ニホンザル

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ニホンザル
ニホンザル
ホンドザル Macaca fuscata fuscata
保全状況評価[a 1][a 2]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
ワシントン条約附属書II類
地質時代
更新世中期 - 現代
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: サル目 Primates
: オナガザル科 Cercopithecidae
亜科 : オナガザル亜科
Cercopithecinae
: マカク属 Macaca
: ニホンザル M. fuscata
学名
Macaca fuscata (Blyth, 1875)
シノニム

Inuus fuscatus Blyth, 1875

和名
ニホンザル
英名
Japanese macaque
Japanese monkey

ニホンザルMacaca fuscata)は、哺乳綱サル目(霊長目)オナガザル科マカク属に分類されるサル。

分布

M. f. fuscata ホンドザル
日本本州四国九州固有亜種[1][2][3][4][5][6][a 3]
M. f. yakui ヤクシマザル
日本(屋久島)固有亜種[1][2][3][5][a 3]

ヒトを除いたサル目の現生種では最も北(下北半島)まで分布する[1][5][6][a 3]

絶滅した分布域

日本(種子島[1][2]茨城県[4]

形態

体長47-60センチメートル[5]。尾長オス7-11センチメートル、メス6-11センチメートル[5]体重オス6-18キログラム、メス6-14キログラム[5]。東北地方や中部地方山岳部の個体群は大型[5]。尾が短い[5]。体毛は寒冷地では長く密に被われ、温暖地では短く薄く被われる傾向がある[1]。背面の毛衣は赤褐色や褐色、腹面の毛衣は灰色[1]。種小名fuscataは「暗色がかった」の意[3]

顔や尻は裸出し赤い[2][5]

幼獣は体毛が密に被われるが、成長に伴い密度は低くなる[1]。オスは犬歯が発達する[5]

M. f. yakui ヤクシマザル
体毛が長く[1]、毛衣が暗褐色がかる[2][4]。頭蓋が小型[1]。眼窩が縦長で、眼窩間の幅がより狭い[1]

分類

属内では陰茎亀頭の形態などからアカゲザルカニクイザルタイワンザルに近縁と推定されfascicularisグループを形成する[1]。最も近縁なのはアカゲザルで500,000年前に分化したと推定されている[4]

本種は元々Macaca speciosusとして記載されていた[1][3]。しかしM. speciosusが誤ってベニガオザルを指す学名とされ[3]、本種に対応する学名として後に記載されたMacaca fuscataが主に用いられるようになった[1]。先取権はM. speciosusにあるものの混乱を防ぐため、動物命名法国際審議会の承認によりM. fuscataが本種の学名として用いられている[1][3]

基亜種と亜種ヤクシマザルは170,000-180,000年前に分化したと推定されている[4]

  • Macaca fuscata fuscata (Blyth, 1875) ニホンザル、ホンドザル、ホンドニホンザル
  • Macaca fuscata yakui Kuroda, 1941 ヤクザル、ヤクシマザル、ヤクシマニホンザル

生態

常緑広葉樹林落葉広葉樹林に生息する[2]昼行性だが、積雪地帯では吹雪の時は日中でも活動しない[4]。群れは1-80平方キロメートルの行動圏内で生活する[5]。行動圏は常緑広葉樹林では狭く(1頭あたり1.4-6.4ヘクタール)、落葉広葉樹林内では広くなる(1頭あたり9-79ヘクタール)[1][2][5]。複数の異性が含まれる十数頭から100頭以上の群れ(亜種ヤクシマザルはほぼ50頭以下)を形成して生活する[2]。群れは母系集団でオスは生後3-8年で産まれた群れから独立し、近くにある別の群れに入ったり遠距離移動を行うと推定されている[1]。他の群れとの関係は地域変異があると推定されており例として屋久島の個体群は群れの間で優劣関係があり群れが遭遇すると争うが、白山の個体群は群れ同士が避けあい時に混ざることもあるという報告例がある[4]

食性は植物食傾向の強い雑食で、主に果実を食べるが、植物の葉、芽、種子キノコ昆虫なども食べる[1][2][4][5][a 3]。亜種ヤクシマザルはカエルトカゲ[1]、下北半島の個体群は食物が少ない時期に樹皮、海藻貝類なども食べる[a 3]。春季は花や若葉、夏季は漿果、春季から冬季にかけては果実や種子を食べる[4]

繁殖形態は胎生。主に秋季から冬季にかけて交尾を行い、妊娠期間は161-186日[4]。春季から夏季に1回に1頭(まれに2頭)の幼獣を2-3年に1回産む[2][5]。授乳期間は11-18か月[4]。メスは生後5-7年で性成熟する[2][5]。野生下での寿命は主に25年以下(幼獣の死亡率が高い)だが、餌付けされた個体群では30年以上の生存が推定されている個体や生後26年で出産した例もある[4]

文化的行動

ニホンザル研究の拠点の一つであった幸島では、若いメスザルが餌のサツマイモを水で洗って食べることを始め、群れの他のものにもそれをまねするものが現れた。その中には、海水で洗い、さらに食べるごとに海水に浸して味付けをするらしい行動をするものも現れた。また、砂浜に撒かれた麦を、砂ごと抱えて海水に放り込み、波に洗われた麦粒を拾って食べるものも出現した。さらに魚を捕らえるものまで出てきた。これらの行動はサルの文化的行動として注目を受け、動物にも文化を認める論の先駆けとなった。ちなみに、最初にイモ洗いを行った若いメスの名はイモと名付けられた。

ところが、こうした「餌を海水に浸す」文化が若いメスザルにより始まったものの、その伝播は序列に従い、まずは若いオスザル、次に年取ったメスザル、そして最後の最後に、ボスザルが真似を始める。人間社会と同様に、ボスは権威を維持するために、若いメスザルによって発祥した文化を容易に模倣することが出来ないのである。

大半が左利きである。

社会構造

雪の中温泉につかるニホンザル[脚注 1]長野県地獄谷野猿公苑
サルは熱帯を中心に分布しており、世界的に見れば、このような光景は稀有である。

以前は、強力な統率力をもつボスザルとそれを取巻くメス、子供を中心として、他のオスは周辺部に位置し中心部に入ることが許されないという「同心円二重構造」として群れの社会構造が説明されていた。なお、「ボスザル」という呼称は後に「リーダー」などと呼び変えられた。

ニホンザルの社会の仕組みについては、以下のようなものと考えられていた。

  • 群れを構成するのは成体のオスとメス、および子供と若者である。群れに入らない離れザルがあるが、これは若いか成体のオスがほとんどである。
  • 群れの個体はすべての個体間で力の強弱による順位が決まっており、全体として直線的な順位制を持っている。順位が高いものに対しては尻を向け、上位者がその後ろから乗りかかる「マウンティング」という行動があり、これによって順位が確かめられると同時に、争いが回避される。順位が離れるほどこの行動はおこなわれなくなる。
  • 単なる順位制でなく、階級があって、それぞれに群れの中での位置が決まっている。
  • リーダーは大人オスの1 - 数頭で、群れの中央に位置し、その周囲にメスと赤ん坊、その外に若者オスが位置する。
  • リーダーは外敵から群れを守り、また、群れ内部での争いに介入して調停する。
  • 雄は幼い間はメスと共に群れの中央にいるが、若者になると群れの外側に出て、一部は離れザルとして群れを去る。
  • 若者オスは群れの中での順位が上がると次第にリーダー的な行動を取るようになり、サブリーダー(ボス見習いとも)となるが、ボスとなって群れの中央に入るにはメスグループの了承を必要とする。
  • メスは終世群れの中央にいる。順位はあるが、はっきりとした階級はない。

しかし、伊沢紘生らによる白山にすむ野生群などの研究ではボスザルの存在は認められず、群れは「仲間意識」によって支えられた集団であるとしている。群れ内に「ボス」や「決まった順位」があると見えるのは、人間による餌付け(決められた場所、時間、量のサツマイモや大豆などの給餌による飼いならし)という餌の独り占めが現れやすい特殊な状態下だからだ、という見解だ。また「順位制」という「制度」的なものがサルの社会にあるかのような表現も再考されるべきだろう。さまざまな条件下で変化するサル社会像は人間側のその時代の視点の違いも影響していると同時にサルの社会の複雑さや多様性をもあらわしているのだといえるだろう。現在も議論が深められるべきテーマである。高崎山自然動物園(餌付け中)では2004年2月17日から、ボスザルの呼称を止め、序列第一位のオスを「アルファオス」と呼んでいる。ニホンザルの群れは、メスが自分の生まれた群れに留まり続け、 オスが自分の出自の群れから移籍する母系社会であると考えられている。

なお、欧米諸国ではサル類が生息しないため、いわゆる先進諸国で野生のサル類が国内に生息する日本とニホンザルは特別視されてきた。ニホンザルのことを英語で Snow Monkey と呼ぶのは、サルが熱帯の動物と考えられていたためである。

人間との関係

広葉樹林の伐採および針葉樹林の植林、1947年以降の狩猟獣からの除外、農村の衰退などにより本種による農作物の被害(猿害)が、主に1970年代から増加している[5]。後述する天然記念物のうち幸島高崎山臥牛山箕面山、下北半島では餌付けが行われたが、個体数増加に伴い周辺地域での人間に対する直接的な被害も含めた猿害も発生している[6][a 3]。そのため給餌量制限、電気柵の設置、追い上げ作業などの対策が進められている[6]。有害鳥獣として駆除されることもあり[6]1996年における駆除数は約10,000頭と推定されている[5]

1952年京都大学によって幸島で生態研究を目的とした餌付けが行われた[6]

開発による生息地の破壊、害獣としての駆除などにより生息数が減少している。また人為的に移入されたアカゲザル(千葉県館山市南房総市)やタイワンザル(青森県野辺地町、和歌山県)との交雑による遺伝子汚染も懸念され、青森県(放獣されていた飼育個体)や千葉県、和歌山県では赤血球酵素の電気泳動法やミトコンドリアDNA塩基配列などによる検査から種間雑種と思われる個体が発見されている[7][8][9]。 日本では1934年に幸島が「幸島サル生息地」、1953年に高崎山が「高崎山のサル生息地」、1956年に臥牛山、高宕山を中心にした丘陵、箕面山がそれぞれ「臥牛山のサル生息地」「高宕山のサル生息地」、「箕面山のサル生息地」、1970年に下北半島北西部および南西部の個体群およびその生息地が「下北半島のサルおよびサル生息地」として国の天然記念物に指定されている[6]

  • M. f. fuscata ホンドザル、M. f. yakui ヤクシマザル

LEAST CONCERN (IUCN Red List Ver. 3.1 (2001))[a 2]

  • 北奥羽・北上山系のホンドザル、金華山のホンドザル

絶滅のおそれのある地域個体群環境省レッドリスト[2]

画像

脚注

  1. ^ 入浴したサルは、その後湯冷めして肺炎に罹る危険性がある。特に急激な体温下降に耐性がない子ザルを入浴させるのは危険なことである。[要出典](ただし湯冷めしないという説[1]もある)

参考文献

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 相見満、高畑由起夫「シリーズ 日本の哺乳類 各論編 日本の哺乳類18 ニホンザル」『哺乳類科学』 Vol.33 No.2、日本哺乳類学会、1994年、141-157頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 阿部永監修、阿部永・石井信夫・伊藤徹魯・金子之史・前田喜四雄・三浦慎吾・米田政明 『日本の哺乳類【改訂2版】』 東海大学出版会、2008年、66-67頁。
  3. ^ a b c d e f 岩本光雄「サルの分類名(その3:コロブスモンキー、ラングールなど)」『霊長類研究』vol.3 No.1、日本霊長類学会、1987年、66頁。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 上原重男 「ニホンザル」伊谷純一郎監修 D.W.マクドナルド編 『動物大百科3 霊長類』、平凡社1986年、98-105頁。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著 『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ1 ユーラシア、北アメリカ』、講談社2000年、35、152頁。
  6. ^ a b c d e f g 加藤陸奥雄、沼田眞、渡辺景隆、畑正憲監修 『日本の天然記念物』、講談社1995年、716-720頁。
  7. ^ 川本芳、白井啓、荒木伸一、前野恭子「和歌山県におけるニホンザルとタイワンザルの混血の事例」『霊長類研究』vol.15 No.1、日本霊長類学会、1999年、53-59頁。
  8. ^ 川本芳、川本咲江、川合静、白井啓、吉田淳久、萩原光、白鳥大祐、直井洋司「房総半島に定着したアカゲザル集団におけるニホンザルとの交雑進行」『霊長類研究』vol.23 No.2、日本霊長類学会、2007年、81-89頁。
  9. ^ 川本芳、川本咲江、川合静「下北半島におけるタイワンザルとニホンザルの交雑」『霊長類研究』vol.21 No.1、日本霊長類学会、2005年、11-18頁。

関連項目

外部リンク

  1. ^ CITES homepage
  2. ^ a b The IUCN Red List of Threatened Species
    • Watanabe, K. & Tokita, K. 2008. Macaca fuscata. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2011.1.
      • Watanabe, K. 2008. Macaca fuscata fuscata. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2011.1.
      • Watanabe, K. 2008 Macaca fuscata yakui. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2011.1.
  3. ^ a b c d e f 環境省 自然環境局 生物多様性センター