チルドレン・オブ・ボドム

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チルドレン・オブ・ボドム
Children Of Bodom
Children of Bodom Rockharz 2016 16.jpg
ドイツ・バレンシュテット公演(2016年7月)
基本情報
別名 インアースド (Inearthed) (1993 - 1997)
出身地 フィンランドの旗 フィンランド
ウーシマー州 エスポー
ジャンル メロディックデスメタル[1][2][3]
パワーメタル[1][2][3]
ネオクラシカルメタル(初期)[2]
スラッシュメタル[2][3]
ブラックメタル(初期)
ヘヴィメタル[2]
デスメタル[2]
スピードメタル[2]
スカンジナヴィアン・メタル[2]
活動期間 1993年 - 現在
レーベル スパインファーム・レコード
ニュークリア・ブラスト
センチュリー・メディア・レコード
トイズファクトリー
ユニバーサルミュージック
アヴァロン・レーベル
公式サイト cobhc.com
メンバー アレキシ・ライホ(Vo/G)
ダニエル・フレイベリ(G)
ヤスカ・ラーチカイネン(Ds)
ヘンカ・ブラックスミス(B)
ヤンネ・ウィルマン(Key)
旧メンバー 以下を参照
著名使用楽器
ESP Signature Models
バンドのロゴ

チルドレン・オブ・ボドムChildren Of Bodom)は、フィンランドメロディックデスメタルバンド。通称チルボドCOB

アレキシのギターとヤンネのキーボード速弾きを中心にしたリフソロが上に載るスピード感のあるクラシカルなメロディックデスメタルを信条としており、そのサウンドはアレキシのデスヴォイスを除けばオーセンティックなヘヴィメタルに近い。

バンド名の由来[編集]

アレキシ・ライホ(Vo/G) 2016年
ダニエル・フレイベリ(G) 2016年
ヘンカ・ブラックスミス(B) 2016年
ヤンネ・ウィルマン(Key) 2016年
ヤスカ・ラーチカイネン(Ds) 2016年

1960年エスポー近くのボドム湖で実際に起こったボドム湖殺人事件がバンド名の由来である。4人の若い男女が湖畔でキャンプをしていたところ3人が斧で惨殺され、残る一人も発狂してしまった。2005年に残る一人が犯人であるとされ逮捕、裁判となるが無罪判決を受けており、依然として謎に包まれた事件である。事件の詳細は、同事件の項目を参照。

略歴[編集]

1993年春に、フィンランドの都市・エスポーで、前身バンドであるインアースド(Inearthed)が学校の友人同士で結成される。中心メンバーは、アレキシ・ライホ (Vo/G)とヤスカ・ラーチカイネン (Dr)であった。その2人以外の初期メンバーは、流動的であったが、サムリ・ミエッティネン (B)、ヤニ・ピリショキ (G)が加入し4人体制で一応安定する。その後、1994年に1stデモテープ『Implosion of Heaven』を作成している。続いて、1995年に2ndデモテープ『Ubiguitous Absence of Remission』、1996年には3rdデモテープ『Shining』をリリースしている。また、このデモのリリースの間にメンバーチェンジが起こっており、1994年にヤニ・ピリショキが脱退、1995年には、サムリ・ミエッティネンも脱退した。同年に、アレクザンダー・クオファラ (G)、ヘンカ・ブラックスミス (B)が加入している[4]。また、それに加えて、ヤニ・ピリショキがキーボーディストとして復帰している。

3rdデモテープがきっかけとなり、ヨーロッパの小さなレーベルと契約する。そして、1stアルバムを制作するも、完成直後にスパインファーム・レコードから契約の申し出があり、所属レーベルとの契約を破棄するためにインアースドは解散する[4]。解散後、チルドレン・オブ・ボドム (Children Of Bodom)が結成され、スパインファーム・レコードと契約する[4]。形式上、解散・結成の形をとっていたが、実質的にはバンド名変更であった[注釈 1]。解散・再結成と前後して、ヤニ・ピリショキが解雇され、ヤスカ・ラーチカイネンの学友のヤンネ・ウィルマン (Key)が加入する。加入当初はアルバム作成時のみ参加のセッションメンバーとしての加入であったが、すぐに正式メンバーとして加入することとなった[4]。そして、同年に1stアルバム『Something Wild』でデビューした。同アルバムは、フィンランドのアルバムチャートで、最高20位を記録した[5]。また、1998年のシングル「Children Of Bodom」は、フィンランドのシングルチャートで8週連続1位を獲得した[6]

1999年に、2ndアルバム『Hatebreeder』をリリース。同年7月には、川崎クラブチッタと大阪で行われたスウェーデンのメロディックデスメタルバンドイン・フレイムスのライブのサポートバンドとして、日本でライブを行っている。クラブチッタ公演の模様は、ライブ・アルバムTokyo Warhearts - Live In Japan 1999』として音源化されている。

2000年には、3rdアルバム『Follow The Reaper』をリリース。2001年には、ダーク・トランキュリティと共に再来日している。

2003年、4thアルバム『Hate Crew Deathroll』をリリースする。同アルバムで、フィンランドのアルバムチャートで初の1位を獲得した[7]。しかし同年7月、アレクザンダー・クオファラがツアーに対する疲れにより脱退したことが発表される[8]。その後、元ストーンワルタリのギタリストで、アレキシと共にシナジーに在籍しているローペ・ラトヴァラをサポートに迎えツアーを継続する。このサポート加入は、ローペ・ラトヴァラから参加の話が持ちかけられたことがきっかけであった[4]。当初、アレキシは「2つのバンドでギタリストが同じ」ということに疑問を持っていたことを話していたが、ミュージシャンとしてだけでなく人間的な面でもバンドに合っているということで、セッション参加から1年ほどが経過した2004年にローペが正式なメンバーになる。

2005年に、5thアルバム『Are You Dead Yet?』、2008年に、6thアルバム『Blooddrunk』をリリースする。また、2006年2009年には日本のヘヴィメタル・フェスティバル、「LOUD PARK」に出演した。

2011年に、7thアルバム『Relentless, Reckless Forever』をリリース。同年6月には、アモルフィスとのカップリングで来日。渋谷大阪名古屋横浜でライブを行った。

2012年に、ワールドワイドでは初のリリースとなるベスト・アルバム『Holiday at Lake Bodom: 15 Years of Wasted Youth』をリリースした。また、同年6月には、15年間所属したスパインファーム・レコードからニュークリア・ブラストに移籍した[注釈 2]。更に、10月には日本でのリリース契約をアヴァロン・レーベルと結んだことを発表した[注釈 3][9]。また、同年10月27日に行われたLOUD PARK 12に出演。

2013年、8thアルバム『Halo of Blood』をリリース。

2015年5月29日、ローペ・ラトヴァラの脱退が発表された[10]。後任については当初は決まっておらず、脱退発表翌日のライブではヤンネの弟アンティ・ウィルマンが仮のセカンドギタリストとしてプレイした[11]。10月、9thアルバム『I Worship Chaos』をリリース。

2016年1月19日、ノーサー(2012年解散)、ネイルダウンのギタリストであるダニエル・フレイベリの加入が発表された[12]。ダニエルは2月から行われるワールド・ツアーから参加する予定[12]

備考[編集]

  • 各アルバムには鎌を持った死神が描かれており、名前は“Roy the Reaper”である[13]
  • 2015年現在、ギターおよびベースを担当する、アレキシ・ライホ、ヘンカ・ブラックスミスの2名共、ESPとエンドーズ契約している。
  • アレキシ・ライホとローペ・ラトヴァラは、キンバリー・ゴスのプロジェクトであるシナジー(SINERGY)のメンバーでもある。
  • キンバリーは過去にチルドレン・オブ・ボドムの一部の楽曲の作詞も行っていた。
  • キンバリーはアレキシの元妻。
  • 日本では、1stアルバムから3rdアルバムまでをトイズファクトリー、4thアルバムから7thアルバムはユニバーサルミュージック、8thアルバム以降はアヴァロン・レーベルからリリースを行っている。
  • 現在では、メロディックデスメタルを代表するバンドの一つとなっているが、初期の日本盤のでは、『様式美ブラックメタル』とされていた[注釈 4]
  • アレキシの腕にはキンバリー・ゴスの頭文字(KG)が彫ってある。ちなみにそのタトゥーはアレキシの初めてのタトゥーである。
  • アレキシとキンバリーは同じタトゥー、AK47を彫っている。ちなみにAはAlexi、KはKimberlyの意味で、アサルトライフル銃のAK-47とかけている。

メンバー[編集]

旧メンバー[編集]

タイムライン[編集]

ディスコグラフィー[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

EP[編集]

  • 2004年 トラッシュド、ロスト&ストラングアウト - Trashed, Lost & Strungout

ライブ・アルバム[編集]

ベスト・アルバム[編集]

コンピレーション・アルバム[編集]

  • 2009年 スケルトンズ・イン・ザ・クローゼット - Skeletons In The Closet

映像作品[編集]

  • 2006年 カオス・リドゥン・イヤーズ〜ストックホルム・ノックアウト・ライヴ - Chaos Ridden Years - Stockholm Knockout Live

注釈[編集]

  1. ^ Inearthed結成から、その解散・Children Of Bodom結成までの経緯に関して、トイズファクトリーからリリースされた日本盤のライナーノーツ(『Something Wild』、『Hatebreeder』)では、Inearthed解散・Children Of Bodom結成の時期(ライナーノーツでは1994年頃とされている)や、メンバーの在籍時期が、Inearthedのデモテープのリリース歴や、バンドメンバーのインタビューなどとの矛盾する点が多く、間違いである可能性が高い。
  2. ^ スパインファーム在籍時にも、地域によってはニュークリア・ブラストからアルバムがリリースされたことがある。
  3. ^ 所属レーベルであるニュークリア・ブラストは日本盤のリリースについて日本コロムビアと契約しているが、なぜか日本コロムビアではなくアヴァロン・レーベルと個別に契約することにとなった。
  4. ^ ライナーノーツでは、メロディックデスメタルないし様式美デスメタルのような表現が用いられている。

参照元[編集]

  1. ^ a b Children of Bodom - チルドレン・オブ・ボドム - キューブミュージック・2014年6月28日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h Children of Bodom|Biography”. オールミュージック. All Media Guide. 2015年1月30日閲覧。
  3. ^ a b c Children of Bodom reviews, music, news - sputnikmusic・2015年3月21日閲覧。
  4. ^ a b c d e 『Chaos Ridden Years』収録のドキュメンタリーにおけるメンバーのインタビューより。
  5. ^ http://finnishcharts.com/showitem.asp?interpret=Children+Of+Bodom&titel=Something+Wild&cat=a 2013年7月14日閲覧。
  6. ^ finnishcharts.com - Children Of Bodom - Children Of Bodom - 2014年4月17日閲覧
  7. ^ http://finnishcharts.com/showitem.asp?interpret=Children+Of+Bodom&titel=Hate+Crew+Deathroll&cat=a 2013年7月14日閲覧。
  8. ^ Children of Bodom's Laiho: 'We Ain't Ready To Fucking Die Yet!' - Blabbermouth.net - 2014年8月21日閲覧
  9. ^ Children Of Bodom Hate Crew Official Website - News” (2012年10月3日). 2012年10月6日閲覧。
  10. ^ チルドレン・オブ・ボドムからギタリストのローペ・ラトヴァラが脱退”. amass (2015年5月29日). 2015年5月29日閲覧。
  11. ^ Children Of Bodom salakeikalla – uusi kitaristi tulessa”. Soundi (2015年5月30日). 2015年6月7日閲覧。
  12. ^ a b CHILDREN OF BODOM、新ギタリストとしてDaniel Freyberg(NAILDOWN/NORTHER)の加入を発表!”. 激ロック (2016年1月20日). 2016年1月20日閲覧。
  13. ^ http://www.metalstorm.net/bands/trivia.php?band_id=72&bandname=Children+Of+Bodom

関連項目[編集]

外部リンク[編集]