ダーク・トランキュリティ

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ダーク・トランキュリティ
Dark Tranquillity
Dark Tranquillity Summerbreeze2007 02.jpg
基本情報
別名 Septic Broiler (1989 - 1990)
出身地 スウェーデンの旗 スウェーデン
ハッランド県 クングスバッカ市
イェーテボリ・ブーヒュース県
イェーテボリ市
ビルダル[注釈 1][1]
ジャンル メロディックデスメタル[2]
活動期間 1989年 -
レーベル スパインファーム・レコード
オスモス・プロダクション
センチュリー・メディア・レコード
トイズファクトリー
トゥルーパー・エンタテインメント
共同作業者 フレドリック・ノルドストローム
公式サイト www.darktranquillity.com
メンバー ミカエル・スタンネ (ボーカル)
ニクラス・スンディン (ギター)
アンダース・ジヴァープ (ドラム)
マーティン・ブランドストローム (キーボード)
アンダース・イワース(ベース)
旧メンバー アンダース・フリーデン (ボーカル)
フレドリック・ヨハンソン (ギター)
マーティン・ヘンリクソン (ギター、ベース)
マイケル・ニクラソン (ベース)
ダニエル・アントンソン (ベース)

ダーク・トランキュリティDARK TRANQUILLITY)は、スウェーデン出身のメロディックデスメタルバンド。

メロディックデスメタル黎明期に結成され、同郷[注釈 2]イン・フレイムスアット・ザ・ゲイツらと共にその音楽スタイルを確立させたバンドの1つである。また、イン・フレイムスとは親交があり、初期のイン・フレイムスのアルバムに、ダーク・トランキュリティのメンバーがサポートメンバーとしてレコーディングに参加していることからも、彼らの親交の深さが窺える。ちなみに、ハンマーフォールというバンドも元々は、親交のある彼らによって、コンテストなどに出演する際の「お遊びバンド」として結成されたものである。

過去に5回来日しており、最近では2008年1月にザ・ホーンテッドとのカップリングツアーで来日公演を行った。なお、日本におけるバンド名のカタカナ表記では"トランキュリティ"とされていることが多いが、実際に発音すると"トランクウィリティ"、"トランクィリティ"、"トランクリティ"に近い(英語の発音をカタカナで書くのは難しいため、厳しく言えばここに書いたどの発音もネイティブとは若干違うが、"トランキュリティ"よりはネイティブに近い発音である)。

略歴[編集]

  • 1989年、ミカエル・スタンネ(G)を中心に、アンダース・フリーデン(Vo)、ニクラス・スンディン(G)、マーティン・ヘンリクソン(B)、アンダース・ジヴァープ(Ds)らによって結成される。Septic Broilerというバンド名で活動を開始する。
  • 1990年、初のデモテープ「Enfeebled Earth」を製作。その後間もなくバンド名をDark Tranquillityと改める。
  • 1991年、デモテープ「Trail Of Life Decayed」を製作。
  • 1992年には「A Moonclad Reflection」、「Trail Of Life Decayed」という2枚の7インチEPをリリース。これがスパインファーム・レコードの目に留まり、レコード契約獲得に至る。
  • 1993年、Spinefarm Recordsより1stアルバムとなる『Skydancer』をリリース。
  • 1994年、音楽的な意見相違を理由に、ヴォーカルのアンダースが脱退。当時サイドギタリストであったミカエルがヴォーカルにスイッチ。空席となったギタリストの座には、新たに加入したフレドリック・ヨハンソンが就いた。脱退したアンダース・フリーデンはその後、イン・フレイムスに加入。アンダースとメンバーの間にはわだかまりなどは無く、現在も友好な関係が続いている。
  • 1995年、新たなラインナップとなったバンドは、EP「Of Chaos And Eternal Night」をリリース。本作より、以後バンドはStudio Fredmanにてレコーディングを行うようになる。その後、バンドは所属レーベルをスパインファーム・レコードからオスモス・プロダクションへと移行し、2ndアルバム『The Gallery』をリリース。
  • 1995年12月、1stアルバム『Skydancer』の国内盤がリリース。日本デビューを果たす。ボーナストラックとして、EP「Of Chaos and Eternal Night」の楽曲が収録された。以後、日本での配給はトイズファクトリーが行うようになった。
  • 1996年の夏には、バンドは新作のレコーディングのためスタジオへ。このレコーディングのセッションの合間に、EP「Enter Suicidal Angels」をリリースした。
  • 翌1997年、3rdアルバム『The Mind's I』をリリース。
  • 1998年8月、バンドは新作のレコーディングに入る。このレコーディングの最中、今度の新作はそれまでの音楽性からはかけ離れたものが完成する、と感じたバンドは、より効果的なプロモーションが必要と考え、いくつかのレーベルと連絡を取り合った結果、センチュリー・メディア・レコードと新たにレコード契約を結んだ。そのため、レーベル移籍に伴う諸問題により、当初は1999年初頭にリリース予定だった新作の発売が、半年ほど延期となった。
  • 翌1999年、4thアルバム『Projector』リリース。デスボイスクリーンボイスの併用や、キーボードやピアノによるアレンジの導入など、それまでの音楽性から大きく方向転換した。本作のレコーディング後、ギタリストのフレドリックが脱退。脱退の経緯については、「別の仕事が多忙となったため」、「バンドへの情熱を失っていたため、クビになった」など、諸説あるようである。その後、ベーシストのマーティンがギタリストにスイッチしたため、新たなベーシストとして、長年来の友人であった元ルシフェリオンのマイケル・ニクラソンを迎え入れた。また、本作での音楽性の変化に伴い、キーボディストの必要性を感じたバンドは専任キーボディストとして、マーティン・ブランドストロームを迎え入れた。彼もまたバンドのメンバーとは長年来の友人であった。以後、およそ10年弱に渡ってこのラインナップで活動することになる。
  • 上述の“新たなレーベルへの移籍”、“メンバーチェンジ”、そして”大きく変化した音楽性”など、この頃がバンドにとって大きなターニング・ポイントとなった。なお、本作よりバンドのアルバムジャケット、及びアートワークをギタリストのニクラスが自ら手がけるようになる。そして、この年にバンドは初来日公演を果たす。前座はソイルワークだった。日本滞在時に受けたインタビューの際、ミカエルが喉の不調のために、今後デスボイスは一切使用せず、クリーンボイスのみ使用することを宣言したため、国内でのバンドの人気は低迷期に入っていくかのように思われた。
  • 2000年、5thアルバム『Haven』リリース。前作リリース後、これからはクリーンボイスを主体とした、新たな方向へ進んでいくと思われたバンドだったが、2000年に届けられた本作では、前作で聴かれた変化を残しつつも、ほぼ全篇に渡りデスボイスを使用した内容であった。
  • 2001年にはチルドレン・オブ・ボドムとのカップリングで、バンドは2度目の来日公演を果たす。
  • 2002年、6thアルバム『Damage Done』リリース。初期のアグレッションが復活した。
  • 2003年、ライブDVD『Live Damage』リリース。
  • 2004年5月、バンドは3度目の来日公演を果たす。この時のメインアクトはソイルワークであり、バンドはスペシャル・ゲストという扱いであった。この公演で、ほぼ完成していた新作より新曲「One Thought」を披露した。その後、未発表曲、初期のデモと「Live Damage」の模様を収録した2枚組CD『Exposures - In Retrospect and Denial」をリリース。国内盤は未発売。このうちの数曲は既に国内盤にボーナストラックとして収録されている。
  • 2005年、7thアルバム『Character』リリース。前作の延長線上の音楽性でありながらも、よりアグレッシブに、よりテクニカルとなった内容は、各プレスから“過去最高作”との評価を得た。
  • 2006年9月、4度目にして初の単独来日を果たす。この公演で、製作中の新作より新曲「Terminus (Where Death is Most Alive)」が披露された。
  • 2007年5月、8thアルバム『Fiction』リリース。バラエティに富んだ楽曲を含む本作は、再び各プレスより“過去最高作”との評価を得た。また、クリーンボイスの導入や女性シンガーとのデュエットなども久しぶりに聴かれた。なお、ゲスト女性シンガーとしてシアター・オヴ・トラジディーネル・シグランドが参加している。
  • 2008年1月、ザ・ホーンテッドとのダブルヘッドライナーで5度目の来日公演を果たした。また、この公演に合わせて、国内では長らく廃盤となっていた1st〜5thアルバムが廉価盤にて再発された。
  • 2008年、ベーシストのマイケル・ニクラソンが脱退し、ダニエル・アントンソンが後任として加入した。
  • 2009年、ベストアルバム『Manifesto of Dark Tranquility』が発売される。
  • 2010年、9thアルバム『We Are the Void』をリリース。同アルバムより、日本での配給をトゥルーパー・エンタテインメントが担うようになった。
  • 2012年3月、単独公演として6度目の来日公演を果たす。
  • 2013年2月18日、ダニエル・アントンソンの脱退が発表された[3]。後任は未定。現在は、ギタリスト転向前はベーシストだったマーティン・ヘンリクソンがベースを兼任している。同年5月、10thアルバム『Construct』をリリース。
  • 2016年3月末、マーティン・ヘンリクソンの脱退が発表された[4]。脱退の理由は、音楽を演奏することへの情熱を失ってしまったから[4]。同年9月末にアンダース・イワース(セレモニアル・オースティアマット等)がベーシストとして加入した[5]。同年11月に11thアルバム『Atoma』をリリース。

備考[編集]

  • 『The Gallery』や『The Mind's I』発表当時、ミカエルの歌声は「世界一美しいデスヴォイス」と賞賛されていたが、喉を痛めて思うように歌えなくなってしまった。『Projector』ではデスヴォイスを封印し、音楽性も耽美的な方向へと変化させたが、『The Gallery』の代表曲「Punish My Heaven」のような疾走感に酷薄なデスヴォイスが絡まる曲は見られず、一転してミドルテンポでKeyに重きを置いた曲がほとんどを占めていた。これに伴う来日公演でも選曲が不評で、バンドとして低迷期に入っていくかと思わせた[注釈 3]
  • しかし『Haven』でミカエルは初期とは発声を変えることでデスヴォイスを復活させることに成功。Voの重みと迫力あるトーンとGのキャッチャーなリフが光る曲が名を連ねた。
  • 続く『Damage Done』では、『Haven』より更に市場を意識したかのようで、アップテンポかつストレートなGが目立ち、また1曲1曲の長さが3-4分の短い曲が多くなり、全曲通してパワフルさとスピード感ある編成となった。
  • 『Character』は、『Damage Done』の色を継ぎつつもKeyの耽美的旋律を組み入れ、4分超の曲も増え、初期のメランコリックな曲調と突き刺さるデスヴォイスという"ダーク・トランキュリティ的"手法をより一層昇華させ、「完全復活」を強く印象付けた。

メンバー[編集]

現在のメンバー[編集]

1974年3月28日生まれ。ダーク・トランキュリティでヴォーカルを担当する以前に、イン・フレイムスの1stアルバム「Lunar Strain」でヴォーカルを執っている。これは、当時正式なヴォーカリストが不在であったイン・フレイムスに、サポートメンバーとして協力したもの。ハンマーフォールを立ち上げたメンバーの1人でもある。バンドでは大半の曲の詞を担当。また、イン・フレイムスの自身参加楽曲でも詞を書いている。
1974年8月13日生まれ。ミカエルと同じく、ハンマーフォールを立ち上げたメンバーの1人でもある。また、CGデザインアーティストという側面も持っており、4thアルバム「Projector」より、バンドのアルバムジャケット及びアートワークを手がけている。他にも、イン・フレイムスアーチ・エネミーなどのバンドから若手バンドのアルバムジャケットまで幅広く手がけており、現在ではオファーが殺到しているようである。Cabin Feverスタジオで活躍。
  • アンダース・ジヴァープ (Anders Jivarp) - ドラムス (1989- )
ドラムの他、ピアノも演奏し、作曲の際には主にピアノを用いている。また、イン・フレイムスのミニアルバム「Subterranean」にサポートメンバーとして参加した。
  • マーティン・ブランドストローム (Martin Brändström) - キーボード (1998 - )
元々はヘヴィメタル系のバンドではなく、デペッシュ・モードなどのバンドに傾倒していたため、プログラミングや雰囲気作りなどといった面に造詣が深い。2002年にはティアマットのツアーにサポートメンバーとして参加した。
  • アンダース・イワース (Anders Iwers) - ベース (2016 - )
セレモニアル・オースティアマットイン・フレイムスなどで活動。実弟にイン・フレイムスのベーシスト、ピーター・イワースがいる。

元メンバー[編集]

セレモニアル・オース。現在はイン・フレイムスパッセンジャーで活動中。
  • フレドリック・ヨハンソン (Fredrik Johansson) - ギター (1993 - 1999)
  • マーティン・ヘンリクソン (Martin Henriksson) - ギター (1999 - 2016)・ベース (1989 - 1999, 2013 - 2016)
1974年10月30日生まれ。バンドのメインソングライターの一人で、作曲の際、メンバーのアイディアをまとめる役割も担っていた。
  • マイケル・ニクラソン (Michael Niklasson) - ベース (1998 - 2008)
ダーク・トランキュリティに加入する以前は、ルシフェリオンにギタリストとして在籍していた。ダーク・トランキュリティ加入後も、アルバムを1枚発表しているが、現在ルシフェリオンは実質的な解散状態にある。
  • ダニエル・アントンソン (Daniel Antonsson) - ベース (2008 - 2013)
他バンドでは、ギタリストとして活動しており、ソイルワークに在籍していた時期もある。現在は、ディメンション・ゼロにも在籍している。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

シングル[編集]

ベストアルバム[編集]

コンピレーション[編集]

  • 1994年 V.A. / Metal Militia - A Tribute To Metallica
  • 1995年 V.A. / W.A.R. Compilation Vol.1
  • 2002年 V.A. / A Tribute Of The Beast

ビデオ[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ビルダルは、ハッランド県クングスバッカ市イェーテボリ・ブーヒュース県 (当時: 現在はヴェストラ・イェータランド県)イェーテボリ市に跨る自治体である。
  2. ^ ただし、Dark Tranquillityは正確にはビルダル出身でイェーテボリ出身ではない
  3. ^ ただし、『Projector』は『Haven』、『Damage Done』リリース後の2003年時点で最も成功したアルバムであった

脚注[編集]

  1. ^ 前田岳彦 (2003年). "ライヴ・ダメージ" [CDライナー]. ダーク・トランキュリティ 『Live Damage』のアルバム・ノーツ 日本東京都渋谷区渋谷: トイズファクトリー (TFBR-18502).
  2. ^ Dark Tranquillity reviews, music, news - sputnikmusic・2015年7月26日閲覧。
  3. ^ http://www.facebook.com/photo.php?fbid=10151323026895748&set=a.420686500747.191215.6841740747&type=1 2013年2月25日閲覧
  4. ^ a b Dark Tranquillity Guitarist Martin Henriksson Quits: 'I Have Lost The Passion For Playing Music'”. Blabbermouth.net (2016年3月31日). 2016年4月1日閲覧。
  5. ^ https://www.facebook.com/dtofficial/photos/a.420686500747.191215.6841740747/10154011069355748/?type=3&theater 2016年10月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]