卯月 (睦月型駆逐艦)
艦歴 | |
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建造所 | 東京石川島造船所 |
起工 | 1924年1月11日 |
進水 | 1925年10月15日 |
竣工 | 1926年9月14日(第二十五号駆逐艦) |
喪失 | 1944年12月12日 |
除籍 | 1945年1月10日 |
要目(計画) | |
排水量 | 基準:1,315トン、常備:1,445トン |
全長 | 102.72m |
全幅 | 9.16m |
吃水 | 2.92m |
機関 | ロ号艦本式缶4基 艦本式タービン2基 2軸、38,500馬力 |
速力 | 37.25ノット |
航続距離 | 14ノットで4,500海里 |
燃料 | 重油450トン |
乗員 | 154名 |
兵装 | 45口径三年式12cm単装砲4門 留式7.7mm機銃2挺 61cm3連装魚雷発射管2基6門 (八年式魚雷12本) 爆雷投射器 爆雷12個 |
卯月(うづき)は日本海軍の駆逐艦。睦月型駆逐艦の4番艦である。艦名は旧暦で4月のこと。艦名は初代神風型駆逐艦の「卯月」に続いて2代目。
艦歴
1923年(大正12年)度計画艦。東京石川島造船所で建造され1926年(大正15年)9月14日に竣工、佐世保鎮守府に所属した。当初は「第二十五号駆逐艦」という艦名であり、一等駆逐艦に類別され、1928年(昭和3年)8月1日に「卯月」と改名された。
1937年(昭和12年)からの日中戦争により中支、南支方面に進出する。また仏印進駐作戦に参加した。
太平洋戦争開戦時は第1航空艦隊第2航空戦隊第23駆逐隊に所属していた。緒戦はグアム島攻略作戦の船団護衛に従事する。その後、ラバウル方面、ラエとサラモア、ブーゲンビル島、モレスビーの各攻略作戦に参加した。
1942年(昭和17年)5月25日に第30駆逐隊に編入、5月25日に一旦佐世保港へ帰港し、ガダルカナル島攻略作戦に参加した。8月10日には沈没した「加古」の乗員を救助、8月24日には第二次ソロモン海戦に参加するが爆撃により損傷、佐世保海軍工廠で12月まで修理を行った。
12月12日に横須賀港を出港、「冲鷹」を護衛してトラックへ進出する。その後コロンバンガラ輸送作戦に参加したが12月25日に南海丸と衝突して損傷し、ラバウルで修理する。翌1943年(昭和18年)1月5日に同地で爆撃を受けさらに損傷、トラックまで後退しそこで6月まで修理、7月より佐世保で本格修理を実施した。同年10月に佐世保を出港しラバウルへ進出、同方面で輸送作戦に従事した。
翌1944年(昭和19年)1月には一旦佐世保へ帰港、3月以降はサイパンへの船団護衛に従事する。6月のマリアナ沖海戦には補給部隊の護衛で参加する。その後は船団護衛で内地シンガポール間、内地マニラ間を往復した。
1944年(昭和19年)12月9日にマニラを出港しオルモック輸送作戦第9次作戦に参加するが12日にオルモック湾で魚雷艇PT490等と交戦し沈没した。1945年(昭和20年)1月10日除籍。
最終時兵装
1944年(昭和19年)8月31日の調査によると本艦の兵装は12cm単装砲2門、61cm3連装魚雷発射管1基、25mm3連装機銃2基、同連装2基、同単装6基、単装機銃座2基、八一式爆雷投射機2基、爆雷投下軌条2基、13号電探1基となっている。(『日本駆逐艦物語』p267,p280による)
歴代艦長
艤装員長
- 郷田喜一郎 中佐[1]
艦長
- 郷田喜一郎 中佐:1926年9月14日 -
- 吉田庸光 中佐:1927年12月1日 -
- 五藤存知 少佐:1927年7月11日 - 7月23日[2]
- (兼)西岡茂泰 少佐:1930年12月1日 -[3]
- 杉浦嘉十 少佐:1931年12月1日 -
- 清水利夫 少佐:1933年11月15日 -
- 倉永恒記 少佐:1934年12月15日 -
- 井上良雄 少佐:1935年10月10日 -
- 岡部三四二 少佐:1936年12月1日 -
- 鈴木保厚 少佐:1937年12月1日 -
- 清水逸郎 少佐:1938年3月5日 -
- 石井励 少佐:1938年12月15日 -
- 氏家忠三 少佐:1939年11月15日 -
- 西村正夫 少佐:1940年11月15日 -
- 竹内仁司 少佐:1942年5月15日 -
- 渡辺芳郎 大尉:1943年5月25日 -
脚注
参考文献
- 海軍歴史保存会『日本海軍史 第7巻』(第一法規出版、1995年)
- 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第10巻 駆逐艦I』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0460-1
- 福井静夫『福井静夫著作集第5巻 日本駆逐艦物語』(光人社、1993年)ISBN 4-7698-0611-6
- 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』(原書房、1981年、第3刷)ISBN 4-562-00302-2
- 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。
- 『日本海軍人事手帳(?)』