五十嵐広行
| ヒロ HIRO |
|
| 本名 | 五十嵐 広行 |
|---|---|
| 生年月日 | 1969年6月1日(42歳) |
| 出生地 | |
| 民族 | 日本人 |
| 血液型 | AB型 |
| 職業 | ダンサー 芸能プロモーター |
| 活動期間 | 1989年 - |
| 活動内容 | 1989年:ダンサーデビュー |
| 公式サイト | HIROのプロフィール |
| 備考 | |
| 2005年に自身の経歴を綴った本とDVDを発売。 | |
五十嵐広行(いがらし ひろゆき、芸名:HIRO、1969年6月1日 - )は、日本のダンサー、芸能プロモーター。ZOO、J Soul Brothersでの活動を経て、EXILEのリーダー兼パフォーマーを務める。また所属事務所LDHの代表取締役社長も務める。
広島県生まれ神奈川県横浜市育ち[1]。身長174cm、体重63kg。血液型はAB型。
目次 |
[編集] 来歴
15歳にしてディスコに足を踏み入れ、そこで初めて見た黒人のダンスに魅せられ、ダンスの道へと導かれることとなる。横浜市立金沢高等学校出身でavexグループ社長の松浦勝人は高校の先輩にあたり、松浦が当時、店長をしていた貸しレコード屋「友&愛」にHIROが足を運んではレコードを借り、高校の文化祭の時にDJを頼んでやってもらっていたという[2]。高校卒業後、1989年にテレビ番組「DADA」のダンスコンテストでLMDに参加した[2]。結果、HIROは準優勝を飾りそのコンテストを観ていたスカウトに声を掛けられ、1990年にLMD改めZOOとしてシングル『Careless Dance』でデビュー[2]。ZOOは一気にスターダムへと駆け上がった。ZOOとして活動していく中で、ニュー・エディション(en:New Edition)のベル・ビヴ・デヴォー(en:Bell Biv DeVoe)やボビー・ブラウンにダンスを認められ「JAPANESE SOUL BROTHERS」として踊ったこともある[2]。当時、HIROと競演したNew EditionがBobby Brownに「日本に面白いヤツらがいる」と教えたことがきっかけだった[2]。ZOO全盛期にはなりふり構わず、給料を全てクラブなどでの遊びに注ぎ込み、足りなくなれば借金をしてまでギャンブルなどに注ぎ込む放蕩三昧の生活を送っていたという[2]。しかし、ZOOは1995年に解散し、膨大な借金が残ったという[2]。その後、1996年にLUV DELUXEを結成するも間もなく解散。1995年から1996年はDREAMS COME TRUEのコンサートツアーにバックダンサーとして参加していた。DREAMS COME TRUEのヴォーカル吉田美和の「お客さんは自分のお金でライブに来てくれるのだから心を込めて一生懸命やろう」という言葉はHIRO自身が変わっていく決心を固める契機となった[2]。そんな中で現パフォーマーたちと出会った。仕事は全くなく、来る日も来る日も自主練の毎日だった。しかし、自分に付いて来てくれる彼らのためにも今の状況を変えたいと思い「もう一度ダンスで勝負がしたい」と頭を下げ何度も頼み込んだ結果、1999年にJ Soul Brothersとしてデビューするチャンスを松浦勝人から与えられた。アルバイトとして、avexからデビューする前の卵達のダンスレッスンも任された[2]。
2001年8月24日、J Soul BrothersからEXILEに改名。リーダーを務め、9月27日シングル『Your eyes only 〜曖昧なぼくの輪郭〜』でデビューを果たす。さらに1stアルバム、2ndアルバム、3rdアルバムのインストゥルメンタルの作曲を担当する。
2002年10月17日、当時の規定であった会社設立の際の資本金300万円を、EXILE初期メンバー6人が50万円ずつ出資。青山のビルのテナントを借り「エグザイルエンタテイメント有限会社」を立ち上げた。HIROが社長を務め、メンバーが社員だった。「ZOOの時にはいくつもの可能性があった。でも俺はそれを活かすことすらできなかった。本当に惨めで悔しい思いもしたし、自分自身の力でもう一度武道館に立ちたい。『Your eyes only』でEXILEとして初めてテレビに出たとき、テレビ出演がこんなに嬉しいことだと思ったのは初めてだった。今こそ自分たちの夢を一つ一つ叶えていくチャンスが来た。今こそ会社を作ろう」と決心し会社設立に至った[2]。HIROに会社を作るよう提言したのも松浦であり、「松浦さんは人生の恩人。松浦さんがいなかったらJSBもEXILEもなかった」と話している[2]。
2005年1月25日、自身が書いた『Bボーイサラリーマン』を出版。7月6日、自身の経歴を綴ったDVD『ZOO→JSB→EXILE』を発売した。
[編集] 人物
- 20代の頃はヘビースモーカーだったが、J Soul Brothers時代にダンスの練習中に「煙草止めないと死ぬかも」と感じ、止めたという。
- 「いつ休んでるんだろうと思う位、俺たちのことと、EXILEのことを考えてくれている。寝ている時に電話を掛けてもすぐに電話が返ってくる。寝ている時も考えているんじゃないかって思うよ。もうデビューしてからろくに休みを取ってないだろう。禿げちゃうんじゃないかって心配。感謝してもし切れないくらい」と言わしめる程の仕事人でもある[誰?]。
- また、メンバーに対して怒る人物ではないという。「怒ったって、自分で感じてみないと分からないこともある。だから俺はよほどのことがない限りメンバーに口出ししない」というポリシーを貫いている[2]。
- メンバーからも信頼を受けている。
- 脱退したSHUNも「HIROさんにはなぜか甘えられる。あれだけの器のでかい人はそうそういるもんじゃない。メンバーがHIROさんに関して語るなら、一人一冊本を書ける」と話していた[要出典]。
- SHUN脱退後はATSUSHI1人で行くかどうか悩みに悩んだと言うが、最終的にはHIROの一言でオーディションを主催することになった。その理由としてHIROは「夢を持った人たちにいいきっかけを作れる場所を提供できたらいいし、ミリオンアーティストがオーディションやるっていうのもEXILEのエンターテイメントとしてのインパクトも強いと思った」と話している[要出典]。
- 高校時代はディスコ、クリーニング屋、蕎麦屋の出前持ち、土木作業員などのアルバイトをやっていた。土木作業員として横浜駅前にあるそごう横浜店の建設に携わった[2]。
- メンバーや番組のゲストからは「HIROさん」、和田アキ子や倖田來未からは「HIROくん」、ナインティナインの岡村隆史からは「社長」[3]と呼ばれている。
- 小さい頃のあだ名は「いが」[4]。
[編集] 参加グループ
- ZOO(1989年 - 1995年12月25日)
- LUV DELUXE(1996年 - 1997年)
- J Soul Brothers(1991年 - 2001年8月24日、その後二代目、三代目のプロデューサーを務める)
- EXILE(2001年8月24日 - 現在)
[編集] 作品
[編集] 書籍
- Bボーイサラリーマン(HIRO著 / 幻冬舎)
[編集] 映像作品
[編集] その他
[編集] 作詞・作曲担当
- ┗ M-1「J Soul Brothers」(作曲・編曲:HIRO&KIRA)
- ┗ M-9「MAX TRIBE」(作曲・編曲:HIRO&KIRA)
- ┗ M-16「SILVER COCKPIT」(作曲・編曲:HIRO&KIRA)
●Styles Of Beyond/EXILE
- ┗ M-2「ESCAPE」(作曲・編曲:HIRO×(Kira+Okayan))
- ┗ M-15「S・O・B」(作曲・編曲:HIRO×(Kira+Okayan))
○Breezin'~Together~/EXILE
●EXILE ENTERTAINMENT/EXILE
- ┗ M-1「EXILE COME」(作曲・編曲:HIRO&kira)
- ┗ M-3「Together」(作詞:EXILE&Kenn Kato 作曲・編曲:原一博)
- ┗ M-7「BLUE ~云えずにいる~」(作詞:EXILE&RYK 作曲・編曲:山木隆一郎)
- ┗ M-15「ROAD-RUNNER」(作曲・編曲:HIRO&kira)
●PERFECT BEST/EXILE
- DISC1 / SINGLE BEST
- DISC2 / SELECT BEST
- ┗ M-2「ESCAPE」(作曲・編曲:HIRO×(Kira+Okayan))
- ┗ M-5「BLUE ~云えずにいる~」(作詞:EXILE&RYK 作曲・編曲:山木隆一郎)
[編集] 出演
[編集] テレビ
- 「EXILE GENERATION」(日本テレビ、2009年1月 - 2010年3月)
- 「EXH〜EXILE HOUSE〜」(TBS、2009年4月 - 2010年3月)
- 「EXE」(TBS、2010年4月 - 9月)
- 「ひるザイル」(日本テレビ、2010年4月 - 2011年3月)
- 「EXILE魂」(毎日放送・TBS、2010年10月 - )
[編集] CM
- 明治「Fran」(2009年9月 - )
- 読売新聞「リアルのチカラ」(2010年1月 - )
- トヨタ自動車「WISH」(2010年6月 ‐ )
- AC「日本の力を、信じてる。」(2011年4月 - )
- 富士通「ARROWS」(2011年9月 - )
[編集] ラジオ
- J-WAVE「OH! MY RADIO」(2001年10月 - 2005年9月)
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ a b “asahi.com(朝日新聞社):対談 岡田監督×HIRO 挑戦の場、作りたい”. 朝日新聞. (2010年4月9日15面)、毎日jp エンターテインメント > 音楽 > 音魂 > 第49回 EXILE 「パーフェクト」へ向け、迷わないプライド、“上戸彩 16歳年上「EXILE」リーダーと真剣交際”. スポーツニッポン. (2010年10月7日)、広島公演では広島生まれと話す(2009年5月23、24日、広島グリーンアリーナ)、ただしHIRO著の「Bボーイサラリーマン」では神奈川県生まれとなっている。
- ^ a b c d e f g h i j k l m HIRO著「Bボーイサラリーマン」より
- ^ 場合によっては「HIROさん」と呼ぶこともある。
- ^ EXPV 3内プロフィールより
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||