マイク・ダンリービー・ジュニア

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マイク・ダンリービー・ジュニア
Mike Dunleavy, Jr.
シカゴ・ブルズ  No.34
Mike Dunleavy Bucks cropped.jpg
名前
本名 Michael Joseph Dunleavy,Jr.
ラテン文字 Mike Dunleavy, Jr.
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1980年9月15日(33歳)
出身地 テキサス州フォートワース
身長 206cm
体重 105kg
選手情報
ポジション スモール・フォワード
背番号 34
経歴
2002-2007
2007-2011
2011-2013
2013-
ゴールデンステート・ウォリアーズ
インディアナ・ペイサーズ
ミルウォーキー・バックス
シカゴ・ブルズ

マイク・ダンリービー・ジュニアMike Dunleavy, Jr., 1980年9月15日 - )は、アメリカ合衆国オレゴン州レイクオスウィゴ出身のバスケットボール選手。NBAシカゴ・ブルズに所属している。身長206cm、体重105kg。主なポジションはスモールフォワード。父親はバスケットボールコーチのマイク・ダンリービー・シニア

経歴[編集]

学生時代[編集]

イエズス会系列の高校卒業後はバスケットボールの名門デューク大学へ入学。オールラウンドな活躍に、コーチKことマイク・シャシェフスキーには「グラント・ヒル以来、最も多才な選手」と言わしめた。

NBA[編集]

ゴールデンステート・ウォリアーズ[編集]

2002年のNBAドラフトにおいてゴールデンステイト・ウォリアーズより全体3位指名を受けてNBA入りした。ルーキーイヤーとなる2002-03シーズンから82試合フル出場を果たした(内、先発は3試合)。2年目の2003-04シーズンには先発の座を確保し、成績を上昇させた。2005年11月にウォリアーズと5年4400万ドルの契約延長を結んだ。チームは他にも 2004年オフにはアドナル・フォイルと、そしてダンリービーと時を同じくしてトロイ・マーフィーとも高額契約を結んだため、チームの財政事情を圧迫した。このような出来事から、2005-06シーズンはファンから厳しい目で評価されるようにもなった(また、2005-06シーズンは前年より成績が下降したので、それが拍車をかけている)。

2006-07シーズンはヘッドコーチにドン・ネルソンが就任。方針から、当初はパワーフォワードへのコンバートが予想されたが、最終的にはスモールフォワードに落ち着いた。しかしながら2007年1月17日アル・ハリントンスティーブン・ジャクソンサルナス・ヤシケヴィシウスとの交換で、トロイ・マーフィー、キース・マクリードアイク・ディオグと共にインディアナ・ペイサーズへ移籍した。

インディアナ・ペイサーズ[編集]

ペイサーズ時代のダンリービー

ペイサーズに移籍して2年目の2007-08シーズン、ダンリービーはシューターとしての才能を開花させるようになる。スリーポイントシュート成功率42.4%は彼のキャリア平均を大きく上回る数字であると共に、リーグ全体でも11位にランクされた。得点アベレージもキャリア平均を大きく上回る19.1得点を記録し、故障者が続出し苦境に立たされていたチームを、ダニー・グレンジャーと共に支えた。

ミルウォーキー・バックス[編集]

2011年、ミルウォーキー・バックスに移籍し、控えの得点源として貢献した2012-13シーズンには3ポイント成功率42.8%を記録し、プレーオフにも進出したが、マイアミ・ヒートにスイープされシーズンを終えた。オフのヘッドコーチ交代に伴う主力の大放出と同時にチームを出てシカゴ・ブルズに移籍した。

シカゴ・ブルズ[編集]

2013-14シーズンは、久々に先発出場が増え、プレーオフも全試合に先発出場し1試合平均13.2得点、3ポイント46.2%と好成績を残したが、デリック・ローズ不在のブルズに1stラウンドの壁は厚く、1勝したのみで下位シードのワシントン・ウィザーズに敗退した。

プレイスタイル[編集]

複数のポジションをこなしていた過去からもわかるように、非常に基礎能力が整ったプレイヤーである。現在ではシューターとしてもオフェンス能力に長けている。長身選手ながら積極的にパスをすることもある。また、体力勝負を避け、ソフトなプレイを好む傾向にある。

外部リンク[編集]