おかげ横丁

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おかげ横丁
Ise city.JPG
施設情報
テーマ お蔭参り
キャッチコピー 伊勢内宮前 おかげ横丁
管理運営 有限会社伊勢福
面積 8925.6m2(2,700坪)[注 1]
来園者数 655万人[1]
開園 1993年(平成5年)7月
所在地 516-0025
三重県伊勢市宇治中之切町52番地
位置 北緯34度27分44.74秒
東経136度43分22.19秒
公式サイト http://www.okageyokocho.co.jp/

おかげ横丁(おかげよこちょう)は三重県伊勢市伊勢神宮皇大神宮(内宮)前にあるお蔭参り(お伊勢参り)で賑わった江戸時代末期から明治時代初期[2]門前町の町並みを再現した観光地である。運営は伊勢名物赤福餅を生産・販売する株式会社赤福の子会社である有限会社伊勢福が行う。 おはらい町の中ほどにあり、伊勢志摩を代表する観光地となっている。

概要[編集]

赤福社長であった濱田益嗣の指揮の下、当時の赤福の年商に匹敵する約140億円[3]をかけて1993年(平成5年)に完成した「小さな町」である[4]。伊勢特有の町並みである妻入の建物[5]伊勢河崎の蔵、桑名洋館などを忠実に再現、あるいは移築した[4]28の建造物群が並ぶ。お蔭参りで賑わった頃の町並みという統一したテーマの元で造られているが、おはらい町との間になどの仕切りはなく[6]入場料を徴収しないため、テーマパークではない[5]。おかげ横丁とおはらい町の境界は分かりにくく、名称が類似しているせいか両者を混同するケースもある[注 2]

伊勢志摩の特産物土産を扱う物販店を中心に45店が営業している。

歴史[編集]

伊勢神宮の門前町として栄えた宇治地区は、江戸時代には年間200 - 400万人もの参宮客が訪れた[6]庶民の憧れの地であったが、高度経済成長の時代を過ぎた1970年代後半には20万人にまで落ち込んでしまった[7]。この状況を打開しようとこの地に本店を構える老舗和菓子店の赤福が立ち上がり、「伊勢おはらい町会議」を結成、わずか10年でおはらい町を伝統的な妻入り建築が並ぶ通りに修景した[3]

更に赤福は1993年(平成5年)の式年遷宮に合わせて町の再生の起爆剤となる施設の建設を計画、「おかげ参り」と「商いを続けてこられたのは伊勢神宮のおかげ」という2つの意味を込めて「おかげ横丁」と名付けた[3]。横丁には赤福社長の濱田益嗣のこだわりが強く表れ、岐阜県高山市長野県小布施町などまちづくりで先行する日本各地を視察して造られた[6]。建設費用の140億円は1990年(平成2年)当時の赤福の年間売上高とほぼ同額であったが、行政から補助金を受けることなく自己資金でまかなった[3]1992年(平成4年)9月28日には、おかげ横丁の運営を行う企業として「有限会社伊勢福」を設立、翌年7月に開業した[8]

おかげ横丁の経営は間もなく軌道に乗り、開業から10年で借金の返済が完了した[7]。おかげ横丁設立前の1992年(平成4年)には32万人だったおはらい町の往来者数は、おかげ横丁設立とともに増加した[9]2002年(平成14年)には入場者数が年間300万人を突破[10]2007年(平成19年)には400万人に達しようという勢いで、将来的な横丁の拡張が見えてきた[7]

しかし、すべてが順調に見えた矢先の2007年10月12日、親会社の赤福の偽装事件が発覚し、大きな波紋を呼んだ。赤福は営業自粛を余儀なくされ、2008年(平成20年)の初詣で時期の営業ができなくなったが、おかげ横丁は偽装に直接関与したわけではないので通常通り営業を行っていた。その後、赤福は徐々に営業を再開し、現在に至っている。

2011年(平成23年)3月11日東日本大震災が発生、震災から2週間の来訪客数は2割減少したが、4月以降客数は持ち直し、ゴールデンウィーク4月29日 - 5月5日)は例年並みの18万人の観光客を見込んでいる[11]。持ち直した2013年(平成25年)には過去最高の655万人を達成している[1]

騒動[編集]

2013年、前社長である浜田益嗣は、津市であったフォーラムの対談で「外人は来てほしくない。いたらおかしいでしょ。来ないでくれとは言えないが、英語の表記をするような気遣いはしない」などと発言した[12]

主な店舗[編集]

物販店(全31店)
飲食店(全10店)
  • 赤福本店 - 五十鈴川に架かる新橋のたもとにある和菓子店。看板商品の赤福餅をはじめ、季節限定で「赤福氷」・「赤福ぜんざい」も販売する[14]
  • 豚捨 おかげ横丁店 - 創業明治42年の牛肉専門店・豚捨(ぶたすて)の支店。店頭では揚げたてのコロッケを販売するほか、座敷では牛鍋などを供する[13]
  • ケーキラボ - 手作りのパンケーキを販売する[14]洋菓子店で、元は洋食屋「はいからさん」の工房だった[16]
その他(5店)

おかげ座[編集]

おかげ横丁で唯一の有料施設。歴史館とテーマ館の2館からなる芝居小屋風の建物で[4]、江戸時代のお蔭参りを映像と2分の1スケールの模型で今に伝える横丁の中心的な施設である[6]。トータルメディア開発研究所(凸版印刷の関連企業)がプロデュースした[6]。「平成」ボタンを押すと外に出られるといった遊び心のある演出がなされている[6]

特色[編集]

町並みの細かな再現
伊勢路に実在した妻入の木造建築物を細部に至るまで徹底的に再現し[4]、「世古」と呼ばれる伊勢らしい路地を形成している[3]。また、木目が美しいとされるトガ材ですべての建物を建設し、土壁やの焼き具合などにも注意が払われている[6]
もてなしの心の再生
おかげ横丁では町並みの再現にとどまらず、「施行」(せぎょう)と呼ばれる参宮客を温かくもてなす心の再生にも取り組んでいる[6]。浜田益嗣は客とのコミュニケーションを重視し、積極的に客に話しかけることを従業員に説いている[7]
バリアフリー
NPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの調査によると、身体障害者用の駐車場やトイレが整備されており、おかげ座内にも簡易スロープなどのバリアフリー設備がある。ただし、石畳や店舗入り口の段差には注意が必要である[20]

注釈[編集]

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  1. ^ 公式サイトによる。文献・ウェブサイトにより2500 - 3000坪の範囲で変動あり。
  2. ^ 観光カリスマ百選』(総理官邸メールマガジンの一部)など。この文中の"約2600坪の「おはらい町」の中には…"のくだりは「おかげ横丁」が正しい。なお、地元住民であっても混同している場合がある。

参考文献[編集]

脚注
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  1. ^ a b 観光地点等分類ごとの入込客数”. 三重県雇用経済部 観光・国際局 観光政策課. 2015年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月25日閲覧。
  2. ^ JTBパブリッシング編集制作本部関西編集部、2006、24ページ
  3. ^ a b c d e 薫習メゾスコーピア『伊勢おはらい町』2003年2月3日(2010年3月25日閲覧)
  4. ^ a b c d 近畿日本鉄道『おかげ横丁|K's PLAZA』(2010年3月25日閲覧)
  5. ^ a b みちとくらしのネットワーク『おかげ横丁 / 三重県
  6. ^ a b c d e f g h i 大森興治『地域から日本を変える松下政経塾、1994年2月
  7. ^ a b c d 石森隆夫『おかげ横丁「感覚満足」が大切読売新聞、2007年10月2日(2010年3月29日閲覧)
  8. ^ おかげ横丁『内宮前おかげ横丁について』伊勢福、平成21年7月11日現在(2010年3月25日閲覧)
  9. ^ 藤田・田林(2007):361ページ(当該ページは大喜多甫文が執筆している)
  10. ^ 総理官邸『観光カリスマ百選小泉内閣メルマガ90号、2003年4月10日(2010年3月25日閲覧)
  11. ^ 片山健生・飯田竜司・渡辺大地「大型連休回復か停滞か 震災後の観光地」中日新聞伊勢志摩版、2011年4月25日付朝刊、11ページ
  12. ^ 毎日新聞、2013年11月27日
  13. ^ a b 近畿日本ツーリスト、2005、30ページ
  14. ^ a b c d JTBパブリッシング編集制作本部関西編集部、2006、24ページ
  15. ^ 伊勢萬『-おかげ横丁-株式会社伊勢萬内宮前酒造場』(2010年3月25日閲覧)
  16. ^ アイティービーケーキラボ|伊勢志摩の旅よいとこせ』(2010年3月25日)
  17. ^ a b 伊勢福『-おかげ横丁-山口誓子俳句館・徳力富吉郎版画館』(2010年3月25日閲覧)
  18. ^ 近畿日本ツーリスト、2005、31ページ
  19. ^ 中平雄大"おみくじ付きATMを新設 第三銀 おかげ横丁出張所に"中日新聞2012年8月18日付朝刊、三重総合三紀広域19ページ
  20. ^ 伊勢志摩バリアフリーツアーセンター『おかげ横丁』(2010年3月28日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]