J.J.レディック
| J.J.レディック J.J.Redick ミルウォーキー・バックス No.7 |
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|---|---|
| 名前 | |
| 本名 | Jonathan Clay Redick |
| ラテン文字 | J.J.Redick |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1984年6月24日(28歳) |
| 出身地 | テネシー州クックビル |
| 身長 | 193cm |
| 体重 | 86kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | シューティングガード |
| 背番号 | 7 |
| ドラフト | 2006年 1巡11位 |
| 経歴 | |
| 2006-2013 2013- |
オーランド・マジック ミルウォーキー・バックス |
J・J・レディック(Jonathan Clay Redick, 1984年6月24日 - )はアメリカ合衆国テネシー州クックビル出身のバスケットボール選手。NBAのミルウォーキー・バックスに所属している。ポジションはシューティングガード。193cm、86kg。
目次 |
経歴 [編集]
学生時代 [編集]
高校はヴァージニア州のケーブスプリング高校に進学。同校を州チャンピオンに導き、またオールアメリカンゲームのスリーポイントコンテストで優勝を果たした。
大学はデューク大学に進学。カレッジバスケットボール界の名将マイク・シャシェフスキー監督のもと、1年目からバスケット名門校の主力選手となり、正確なスリーポイントシュートとフリースローを武器にしたスコアラーとして活躍した。3年目の2004-05シーズンには1試合平均20得点を突破し、アトランティック・コースト・カンファレンス(ACC)の年間最優秀選手、AP通信選出の年間最優秀選手とオールアメリカンファーストチーム、アドルフ・ラップ賞などに選出された。カレッジバスケ界を代表するプレイヤーとなったレディックの動向に注目が集まったが、2年連続でベスト16で敗退しているNCAAトーナメントを制覇するためにNBAドラフトエントリーを見送り、4年生に進級した。05-06シーズンには1試合平均26.8得点をあげ、このシーズンのカレッジバスケの話題を得点王のアダム・モリソンと二分した。カーティス・ステイプルズが持っていたNCAAのスリーポイントシュート成功数歴代記録(413)を破り[1]457回成功、通算2769得点はACC歴代1位、同カンファレンス年間最優秀選手を2年連続で獲得、またネイスミス賞、ジョン・ウッデン賞、アドルフ・ラップ賞などカレッジの主要個人タイトルを総なめにしたが、目標に定めたNCAAトーナメントではベスト8を賭けたルイジアナ州立大学との対戦で僅か11得点に終わり、3年連続Sweet16敗退となった。
NBA時代 [編集]
大学卒業後、2006年のNBAドラフトにエントリーし、オーランド・マジックから1巡目11位指名を受けてNBA入りを果たす[2]。カレッジ界を賑わせたスター選手のルーキーイヤーは背中に痛みを抱えてシーズンの半分を欠場し、目だった活躍は残せなかった。ショットクロックが35秒もあるNCAAに対しNBAは24秒しかないためレディックの様な選手はいくらシュートが上手でもNBAでは通用しないのではないかと言う見方をする人が多く、実際ここ数年も結果を残せずにいるためその指摘は正しかったとされている。 しかし、08-09シーズンでは、層の厚いSGの中でも短い出場時間ながら、シュート力で存在感を示し、09-10シーズンにはブレイクし、ガッツあふれる素早いペネトレイトやラインの1m前からでも打てる正確な3P、不安視されていたディフェンスも改善し、コーチの信頼を勝ち得て安定して20分近くの出場時間を確保している。
その他 [編集]
- 愛称の“JJ”は幼少の頃に双子の姉に呼ばれていたため。
脚注 [編集]
- ^ “Redick sets 3-point mark as No. 2 Duke cruises”. ESPN (2006年2月14日). 2012年3月23日閲覧。
- ^ “NBA Draft Tracker”. ESPN. 2012年3月23日閲覧。
外部リンク [編集]
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