アフリカマイマイ

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アフリカマイマイ
Snail in Ubud, Bali, 2010 (1).jpg
分類
: 動物界 Animalia
: 軟体動物門 Mollusca
: 腹足綱 Gastropoda
: 柄眼目 Stylommatophora
: アフリカマイマイ科 Achatinidae
: アフリカマイマイ属 Achatina
: アフリカマイマイ A. fulica
学名
Achatina fulica (Ferussac, 1821)
英名
East African Land Snail

アフリカマイマイ(阿弗利加蝸牛)は、腹足綱柄眼目アフリカマイマイ科に分類される巻貝。近縁種とともに世界最大の陸産巻貝の一種である。

本種を中間宿主とする寄生虫広東住血線虫)は、人間に寄生した場合、好酸球性髄膜脳炎を引き起こす危険があり、場合によっては死に至る。触る、這った跡に触れる等してもこの寄生虫に寄生される危険があり、大変注意を要する生物である。

日本では植物防疫法により有害動物指定を受けており、分布地からの生体の持ち込みは原則禁止されており、世界各国でも本種の生体の持ち込みは禁止されている。一方で外来生物法においても要注意外来生物に指定されており、世界の侵略的外来種ワースト100 (IUCN, 2000) 選定種にもなっている。

特徴[編集]

成貝の殻径が7 - 8cm、殻高が20cm近くに達する世界最大級のカタツムリである。 殻は右にも左にも巻くが、一般的には右巻きの方が多い。殻の色は食性により変化し、通常は茶色が多い。

生態[編集]

夜行性で昼間は草地や林縁部などの土中に潜んでおり、夜になるとエサを求めて移動する。のろいカタツムリのイメージとは異なり、移動速度はかなり速く、一晩で50m以上も移動する。

雑食性で広汎な食性を有し、ほぼあらゆる植物の芽、葉、茎、果実、種子を食べる。それ以外にも落ち葉や動物の死骸、菌類など、とにかくえり好みをせず何でも食べる。また巨大な殻を構築するカルシウム分補給のためにとして、、ときにはコンクリートすら摂食する。稀に共食いをすることがある。

とくに農作物などの柔らかい植物が大好物で、ゆえに農業害虫として農家から非常に嫌われている。ナメクジと同様にビールを非常に好む。

雌雄同体卵生であり、2匹が出会うと交尾しその後その双方が産卵する。交尾は30分から2時間ほどかかり、一度の交尾で得た精子は体内でその後2年ほど保存することができる。一回の産卵数は100 - 1000個以上であり、これを約10日の周期で繰り返すため、すさまじい繁殖力を誇る。成長も早く、孵化後半年から1年で成貝になる。

生命力も強靱で、原産地アフリカの環境に適合しているため乾燥に強い。殻口に蓋をして仮眠状態になり、半年以上持ちこたえる。ただし低温には弱い。成貝の寿命歯舌が磨り減って摂食不可になるまでの3 - 5年ほどである。

分布[編集]

東アフリカモザンビークタンザニア付近のサバンナ地域が原産といわれている。主として人為的に移植されて分布を広げ、現在は東南アジアインド洋太平洋域の大陸島、海洋島モーリシャススリランカハワイ諸島台湾タヒチなど)、西インド諸島カリブ海沿岸地域といった熱帯地方のほとんどに分布している。

日本では南西諸島のうち奄美大島徳之島沖永良部島与論島沖縄本島宮古島石垣島に、小笠原諸島のうち父島母島南鳥島に分布する。気温の関係から奄美より北には定着できないとされていたが、2007年平成19年)10月鹿児島県出水市指宿市で相次いで個体が発見され、現在県により駆除作業が行われている。いずれのケースでも複数個体は見つかっていないが、定着した可能性も否定できず、捕獲わなを仕掛けるなど警戒を強めている。

日本に定着した経緯[編集]

日本における本種が分布するいずれの島においても、食用目的で人為的に移植された経緯がある。食用として1932年(あるい1933年)に、台北帝国大学の教授下條久馬一より、シンガポールから台湾への最初の流入が行われた。

沖縄県には1932年昭和7年)以降に台湾経由で移入され、当初は養殖動物として厳重に隔離され、飼育されていたが、沖縄戦を機にこれらの飼育個体が野外に逸出した。なお、台湾ではいまでも本種を養殖しており、一部ではあるが食用にしている人々もいる。奄美大島へも、やはり食用として陸軍が持ち込んだ。小笠原へはジャワ島から持ち込まれた。

沖縄県では逸出時期がちょうど敗戦直後の食糧難の時代であり、途方もなく大きな本種は当時県民の格好のたんぱく源になった。しかしほどなく食糧事情は好転し、日本にもとより陸産巻貝を食べる習慣がなかったことや、外観が敬遠されるようになり、放置された個体が旺盛な繁殖力で爆発的に増加した。

小笠原諸島や沖縄県では一時期大発生し、道路上一面を本種が占め、自動車が本種を踏み潰しながら走る光景が日常的であったとさえ言われる。本種による農業被害も甚大になり、小笠原諸島では駆除した本種を各自治体が買い上げることで対処していたが、小1時間でトラック1台を満杯にしたという。1969年昭和44年)になると沖縄県で好酸球性髄膜脳炎の患者が初めて確認され、病原体である広東住血線虫Angiostrongylus cantonensis)の中間宿主である本種はさらに忌み嫌われることになった。

その後、沖縄県では防除剤で定期的に駆除するようになり、その効果もあってか1985年昭和60年)ごろから個体数が徐々に減少していったが、それでもまだ根絶はされておらず、現在も目にすることができる。なお小笠原諸島の父島では1989年平成元年)を境に個体数が激減したが、母島の個体群は健在である。父島個体群激減の原因は不明だが、小笠原諸島の陸産貝類の個体群を捕食により次々に壊滅状態に追い込んでいる、外来の陸生プラナリアの一種、ニューギニアヤリガタリクウズムシが絡んでいるものと見られる。

生態系に及ぼした影響[編集]

広汎な食性を有し、強靱な生命力、無類の繁殖力を誇る本種は侵入先の生態系に対して壊滅的な影響を与える。とくに大陸と隔絶されている海洋島の生態系に対しては、天敵に対して無防備な固有種植物群を絶滅に追い込むまで根こそぎ喰い荒らす。

また、旺盛な食欲でエサを横取りする、という一次被害もさることながら、それ以上に本種が海洋島の陸産貝類固有種に及ぼした二次被害の影響は計り知れない。主として太平洋の海洋島においては、本種の駆除のため肉食性のヤマヒタチオビ Euglandina rosea (Ferussac, 1821) が導入された。しかしいずれの島においても同種はアフリカマイマイには見向きもせず、ずっと捕食しやすい海洋島固有種を狙ったので、各島における陸産巻貝固有種は危機的なまでにその数を減らし、とくにハワイ諸島タヒチにおいてはかなりの数の種が絶滅した。日本もその例に漏れず、ヤマヒタチオビを導入した小笠原諸島父島において陸産貝類固有種は1属を除いて絶滅した。残った小笠原固有種カタマイマイ属の命脈も、おそらく本種及びヤマヒタチオビを父島から駆逐したニューギニアヤリガタリクウズムシの侵入によりいまや風前の灯火と化している。安易な生物の人為移入が、環境にいかなる負荷をかける結果になるかを如実に示す実例となっている。

人間との関わり[編集]

日本において、本種は植物防疫法により有害動物指定を受けており、生息地である奄美群島沖縄県小笠原諸島の各島からの持ち出し及び日本本土への持ち込みは禁止されている。また日本に限らず、いまや世界各国で本種の生体の持ち込みは禁止されており、アメリカ合衆国においては国内移動であっても厳しく罰せられる。

本種を中間宿主とする広東住血線虫に感染することで発病する好酸球性髄膜脳炎については2000年平成12年)に沖縄県で死者がでており、また小笠原諸島ではかなりの確率で同虫のアフリカマイマイへの寄生が確認されている。ゆえに本種に素手で触れるのは無論のこと、本種の這った跡に触れること、這った跡の残る野菜類を生のまま口にするのも危険である。なお本種の駆除や防除にはナメクジ用の農薬が効く。ナメクジ同様ビールを用いたを仕掛けるのもよい。

いっぽうで、当初食用として日本に持ち込まれたものの食材にならなかった本種であるが、台湾や中国など本種を養殖して輸出や食用に用いている国もある。フランスでは絶滅寸前のエスカルゴ・ド・ブルゴーニュの代用品として本種を用いている。なお安物のエスカルゴの缶詰の中身は、本種であることが多い。

その他[編集]

オカヤドカリは、アフリカマイマイの殻をしばしば利用している。陸生巻き貝の殻は殻質が薄いものが多く、厚みのあるものはほとんどない。オカヤドカリは殻質の厚い貝が好みであり、沖縄県では大型の個体はたいていアフリカマイマイの殻を使っている。

インド洋、太平洋のほぼ全ての離島に導入され定着した本種だが、オーストラリアクリスマス島のように定着できなかった島もある。同島に定着できなかったのは、島に多数生息するアカガニ(en:Christmas Island red crab)が幼貝の強力な天敵になったからと考えられている。

参考文献[編集]

  • 波部忠重・小菅貞男『エコロン自然シリーズ 貝』1978年刊・1996年改訂版 ISBN 9784586321063
  • 行田義三『貝の図鑑 採集と標本の作り方』2003年 南方新社 ISBN 4931376967