M・ナイト・シャマラン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| M・ナイト・シャマラン M. Night Shyamalan |
|
![]() |
|
| 本名 | Manoj Nelliattu Shyamalan |
|---|---|
| 生年月日 | 1970年8月6日(38歳) |
| 出生地 | マヘ |
| 配偶者 | Bhavna Vaswani (1993-) |
M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan、本名:Manoj Nelliattu Shyamalan、1970年8月6日 - )は、アメリカ合衆国の映画監督・脚本家。
目次 |
[編集] 略歴
インドのポンディチェリーの医師の家系に生まれ、幼少の頃にアメリカ・フィラデルフィアへ移住。8歳の時両親から8ミリカメラをプレゼントされて映画を撮り始め、その後ニューヨーク大学に進学して映画製作を学ぶ。1998年、『翼のない天使』でメジャー進出、続く『シックス・センス』の興行的成功で一躍有名に。その後の監督作は過度の期待にさらされたため決して評価は高くないものの、常に高度な実験精神と深謀に満ちた演出に徹する姿勢を崩さず、米映画界において異彩を放ち続ける。
『ハプニング』に至る三作はいずれも脚本の不出来による映画会社の反対を押し切って製作を行った。しかし、その上で『サイン』以降の興行収入は伸び悩んでおり、特に『レディ・イン・ザ・ウォーター』は最大の興行的失敗となったことから、映画監督生命は危機に瀕していると言える。ちなみに『翼のない天使』は1995年に製作されたものの、公開は1998年となった。
アルフレッド・ヒッチコック監督のように自分の監督する映画では必ず脇役で出演している。しかし、ヒッチコックとは異なり、台詞のある役を演じることが多い。『サイン』、『レディ・イン・ザ・ウォーター』ではストーリーラインに大きく絡む役を演じ、『レディ・イン・ザ・ウォーター』でゴールデンラズベリー賞の最悪助演男優賞と最悪監督賞を受賞している。
『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』のプロジェクトに一時期脚本として関わっていたが、辞退した。このプロジェクトで最初に脚本の執筆を頼まれたのが彼であったという。辞退したのは、当時シャマランは『アンブレイカブル』の製作を終えようとしていた時期で、次作『サイン』のアイデアがすでに頭の中にあったということ、またスティーヴン・スピルバーグやジョージ・ルーカスも世界中のあちこちで撮影を行っていたため、3人がそろって話し合うことが困難であったことなどが理由だった[1]。
彼が選ぶ最も怖い映画は『エクソシスト』であると語っている。
[編集] 代表作品
- 1992年『Playing with Anger』(脚本・監督)
- 1997年『Lobor of Love』(脚本)
- 1997年『翼のない天使』(脚本・監督)
- 1999年『シックス・センス』(脚本・監督・出演)
- 1999年『スチュアート・リトル』(脚本)
- 2000年『アンブレイカブル』(脚本・製作・監督・出演)
- 2002年『サイン』(脚本・製作・監督・出演)
- 2004年『ヴィレッジ』(脚本・製作・監督)
- 2006年『レディ・イン・ザ・ウォーター』(脚本・製作・監督・出演)
- 2008年『ハプニング』(脚本・監督・声のみの出演)
[編集] 脚注
- ^ Science Fiction Weekly, Ibid.
[編集] 外部リンク
- M・ナイト・シャマラン - Internet Movie Database (英語)
- M. Night Shyamalan: The Official Site
- M. Night Shyamalan Online


