分である。これには多様体接束余接束外微分、p-次元部分多様体上のp-形式の積分、ストークスの定理ウェッジ積リー微分などの研究が含まれることになる。これらはみな多変数の微積分と関連しているが、幾何学的な理論に応用するために特定の座標系によらずに意味を持つような形で定式化されなければならない。微分幾何学に特徴的な概念によって、二階の導関数の持つ幾何学的な性質、特に曲率の多くの側面が体現されるといえるだろう。

微分位相幾何学[編集]

微分位相幾何学では多様体上の滑らかな構造のみに起因するような構造や性質が調べられる。滑らかな多様体は付加的な幾何構造を付与されてしまった多様体よりも柔軟な対象である。付加的な構造は微分位相幾何学的には可能な変形や同値関係の存在に対する障害になることがある。例えば体積リーマン曲率は一つの滑らかな多様体上の異なった幾何構造を区別する不変量になりうる。つまり、多様体を滑らかに「引き延ばす」ことができるとしてもそれによって空間が変形されてしまい曲率や体積が影響を受けるということがありうる。

逆に、滑らかな多様体は位相多様体と比較すればより厳しい構造をもっている。ある種の位相多様体は滑らかな構造を持ち得ない(ドナルドソンの定理)し、ある種のものは相異なる複数の滑らかな構造を持ちうる(例えば異種球面)。滑らかな多様体から得られる構成のうち、接束のように(追加の考察をすることで)位相多様体に対しても実現可能なものもあるが、そうでないものもある。

内在的な定式化と外在的な定式化[編集]

19世紀の初めから中頃まで、微分幾何は外在的な視点に立って研究されていた。外在的な視点とは、(曲面としてはじめから三次元の空間の中に実現されているものを考えるように)曲線や曲面を、より高い次元のユークリッド空間の中におかれたものとして見ることである。特に単純な部分は曲線の微分幾何学に関する結果である。

これに対し、リーマンによる研究を基点として、問題とする幾何学的対象を一個の自立したものとして考え、その「外に出る」ことを要請しない、内在的な視点が発展してきた。この内在的な視点は、外在的な視点に比べ、より柔軟なものである。例えば相対性理論においては、時空(その「外側」の意味は全く明らかではない)を外在的な方法によって自然に捉えられないため、内在的な方法は便利である。しかし内在的な視点のもとでは曲率や接続などの中心的な概念を定義することが見かけ上困難になるという代償を払わなければならない。

これら二つの視点は融和させることが可能であり、外在的な幾何とは、内在的に定められた幾何学的対象に付加的な構造を付与することだとも考えられる。ナッシュの埋め込み定理も参照のこと。

可微分多様体[編集]

可微分多様体の定義[編集]

多様体とは、これから我々が相手にしようとする幾何学の対象のことである。これまでは、主にEuclid空間の部分集合を幾何学の対象としてきたが、実はもっと広い範囲で幾何学を考えることにより、より豊かな理論を得ることができる。そこでここではEuclid空間に似た構造を持ったもののことを多様体と名づけ、多様体の幾何学を考えることにしたい。

さて、そうは言ったものの、どのように考えたらよいだろうか。まず、幾何の対象にするのだから、少なくとも位相空間、さらに言えば第二可算公理を満たすHausdorff空間であることは要求しよう。第二可算公理を満たさなかったり、Hausdorffでなかったりする空間は、少し込み入っていすぎる。さらに、「微分幾何」と銘打ったからには、微分を考えたいので、Euclid空間の座標にあたるものがあったほうが便利である。そういうわけで、以下の条件をすべて満たすものを(可微分)多様体と呼ぶことにする。

公理 第二可算公理を満たすHausdorff空間Mが以下の条件を満たすとき、Mはn次元可微分多様体であるという。

  1. Mの開集合の族が存在して、
  2. に対し、連続写像が存在して、は同相写像。
  3. のとき、級写像である。

簡単に言えば、局所的にEuclid空間と同じとみなせる部分を貼りあわせた位相空間、ということである。組を、座標近傍とか、局所座標とかいう。ある多様体の座標近傍(局所座標)の全体を、座標近傍系(局所座標系)という。3番目の条件の写像を座標変換という。座標変換はEuclid空間からEuclid空間への写像なので、微分を考えることができるのである。

2つの多様体を考えて、その間の写像を考えたとき、その間の「微分」の概念を考えることも自然である。多様体M,Nと写像を考え、の周りの局所座標を、多様体の周りの局所座標をとする。このとき、写像(もちろんEuclid空間の間の写像である)が級ならば、fは級であるという。

これによって多様体の間の写像が「微分可能」であるという概念を手に入れることができた。続けて微分の概念を定義してしまいたいところだが、そのためには少し準備が必要である。それは次節に譲ることにして、まずは簡単な多様体の例をいくつか挙げておく。

簡単な例[編集]

Euclid空間の部分集合でないものも含めて考えることができるように多様体という概念を準備したわけだが、まずは具体例としてEuclid空間の部分集合を考えることにも意味がある。多様体の最も簡単な例の一つとして、n次元球面がある。

 はn次元可微分多様体である。

 の局所座標系を構成せよ。

もちろん、Euclid空間の部分集合ではないものも、可微分多様体になりうる。

 の同値関係~を、で定める。この同値関係で割った商集合をn次元射影空間といい、と書く。これはn次元可微分多様体である。

直感的な言い方をすると、とはの原点を通る直線全体という集合のことである。このような一見よく分からない集合にも、位相と局所座標を定め、幾何学の対象とすることができるのである。

 の局所座標系を構成せよ。(ヒント:直線の「傾き」を考えよ)

また、可微分多様体の直積は可微分多様体となることが容易に検証できる。

 (n個の直積)をn次元トーラスという。

 T2を絵に描いてみよ。

接空間[編集]

Euclid空間の曲線や曲面には、接線や接平面というものが存在した。一般の可微分多様体に対しても同様の概念を考えることができるが、まずはEuclid空間の場合について振り返ってみることにする。

Euclid空間の場合[編集]

を考えよう。この曲線の任意の点について、その点における接線というものを考えることができる。例えば、点における接線は、と書ける。当たり前のことであるが、この直線の方程式はベクトル方程式の形で書くこともできることにも注意しておく。すなわち、この線上の点の座標(x,y)は実数sを用いてとも書ける。

さて、この直線の傾き-1というのはどのようにして求めたのだっただろうか?もちろん、以下のような計算である。y>0なので、と書くことができ、これをxについて両辺微分するとを得る。これにを代入すると、y'=-1を得る。

S1の場合はこのようにして簡単に接線を得ることができたが、少し簡単すぎて、これをどのように一般化すればよいのかは分かりにくい。引き続き、今度はS2の接平面を考えてみよう。もちろんEuclid空間なのは同じなので基本的な考え方は同じである。

における接平面を考える。無論f(x,y,z)=0という形で書くこともできるが、ここではその形で表すことは考えず、ベクトル方程式の形で表してみよう。先ほどと同様に計算してみる。

z>0なので、と表せる。これをxについて偏微分すると、となり、を代入するとを得る。yについても同様の計算ができるので、合わせると接平面のベクトル方程式を得る。

計算は上のとおりである。しかし、このようにして得られた接平面とは、ではいったい何なのだろうか。ここで、ベクトル方程式を考えたことに着目する。つまりこの平面は、pを基点とする、ある条件を満たすベクトルの全体、として表現されるものなのである。そしてそのある条件とは、平面の満たす方程式をpにおいて座標で微分したものであること、言い方を変えると、pを通るS2上の曲線を座標について微分したものであることである。この考え方が一般化の手がかりとなる。

一般の多様体[編集]

一般の多様体では、大域的な座標というものを考えることはできない。しかし、[0,1]から多様体への連続写像を曲線とみなすことはできるし、局所座標を取れば局所的には微分もできる。よって、上の考え方が実はそのまま適用できるのである。

定義 Mを可微分多様体とし、の周りの局所座標をとする。pを通る曲線(すなわち写像)の全体をとする。の同値関係~をで定める。このとき、をMのpにおける接空間といい、TpMと書く。TpMの元のことをpにおけるMの接ベクトルという。

少し複雑な定義に見えるかもしれないが、Euclid空間の場合において、接ベクトルの集合を考えたことと同じことである。ただ、Euclid空間内の場合はたまたま接ベクトルを同じ空間内に埋め込んで表すことができたが、一般の多様体においてはそれはかなわないので、新しい空間を定義してその空間の元として接ベクトルを定めた、というだけである。

つまりはベクトルを集めたものである、ということから考えれば自明なことであるが、この空間はn次元線型空間の構造を持つ。具体的には、というEuclid空間への全単射を考えることで、演算を定義することができる。のとき、この線型空間の基底はと書く。詳しくは次で述べるが、この記法にはもちろん根拠がある。しかしとりあえず今は、Euclid空間内で考えたときも偏微分を計算したので、偏微分記号をシンボルとして採用したのだ、という風に考えているだけでも差し支えない。

微分幾何学の分野[編集]

リーマン幾何学[編集]

リーマン幾何学では、滑らかな多様体に線素の長さの概念を付け加えてごく微小な範囲ではユークリッド空間のような構造をあたえられたリーマン多様体が主要な研究対象となる。リーマン多様体上では関数の勾配、ベクトル場の発散や曲線の長さなど様々なユークリッド幾何の概念が(大域的な対称性を落とすことによって)一般化される。リーマン曲率テンソルがリーマン多様体の各点に対して定まり、これによって多様体がどれだけ平坦かをはかることができる。

リーマン多様体の概念をさらに一般化し、各点での接ベクトル空間にノルムが定義されている状況を考えるフィンスラー幾何学が得られる。

シンプレクティック幾何学[編集]

シンプレクティック幾何学では、シンプレクティック形式(つまり、非退化で反対称な2次閉形式)があたえられたシンプレクティック多様体(偶数次元でなければならない)が主要な研究対象になる。リーマン幾何学と異なり、次元が同じシンプレクティック多様体の局所的な構造はすべて同じになり(ダルブーの定理)、したがって本質的に問題になるのは大域的な構造だということになる。

複素幾何学[編集]

複素微分幾何では複素多様体が研究される。概複素構造とよばれる接ベクトル場準同型(つまり(1, 1) 型のテンソル)J: TM → TM でその自乗が -1 倍作用であるようなものを持つ実多様体 M は概複素多様体とよばれる。概複素多様体のうちで概複素構造 J の「ねじれ」を表すNijenhuisテンソル NJ が消えているようなものは複素多様体とよばれる。この条件は正則なアトラスの存在と同値になる。

複素多様体 (M, J) に対し、さらにリーマン計量g で概複素構造 J と両立するものを考え、g の「ねじれ」ω(X, Y) = g(JX, Y) が閉形式になっているならば (M, J, g) はケーラー多様体とよばれる。ケーラー多様体は特に複素多様体であり、またシンプレクティック多様体にもなっている。滑らかな複素代数多様体として様々なケーラー多様体の例があたえられる。

マキシム・コンツェビッチによるミラー対称性の定式化からはシンプレクティック幾何学と複素幾何学の間に対応がつくことが予想されている。

関連項目[編集]