スクミリンゴガイ

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スクミリンゴガイ
分類
: 動物界 Animalia
: 軟体動物門 Mollusca
: 腹足綱 Gastropoda
上目 : 新生腹足上目 Caenogastropoda
: 原始紐舌目 Architaenioglossa
上科 : リンゴガイ上科 Ampullarioidea
: リンゴガイ科 Ampullariidae
: リンゴガイ属 Pomacea
: スクミリンゴガイ P. canaliculata
学名
Pomacea canaliculata Lamarck1819
和名
スクミリンゴガイ
ジャンボタニシ
英名
channeled apple snail
golden apple snail
殻。直径8cm。
卵。スケールはcm

スクミリンゴガイ学名 Pomacea canaliculata)は、リンゴガイ科(リンゴガイ、アップルスネイル)に属する淡水棲の大型巻貝である。俗にジャンボタニシと呼ばれる[1]が、タニシとは異なる。

南アメリカ原産[2]日本では食用を目的とした養殖用に台湾から持ち込まれたのが野生化した外来種であり、イネ食害することから、防除対象になっている[1]

形態

淡水巻貝としては極めて大型である。オスは殻高25 mm、メスは30 mmが性成熟した個体で、成体は殻高50 - 80 mmに達する。卵は多数が固まった卵塊を形成し、陸上の乾燥に耐えうる固い殻を有し、鮮やかなピンク色で目立ちやすい。

生態

自然分布の野生個体は、南アメリカのラプラタ川流域に生息するが[3]、原産地外の世界各地に著しく移入させられて定着している。

巻貝としては歩行速度が非常に速い。雑食性で、植物質、動物質を問わず、水中の有機物を幅広く摂食するが[4]、タニシ類と異なり、濾過摂食は行わないと考えられている。

水面から離れた植物体表面や岸辺の壁面に産卵し、直後は1個1個の卵を結着している粘液が柔らかいが、やがて硬質化して付着箇所から容易には剥がれない状態となる。卵塊は鮮やかな鮮紅の警戒色を呈し、卵内部は神経毒PcPV2英語版が満たされて、ヒトが食した場合は苦味もあり[4]、この毒と色彩によって、卵はアリ以外の全ての捕食者から逃れている[5]

孵化酸素を要すため、水中では孵化できず、水中へ没すると卵塊のまま駆除が可能である。日本の夏季の気候で2週間程度で孵化し、幼体は水温と栄養状態に恵まれれば、2か月で性成熟する。

鰓呼吸だけでなく、様器官で空気中の酸素を利用して乾燥に強く、乾期などに水中から離れても容易には死亡しない。耐寒性はそれほど高くなく[4]、日本で越冬に成功する個体の大半は、殻高1 - 3センチメートルの幼体である[4]。寿命は環境により変化するが、日本の野外で2年以内、飼育下では4年程度と見られ、天敵魚類鳥類、捕食性水生昆虫、大型甲殻類カメである[4]

日本では西日本で多く観察される。2020年6月末時点で31府県で生息が確認されている[1]

分類

「ジャンボタニシ」の呼称があり、かつてはタニシと同じタニシ上科 Viviparoidea に分類されていた[3]。現在の分類では別上科で、暫定的に同とされているが新生腹足類内で近縁な関係にはなく[6]、非常に疎遠である。

日本にはリンゴガイ属 Pomacea のうちスクミリンゴガイとラプラタリンゴガイ Pomacea insularum が生息するが、これらは形態では区別が困難である。アジアに主に生息するのはスクミリンゴガイであるが、ラプラタリンゴガイ、Pomacea diffusaPomacea scalaris も発見されている[3]

アジアに移入されたはかつてラプラタリンゴガイとされてきたが、1986年に日本産の種はスクミリンゴガイと同定された[3]。遺伝子解析ではいくつかの県でラプラタリンゴガイも発見されている[7]

人間との関わり

要注意外来生物
日本へは食用として、1981年(昭和56年)に台湾から[8]長崎県和歌山県に初めて持ち込まれた[9]。1983年(昭和58年)には養殖場が35都道府県の500か所にものぼった[9][10]が、日本の食卓には合わず需要が思ったほどなく採算が取れないため、スクミリンゴガイは廃棄された。有害動物に指定された1984年(昭和59年)以降、廃棄されたり養殖場から逸出したりした個体が野生化し、分布を広げている。この経過は、アフリカマイマイの場合と共通している。
外来種であり、要注意外来生物外来生物法)、日本の侵略的外来種ワースト100世界の侵略的外来種ワースト100リスト選定種の1種ともなっている。
農業害虫
水田に生息して田植え後の若いイネを食害するため、東アジア東南アジア各地でイネ害虫となっている[9]。生息地では、用水路やイネなどに産みつけられる卵塊の鮮やかなピンク色が目立つので、すぐに分かる。水路の壁一面に卵塊が張り付くこともあり、美観上の問題となっている場所もある。日本の農林水産省が2020年に設置した水稲病害虫防除対策全国協議会で重点対策の対象に位置付けられており、マニュアルでは春夏は薬剤散布や水田への侵入防止などの対症療法、秋冬は重機を使った耕耘による破砕や泥ごと水路からすくい上げて越冬できなくすることを勧めている[11]
生きた除草剤
スクミリンゴガイがイネより水田雑草を好んで食べる性質を利用し、水田の除草手段として利用する動きもあった[12]。これには均平な代かきと微妙な水管理が必要である。方法は、稲苗が標的となる田植え直後に水張りをゼロにし、スクミリンゴガイを眠らせる。その後、1日1mmずつ水深を上げ、雑草の芽を食べさせる。10日後には一気に5cmの深さにする。こうすれば、株元が固くなった稲よりも生えてくる雑草を好んで食べてくれるので、除草剤なしで栽培が可能であるとされる[13]。30日程度が経過すれば雑草の芽がなくてもイネが十分な大きさになるので食べられることはなくなる。(ただし大雨などで水面が上がり過ぎると食べられる危険はある)。イネが優先的に食べられない理由はイネが苗から植えられ水面下が硬い茎になることや、イネがケイ素吸収の特に多い植物で細胞壁が硬いことが原因である[14]。しかし、この行為により生息域が拡大したとの指摘がある[15]
食用
中国、東南アジアでは食用として広く利用されている。運河、水路、水田から網で採取されたスクミリンゴガイは唐辛子や醤油などで調理されて食べられている[16]。中国では「田螺塞肉」という料理も考案されている[17]。日本でも一部のレストランでスクミリンゴガイをフランス料理エスカルゴの代替食材として提供する試みがなされている[18]。食用部は主に腹足などの筋肉質であり、内臓を除去して加熱調理で食される。内臓と表面のぬめりには泥臭さがあるため、除去や洗いなどを行うことで取り去ることができる。下処理をすれば臭みが少なく淡白な味で貝としてのうま味があり、養殖のエスカルゴに負けない食味を有する[19]。タニシなどと同様、体内に広東住血線虫などの寄生虫が宿主していることがあるため[20]、調理では最初に茹でることが勧められている。充分加熱せず喫食した場合、寄生虫が人体に感染して死亡することもある。
神経毒を含むが、タンパク質毒のため、加熱によって変性して毒性を失うことが、マウスへの投与実験で報告されている[21]。しかし、たとえ加熱しても食用に耐えうる味ではない。卵を喫食することは避けられているため、ヒトの食中毒に関する報告もない。
駆除方法
天敵として、カルガモスッポンコイなどが知られている。大量発生地域ではスッポンの大量放流による駆除が行われている[22]が、これら駆除のために放流した天敵を食用に捕らえる人間もいるため、問題となっている[23]
先述のように卵は有毒であり、原産地の南アメリカでもヒアリ以外の天敵が存在しない。よって、そのほとんどが幼貝へ無事に孵化することから、本種が爆発的に個体数を増やしているという指摘もある。しかし卵は水中では孵化できない(イネの株や水路の壁のような濡れない場所に産みつけられる)ため、卵塊を見つけ次第水中へ掻き落とすのは、個体数を減らすのに有効な駆除方法である。
稲苗よりも野菜に誘引されやすいという性質から、野菜トラップで誘引しスクミリンゴガイの捕獲効率を向上させたという報告もある[24]。尚、スクミリンゴガイが好む野菜はメロン、スイカ、レタス、ナスであり、これらを投入することによって, スクミリンゴガイによるイネの被害を回避できる可能性のあることが示唆されている。[25]
水田など静止水域では、石灰窒素リン酸第二鉄メタアルデヒドが、有効な駆除用薬剤である[26]。薬剤を使わず済むように熱水を浴びせる駆除方法も試験されている[27]
農薬を使わず罠で捕獲する試みもある[28]三重県松阪市北部農林水産事務所は、簡易に製作できる捕獲用を考案した。水稲の箱を2つ向かい合わせ、長辺を結び付けて開閉可能とし、出入り口を3か所空けて、ペットボトルの飲み口をギザギザに加工して取り付ける。内部に入れた米ぬかに誘引されて入り込んだスクミリンゴガイは、外部に出られなくなる[26]。岐阜県関市では、関市立旭ヶ丘中学校の生徒が開発した植木鉢とペットボトルを組み合わせた捕獲器を農家に配布している[28]佐世保工業高等専門学校電気電子工学科准教授の柳生義人は、スクミリンゴガイが負極側に集まる習性を利用し、電気でおびき寄せ、超音波で駆除する方法を開発した[29]
水稲の苗を育てる際に、粉を乳酸発酵させた培土を使い、フルボ酸をまくと、が硬くなり、食害されにくくなる[26]
千葉県立農業大学校の考案した罠は、貝殻形成に必要なカルシウムを含むため誘引力が高いドッグフードを使い、バケツの底に落とし込んで酸欠死させて脱走を防ぐ[30]。罠を荒らしかねない哺乳類アライグマなど)が嫌うハッカも入れる[30]
飼育
アクアリウム市場でスクミリンゴガイの黄変種は、ゴールデンアップルスネールの商品名で流通している。水槽内のコケ取りタンクメイトとして飼育されるが、水草入りの水槽で飼育すると水草が食害に遭う。淡水で繁殖するため、水槽内で数が増えすぎる被害も発生する。

出典

  1. ^ a b c 「ジャンボタニシが大量発生 農水省が協議会設置」『日本農業新聞』2020年7月24日2面
  2. ^ 大阪市立自然史博物館第50回特別展「知るからはじめる外来生物 〜未来へつなぐ地域の自然〜」”. 大阪市立自然史博物館. 2020年8月7日閲覧。
  3. ^ a b c d 九州沖縄農業研究センター:スクミリンゴガイ 分類”. 農研機構. 2020年2月20日閲覧。
  4. ^ a b c d e 九州沖縄農業研究センター:スクミリンゴガイ 生態”. 農研機構. 2020年2月20日閲覧。
  5. ^ Erik Stokstad (2013年6月3日). “ScienceShot: Invasive Snails Protect Their Young With Odd Poison” (英語). American Association for the Advancement of Science. http://news.sciencemag.org/2013/06/scienceshot-invasive-snails-protect-their-young-odd-poison 
  6. ^ Ponder, W.F.; et al. (2008), “Caenogastropoda”, in Ponder, W.F.; Lindberg, D.R., Phylogeny and evolution of the Mollusca, Berkeley: University of California Press 
  7. ^ 国内にはラプラタリンゴガイとスクミリンゴガイが生息する”. 農研機構. 2013年6月25日閲覧。
  8. ^ スクミリンゴガイ”. 侵入生物データベース. 2016年11月9日閲覧。
  9. ^ a b c 九州沖縄農業研究センター:スクミリンゴガイ 分布と被害”. 2020年2月20日閲覧。
  10. ^ スクミリンゴガイ(Pomacea canaliculata)に関する情報”. 要注意外来生物リスト:無脊椎動物(詳細)[外来生物法]. 2016年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年2月4日閲覧。
  11. ^ 【アグリフォーカス】ジャンボタニシ 冬こそ防除本番/耕起や水路 泥上げ季節またがせず『日本農業新聞』2021年11月30日18面
  12. ^ 牧山正男, 伊東太一「スクミリンゴガイ被害の実態と水田浅水管理による抑制効果」『農業土木学会誌』第73巻第9号、農業農村工学会、2005年、793-796,a1、doi:10.11408/jjsidre1965.73.9_793ISSN 0369-5123NAID 130004101108 
  13. ^ 九州沖縄農業研究センター:水稲移植栽培でのスクミリンゴガイ対策”. 農研機構. 2020年7月27日閲覧。
  14. ^ 根におけるケイ素吸収・輸送モデルの開発とイネがケイ素を多く吸収できるメカニズムの解明(農業環境技術研究所)”. www.naro.affrc.go.jp. 2022年6月10日閲覧。
  15. ^ 日本生態学会, 和田節『外来種ハンドブック』地人書館〈スクミリンゴガイ~ 人のいとなみに翻弄される水田の外来種〉、2002年、171頁。ISBN 9784805207062NCID BA58709946 
  16. ^ Setalaphruk, Chantita; Price, Lisa Leimar (2007-10-15). “Children's traditional ecological knowledge of wild food resources: a case study in a rural village in Northeast Thailand”. Journal of Ethnobiology and Ethnomedicine 3: 33. doi:10.1186/1746-4269-3-33. ISSN 1746-4269. PMC 2100045. PMID 17937791. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2100045/. 
  17. ^ 田螺塞肉的做法_菜谱_香哈网”. m.xiangha.com. 2022年4月24日閲覧。
  18. ^ ジャンボタニシ食材に 食感「エスカルゴのよう」佐倉の伊料理店 プレゼンテ・スギ”. 千葉日報. 2021年10月18日閲覧。
  19. ^ イッチ (2019年8月16日). “田んぼのジャンボタニシについて”. icchinosora.com. 2021年10月3日閲覧。
  20. ^ 九州沖縄農業研究センター:スクミリンゴガイ 寄生虫(広東住血線虫)”. 農研機構. 2020年2月20日閲覧。
  21. ^ Heras H.; Frassa MV.; Fernández PE.; Galosi CM.; Gimeno EJ; Dreon MS. (2008). “First egg protein with a neurotoxic effect on mice.”. Toxicon 52: 481-488. doi:10.1016/j.toxicon.2008.06.022. 
  22. ^ 九州沖縄農業研究センター:スクミリンゴガイ”. 農研機構. 2013年6月25日閲覧。
  23. ^ “ジャンボタニシ退治にスッポン活躍”. オリジナルの2006年8月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20060806223238/http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000000607250002 2007年10月20日閲覧。 
  24. ^ 国本桂範, 西川学「野菜トラップによるスクミリンゴガイの捕獲効率の向上」『農作業研究』第43巻第2号、日本農作業学会、2008年6月、75-82頁、doi:10.4035/jsfwr.43.75ISSN 03891763NAID 100298760762021年11月29日閲覧 
  25. ^ 野菜に対するスクミリンゴガイの選好性と摂餌行動(収量予測・情報処理・環境)”. 日本作物学会紀事. 2021年11月1日閲覧。
  26. ^ a b c 「ジャンボタニシ対策/捕獲:苗箱で100匹超 水稲:茎と葉を固く」『日本農業新聞』2020年7月31日7面
  27. ^ 「ジャンボタニシお湯攻め静岡県高温洗浄機で駆除実証」『日本農業新聞』2021年12月2日10面
  28. ^ a b 「ジャンボタニシ ごめんね」 中学生が改良を重ねた「罠」:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2022年5月25日). 2022年10月14日閲覧。
  29. ^ “ジャンボタニシ 捕獲にビリビリ有効 おびき寄せて超音波で駆除”. 『日本農業新聞』. (2019年5月26日). オリジナルの2019年5月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190531175122/https://www.agrinews.co.jp/p47758.html 2019年5月26日閲覧。 
  30. ^ a b 「ジャンボタニシの誘引餌にドッグフード グッドな駆除」『日本農業新聞』2021年7月10日13面

参考文献

外部リンク