ジョージ・ヒル

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ジョージ・ヒル
George Hill
インディアナ・ペイサーズ  No.3
George Hill Pacers.jpg
名前
本名 George Jesse Hill, Jr.
ラテン文字 George Hill
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1986年5月4日(28歳)
出身地 インディアナ州インディアナポリス
身長 188cm
体重 82kg
選手情報
ポジション PG/SG
背番号 3
ドラフト 2008年 1巡目26位
経歴
2008-2011
2011-
サンアントニオ・スパーズ
インディアナ・ペイサーズ

ジョージ・ヒルGeorge Jesse Hill, Jr. , 1986年5月4日 - )はアメリカ合衆国バスケットボール選手。インディアナ州インディアナポリス出身。アメリカ男子プロバスケットボールリーグNBAインディアナ・ペイサーズに所属している。ポジションはポイントガードシューティングガード。188cm、82kg。

経歴[編集]

若齢期[編集]

インディアナ州インディアナポリスで生まれ育ったヒルは、幼少期には、いつかはマイケル・ジョーダンのようなNBAプレーヤーになることを夢見ていた。夢の実現でもあるドラフト1巡目指名を受けた際にヒルは、「子供の頃からの夢だった。」と語った[1]。ヒルはブロード・リップル高校に入学し[2]ヒルは、グレッグ・オデン, マイク・コンリージョシュ・マクロバーツロドニー・カーニーエリック・ゴードンそして コートニー・リーとともにインディア州の屈指のトッププレーヤーの一人となった[3]最高学年には、州のトップとなる1試合平均36.2得点をあげ、インディアナ州の歴代シーズン高校記録第5位に入った[4]

カレッジ[編集]

ハイスクールでの活躍によって、インディアナ大学テンプル大学などカレッジバスケット強豪校からオファーがあったにも拘らず、ヒルはインディアナ大学-パデュー大学インディアナポリス校(IUPUI)入学を選んだ。病気の曾祖父と過ごすためであったが[5]、その曾祖父は入学を決めて数ヶ月後に亡くなった。しかし、ヒルは曾祖父の残した「言行一致であれ」の言葉に従い、チャンスの多い強豪校のオファーを断り、IUPUIに入学した。 2年目にIUPUIチーム、ジャガースをカンファレンスのトップチームへと導いた。

NBA[編集]

インディアナ大学-パデュー大学インディアナポリス校(IUPUI)から、2008年NBAドラフト1巡目26位でサンアントニオ・スパーズに指名され、IUPUI初のNBAのプレーヤーとなった。

スパーズ[編集]

スパーズ時代のジョージ・ヒル

プロ2年目にブレークし、2011年まで、トニー・パーカーの控えとして活躍し,将来のスターターと見なされていたが、2011年ドラフト時に、クワイ・レナードとのトレードでインディアナ・ペイサーズに移籍し、故郷インディアナに戻った。

ペイサーズ[編集]

  • 2011-12シーズンは、ダレン・コリソンの控えとしてスタートしたが、1月31日に足首を痛め、12ゲームを欠場したが、コリソンの故障により4月からシーズン終了までスターターを務め、一試合平均9.6得点の成績を残した。プレーオフ1stラウンドのメンフィス・グリズリーズ戦では、5試合に二桁得点をあげ、セミファイナル進出に貢献した。マイアミ・ヒートとの第3戦で20得点5アシストのプレーオフキャリアハイの活躍をしたものの、第6戦で敗退した。
  • 2012-13シーズンは、7月13日に5年4000万ドルで再契約を結び、レギュラーシーズン76試合に全てスターターとして出場し、1試合平均14.2得点、4.7アシストのキャリアハイの成績でプレーオフに進み、ここでも1試合平均14.6得点、4.3アシストのプレーオフキャリアハイの成績を残した。しかしながら、チームはカンファレンスファイナルまで進んだものの、またしてもヒートに敗れ、ファイナルに進むことはできなかった。
  • 2013-14シーズン、2014年2月7日に、対ポートランド・トレイルブレイザーズ戦で、37得点9リバウンド8アシストのNBAキャリア最高の成績を残した。シーズン全体としては全シーズンより成績を落としたが、チームの堅調を支え、前年同様カンファレンスファイナルまで進みヒートとの対戦となったが、3年連続でヒートに敗退した。
  • 2014-15シーズンは、左膝の痛みのため、開幕から全休している。

プレイスタイル[編集]

188cmの身長でウィングスパンが206cmあり[6]、体脂肪率が3%という、長い腕と優れたアスリート体質で、高い運動能力を持ち、PGとSGをプレーできる。相手チームの得点源を防御しつつ、トランジション、3ポイントも含む攻撃力も保つ事ができる貴重な選手である。サンアントニオ・スパーズグレッグ・ポポビッチヘッドコーチも、ヒルのオールラウンドな能力と、チームプレーに秀でていることをメディアのインタビューで語っている[7]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Matt Baker. IUPUI's George Hill dreams of having his name called indystar.com, June 26, 2008. - Archived at Webcite
  2. ^ Indianapolis Public Schools. 2004 BRHS Graduate Hill Picked in First Round of NBA Draft headlines.ips.k12.in.us - Archived at WebCite
  3. ^ Rabjohns, Jeff. "Magnificent Seven - Oden. Conley. McRoberts. Carney. Hill. Lee. And Gordon. Indy high school rivals, now NBA colleagues, take us back to beginning. They recall classic games back in high school -- and even elementary school", Indianapolis Star, The (IN). Final Edition, Sports, D01. (ind138231025)
  4. ^ 2007–2008 Men's Basketball Roster iupuijags.com. - Archived at Webcite
  5. ^ Hill a prototypical Spur: College coach recounts examples of toughness, talent, loyalty, desire mysanantonio.com June 27, 2008 - Archived at WebCite
  6. ^ Thorpe, David (2008年12月10日). “Rookie Watch: Welcome, Westbrook”. Weekly Rookie Rankings for ESPN. 2008年12月11日閲覧。 “However, he has a 6-foot-9 wingspan, which allows him to extend his arm past defenders.”
  7. ^ Spurs 2008 Draft : Spurs Head Coach Gregg Popovich youtube.com, (Video: coach Popovich talking about George Hill).