全国高等学校野球選手権大会 (鳥取県勢)

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全国高等学校野球選手権大会における鳥取県勢の成績について記す。

全国中等学校優勝野球大会

  • 1915年の第1回大会、県内からは鳥取中(現・鳥取西)、倉吉中(現・倉吉東)、米子中(現・米子東)、鳥取師範の4校が予選に出場している。山陰代表となった鳥取中は開会式直後の第1試合で広島中(現・国泰寺)を破り、歴史の扉を開けている。
  • 鳥取中は第4回大会から第6回大会にかけての3年連続出場、第12回大会から第15回大会にかけての4年連続出場など、中等学校時代だけで15回の出場を数える。その間、ベスト4に4回、ベスト8に3回進出するなど、強豪として名を馳せた。
  • 鳥取中の後塵を拝した形になっていた県西部のライバル・米子中も、第11回大会を皮切りに5回の出場を果たしている。
年度 代表校 全国大会成績 関連人物
1915年(第1回大会 鳥取中(初出場 山陰代表) 1回戦 14-7 広島中(山陽・広島)
2回戦 1-7 和歌山中(関西・和歌山)
1916年(第2回大会 鳥取中(2年連続2回目 山陰代表) 1回戦 1-2 和歌山中(紀和・和歌山)
敗者復活戦 9-6 中学明善(九州・福岡)
準決勝 4-5 市岡中(大阪)
1918年(第4回大会 鳥取中(2年ぶり3回目 山陰代表) 米騒動のため中止
1919年(第5回大会 鳥取中(2年連続4回目 山陰代表) 1回戦 4-3 愛知一中(東海・愛知)
準々決勝 2-4 小倉中(九州・福岡) 延長15回
1920年(第6回大会 鳥取中(3年連続5回目 山陰代表) 1回戦 6-2 豊国中(九州・福岡)
準々決勝 2-0 京都一商(京津・京都)
準決勝 3-14 関西学院中(兵庫)
1924年(第10回大会 鳥取一中(4年ぶり6回目 山陰代表) 1回戦 10-0 京城中(朝鮮)
 横山保正が大会史上初の2打席連続本塁打を放つ。
2回戦 15-2 同志社中(京津・京都)
準々決勝 5-4 宇都宮中(関東・栃木)
準決勝 3-9 松本商(甲信・長野)
1925年(第11回大会 米子中(初出場 山陰代表) 1回戦 2-0 前橋中(関東・群馬)
2回戦 4-10 第一神港商(兵庫)
1926年(第12回大会 鳥取一中(2年ぶり7回目 山陰代表) 1回戦 4-2 長崎商(北九州・長崎)
2回戦 4-1 盛岡中(東北・岩手)
準々決勝 3-9 和歌山中(紀和・和歌山)
1927年(第13回大会 鳥取一中(2年連続8回目 山陰代表) 1回戦 9-1 茨城商(南関東・茨城)
2回戦 3-7 鹿児島商(南九州・鹿児島)
1928年(第14回大会 鳥取一中(3年連続9回目 山陰代表) 2回戦 2-8 高松中(四国・香川)
1929年(第15回大会 鳥取一中(4年連続10回目 山陰代表) 1回戦 12-0 秋田師範(奥羽・秋田)
2回戦 2-1 敦賀商(北陸・福井)
準々決勝 1-0 市岡中(大阪)
準決勝 1-5 広島商(山陽・広島)
1930年(第16回大会 米子中(5年ぶり2回目 山陰代表) 1回戦 0-4 大邱商(朝鮮)
1932年(第18回大会 米子中(2年ぶり3回目 山陰代表) 2回戦 1-3 石川師範(北陸・石川) 岡本利之
1933年(第19回大会 鳥取一中(4年ぶり11回目 山陰代表) 1回戦 0-3 敦賀商(北陸・福井)
1934年(第20回大会 鳥取一中(2年連続12回目 山陰代表) 1回戦 3-1 京都商(京津・京都)
2回戦 1-8 熊本工(南九州・熊本)
沢村栄治
川上哲治
1935年(第21回大会 米子中(3年ぶり4回目 山陰代表) 1回戦 4-5 育英商(兵庫) 井上親一郎清水秀雄
成田啓二木下勇
1936年(第22回大会 鳥取一中(2年ぶり13回目 山陰代表) 1回戦 3-2 鹿児島商(南九州・鹿児島)
2回戦 1-4 岐阜商(東海・岐阜)
1938年(第24回大会 鳥取一中(2年ぶり14回目 山陰代表) 2回戦 3-0 青森師範(奥羽・青森)
準々決勝 0-3 甲陽中(兵庫)
1939年(第25回大会 米子中(4年ぶり5回目 山陰代表) 1回戦 12-7 高岡商(北陸・富山)
準々決勝 0-3 海草中(紀和・和歌山)
土井垣武長谷川善三
嶋清一
1947年(第29回大会 鳥取一中(9年ぶり15回目 山陰代表) 1回戦 4-10 志度商(四国・香川)

全国高等学校野球選手権大会(1県1代表制以前)

  • 新制高校になってからの地区割りの変更により、県勢は岡山県勢と代表を争う東中国大会に組み込まれた。この時代は岡本利之木下勇らに率いられた米子東が、長島康夫宮本洋二郎といった好投手を擁して全国大会に出場した。
  • 1960年代に入ると県勢は力を付けてきた岡山県勢の前に全国大会出場が減少。東中国大会は1948年から1974年まで記念大会4回を除き22回行われたが、県勢が岡山県勢を破って全国大会に出場したのは8回しかない。この時代は選抜では米子東が強かったが、夏の大会では米子南が出場している。
  • 1975年から1977年までは、島根県勢と代表を争う山陰大会に組み込まれたが、この3年間はすべて島根県勢に代表の座を譲った。
年度 代表校 全国大会成績 関連人物
1950年(第32回大会 米子東(11年ぶり6回目 東中国代表) 2回戦 3-2 盛岡(奥羽・岩手)
準々決勝 7-8 鳴門(南四国・徳島)
岡本利之国頭光仁
1952年(第34回大会 (初出場 東中国代表) 2回戦 0-4 日大三(東京) 拝藤宣雄
1953年(第35回大会 鳥取西(6年ぶり16回目 東中国代表) 1回戦 4-1 松商学園(信越・長野)
2回戦 4-6 宇都宮工(北関東・栃木)
1954年(第36回大会 米子東(4年ぶり7回目 東中国代表) 1回戦 2-1 滝川(兵庫) 延長11回
2回戦 1-3 早稲田実(東京)
大橋棣義原武敏
1956年(第38回大会 米子東(2年ぶり8回目 東中国代表) 2回戦 1-0 別府鶴見丘(東九州・大分)
準々決勝 3-0 中京商(愛知)
準決勝 1-2x 岐阜商(三岐・岐阜)
木下勇長島康夫
1958年(第40回大会 鳥取西(5年ぶり17回目 鳥取県代表) 1回戦 2x-1 新潟商(新潟)
2回戦 0-1 柳井(山口)
1960年(第42回大会 米子東(4年ぶり9回目 東中国代表) 1回戦 8-0 盈進商(広島)
2回戦 5-12 徳島商(南四国・徳島)
岡本利之、宮本洋二郎清水賢
1963年(第45回大会 米子南(初出場 鳥取県代表) 1回戦 0-1 桐生(群馬)
1964年(第46回大会 米子南(2年連続2回目 東中国代表) 1回戦 1-4 岐阜商(三岐・岐阜)
1968年(第50回大会 米子南(4年ぶり3回目 鳥取県代表) 1回戦 2-15 岐阜南(岐阜)
1972年(第54回大会 米子工(初出場 東中国代表) 1回戦 0-3 秋田市立(西奥羽・秋田) 角三男(米子工の控え投手)
1973年(第55回大会 鳥取西(15年ぶり18回目 鳥取県代表) 2回戦 3-0 仙台育英(宮城)
3回戦 0-1 富山商(富山)

全国高等学校野球選手権大会(1県1代表制以降)

  • 1県1代表制となった1978年、県中部から初めて、また私学としても初めて倉吉北が代表となった。同校は初戦で早稲田実を破り「山陰の暴れん坊」として一躍注目を集めた。鳥取県は予選参加19校(当時)で「最も甲子園に出やすい県」としても注目され、京阪神からのいわゆる野球留学生が増加した。
  • 平成に入ってからは鳥取西・米子東の両伝統校に加え、や倉吉北、さらに1987年に郡部からの初出場を果たした八頭米子商(現・米子松蔭)も台頭した。1県1代表制となった1978年以降、2年連続して代表となったのが1996年・97年の八頭、2012年・13年の鳥取城北だけであることが、県内勢力図の混戦ぶりを表している。
  • 平成以降の県勢は1995~2002年と2004年~2011年にかけて、初戦8連敗を2度も喫しているなど弱体化が著しい。その間は2003年と2014年の八頭(2回)と、2012年の鳥取城北が初戦突破による各1勝をあげたのみである(なお選抜では1996年米子東と2008年八頭が1勝を挙げている)。さらに平成以降の選手権大会でベスト8入り・及び2勝以上が無いのは、2015年現在で鳥取県勢のみとなった。
年度 代表校 全国大会成績 関連人物
1978年(第60回大会 倉吉北(初出場) 1回戦 3-2 早稲田実(東東京)
2回戦 6-14 高知商(高知)
矢田万寿男谷川哲也
川又米利
森浩二中西清起
1979年(第61回大会 境(27年ぶり2回目) 1回戦 6-13 中京(愛知)
1980年(第62回大会 倉吉北(2年ぶり2回目) 1回戦 1-2x 習志野(千葉)延長10回 後関昌彦
1981年(第63回大会 鳥取西(8年ぶり19回目) 1回戦 5-0 東奥義塾(青森)
2回戦 0-5 早稲田実(東東京)
田子譲治
荒木大輔
1982年(第64回大会 境(3年ぶり3回目) 1回戦 3-9 東海大甲府(山梨)
1983年(第65回大会 米子東(23年ぶり10回目) 1回戦 1-2 学法石川(福島)延長10回 杉本真吾
1984年(第66回大会 境(2年ぶり4回目) 1回戦 0-1x 法政一(西東京) 延長10回
 安部伸一が無安打無失点投球も、初被安打がサヨナラ本塁打。
松田和久足立亘
1985年(第67回大会 鳥取西(4年ぶり20回目) 1回戦 7-4 日大三(西東京)
2回戦 0-8 宇部商(山口)
1986年(第68回大会 米子東(3年ぶり11回目) 2回戦 3-1 東亜学園(西東京)
3回戦 2-7 天理(奈良)
川島堅
中村良二
1987年(第69回大会 八頭(初出場) 1回戦 2-3 金沢(石川)
1988年(第70回大会 米子商(初出場) 2回戦 4-0 鹿児島商(鹿児島)
3回戦 2-3x 福岡一(福岡)
井上一樹
前田幸長山之内健一
1989年(第71回大会 米子東(3年ぶり12回目) 2回戦 0-3 帝京(東東京) 吉岡雄二
1990年(第72回大会 境(6年ぶり5回目) 1回戦 3x-2 八戸工大一(青森)
2回戦 0-5 平安(京都)
1991年(第73回大会 米子東(2年ぶり13回目) 1回戦 0-5 我孫子(千葉) 荒井修光
1992年(第74回大会 倉吉北(12年ぶり3回目) 2回戦 0-6 東海大甲府(山梨)
1993年(第75回大会 鳥取西(8年ぶり21回目) 2回戦 11-1 不二越工(富山)
3回戦 1-2 京都西(京都)
1994年(第76回大会 八頭(7年ぶり2回目) 2回戦 5-4 鶴岡工(山形)
3回戦 1-3 水戸商(茨城)
1995年(第77回大会 倉吉東(初出場) 1回戦 4-11 金足農(秋田)
1996年(第78回大会 八頭(2年ぶり3回目) 2回戦 0-11 福井商(福井)
1997年(第79回大会 八頭(2年連続4回目) 1回戦 0-9 甲府工(山梨)
1998年(第80回大会 境(8年ぶり6回目) 1回戦 6-7 滑川(西埼玉) 久保田智之
1999年(第81回大会 倉吉北(7年ぶり4回目) 1回戦 0-8 静岡(静岡) 高木康成
2000年(第82回大会 米子商(12年ぶり2回目) 1回戦 1-7 仙台育英(宮城) 星孝典
2001年(第83回大会 八頭(4年ぶり5回目) 2回戦 7-8 塚原青雲(長野)
2002年(第84回大会 倉吉北(3年ぶり5回目) 1回戦 1-6 桜美林(西東京)
2003年(第85回大会 八頭(2年ぶり6回目) 1回戦 3-2 小山(栃木)
2回戦 2-3 静岡(静岡)
川口盛外黒田祐輔
2004年(第86回大会 鳥取商(初出場) 1回戦 0-6 聖光学院(福島)
2005年(第87回大会 鳥取西(12年ぶり22回目) 2回戦 1-7 銚子商(千葉)
2006年(第88回大会 倉吉北(4年ぶり6回目) 1回戦 6-7x 松代(長野) 延長11回
2007年(第89回大会 境(9年ぶり7回目) 1回戦 1-14 甲府商(山梨)
2008年(第90回大会 鳥取西(3年ぶり23回目) 1回戦 1-6 木更津総合(東千葉)
2009年(第91回大会 鳥取城北(初出場) 1回戦 3-6 札幌一(南北海道)
2010年(第92回大会 八頭(7年ぶり7回目) 2回戦 2-15 土岐商(岐阜)
2011年(第93回大会 鳥取商(7年ぶり2回目) 1回戦 2-3 白樺学園(北北海道) 延長11回
2012年(第94回大会 鳥取城北(3年ぶり2回目) 1回戦 3-1 香川西(香川)
2回戦 2-6 天理(奈良)
2013年(第95回大会 鳥取城北(2年連続3回目) 1回戦 2-3 熊本工(熊本)
2014年(第96回大会 八頭(4年ぶり8回目) 2回戦 6-1 角館(秋田)
3回戦 0-10 大阪桐蔭(大阪)
2015年(第97回大会 鳥取城北(2年ぶり4回目) 2回戦 6-9 鶴岡東(山形)

備考

  • 予選皆勤校(全国15校)は鳥取西、米子東の2校である。
  • 鳥取西は夏は23回出場しており、県内はもとより全国でも屈指の出場回数である。加えて初戦敗退が5回しかなく(敗者復活戦導入大会を除く)、初戦に強い学校として知られる。その一方で、1大会で2勝以上をあげたのは1929年が最後と80年以上も前のことである。また新制高校になって以来、夏の連続出場がない。
  • 近年の県勢は全国大会での白星が非常に少ない。選手権大会で県勢が1大会2勝以上をあげたのは、1956年の米子東が最後と50年以上も前のことである。

関連項目