高高度核爆発

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1958年ジョンストン島上空で行われたハードタックI作戦の核実験「ティーク」(3.8メガトン)

高高度核爆発(こうこうどかくばくはつ、High Altitude Nuclear Explosion, HANE)は、高層大気圏における核爆発。強力な電磁パルスEMP)を攻撃手段として利用するものである。爆発高度によって分類されるものであり、核兵器の種類や爆発規模などは問わない。

概要[編集]

高度100km - 数100kmの高層大気圏における核爆発においては、大気が非常に希薄であり、核爆発の効果において爆風はほとんど発生しない。核爆発のエネルギーは電離放射線が多くを占めることとなる。核爆発により核分裂後10-11秒以内に発生したガンマ線X線)が大気層の20 - 40km付近の希薄な空気分子に衝突し電子を叩き出す(コンプトン効果)。叩き出された電子は地球磁場の磁力線に沿って螺旋状に跳び、10nSほどの急峻な立ち上がりで強力な電磁パルス (EMP) を発生させることとなる。

大気が希薄であることからガンマ線は遠方まで届き、発生した電磁パルスの影響範囲は水平距離で100kmから1,000km程度にまで達する場合がある。この核爆発の影響は、EMPによる電子機器障害がほとんどのため、大量破壊兵器の使用であると同時に非致死性の性格も持つ。

高高度核爆発の実験を行ったことが確認されているのはアメリカ合衆国ジョンストン島アーガス作戦)、ソビエト連邦カプースチン・ヤール)の二カ国である。これらの実験では周辺での停電などの被害が発生した。

目標までの精密誘導が必要な核ミサイル攻撃に対し、EMP攻撃はミサイルを敵国の上空高高度で小規模の核爆発を起こして発生させるため、技術的にも比較的容易と見られている[1]

運搬ミサイル[編集]

核兵器の高高度への実用的な運搬手段ロケットのみである。HANEは敵国の上空やその近辺高空で爆発する核兵器であるといえる。実際、冷戦下の米ソ間で大陸間弾道ミサイル(ICBM)防衛の為のミサイル開発競争の過程で多くの核ミサイルが高高度で爆発させられ、2国ではHANEに関するデータが得られた。たとえば最初のHANEである1958年のYuccaは気球により高度26.2km(86,000ft)で爆発し、Teakはレッドストーンロケットにより76.8kmでの爆発であった。その後、ソーミサイルやX-17ロケットが使われた。現在は部分的核実験禁止条約(PTBT)により高層大気圏核実験そのものが禁止されている。HANE用の運搬ミサイルは、数100km以上に及ぶ影響範囲の広さから地上攻撃ミサイルなどに求められる飛行精度は全く不要である。

被害[編集]

EMPはさまざまな周波数の強力な電磁波なので、波長の適合するあらゆる導体に誘導電流が瞬間的に引き起こされる。このため、必ずすべての電子機器が障害されるとは限らず、外部にアンテナ用の電線を持つものや電磁シールドの無いもので、誘導されたパルス電流への耐圧・耐電流が不十分なものが特にダメージを受ける。長さのある金属物すべてに、瞬間だけ雷が落ちたような状況や電子レンジ内の金属箔のような状況になる。光ケーブルを除く有線・無線の通信回路と外部から商用電源を受け取っている電源回路、それらの周辺にある電流の抜けていく経路となる回路が過電流や過電圧で破壊される。EMPは立ち上がりが急峻なので多くの避雷器は機能しない可能性が高いが、高速度で対応するものは有効なものもある[2]

HANEによるEMPのエネルギー密度は約1ジュール/m2と大きく、半導体素子の損傷に必要な10μジュールから計算すれば数10dBの遮蔽が必要である[3]

マクロな視点で被害を考えれば、あらゆる放送通信は短期・長期に渡り機能を失い、生産工場、交通・運輸・流通システム、送電、金融も完全に機能を失いすぐには回復できない。

強力な電磁波だけなので放射能とは違い生物への影響はほとんど無い。ただし、核爆発の瞬間の光線は地上爆発と同様に網膜を焼く程の威力を持つ。人体も瞬間だけEMPによって電子レンジ内のように少しは加熱されると考えられるが、詳しい予測は現状では出来ない。

軍事的効果と防衛手段[編集]

十分に高高度での爆発であれば、熱線や衝撃波、放射線の地上への影響は最小限度であり、直接の死者は発生しないと考えられるので、理屈上は非致死性兵器となりえるが、交通機関、産業機械、医療機器等のコンピュータが突然機能しなくなった場合の死亡事故や社会的な混乱と、銀行・証券・その他企業での情報機器からの情報喪失は、場合によっては従来型の地上への核攻撃による小さな都市の壊滅よりも悲惨な事態と経済的破滅状態を引き起こすと考えられる。コンピュータ等が主なターゲットなので、こうした核爆発により途上国が受ける被害よりは、精密電子情報機器が社会の隅々に浸透した先進国の被害がより甚大となり得る。

現在の日本のような、社会が高度情報化した先進国はこの種の攻撃への防衛がより強く求められるが、現在実戦配備中の弾道ミサイル防衛(BMD)では対流圏外から落下中のミサイルの撃墜が主な手段であり、上昇中や成層圏・宇宙空間での撃墜は開発途上であるので、高高度で爆発する核ミサイルへの対処は現状ではかなり難しいと考えられる。

アメリカ合衆国国防省では「EMP Hardening」という用語でEMPに対する抗甚性技術を表現し、EMPに対して情報通信システムを強化するよう求めている。EMPのエネルギーを1重のシールドで防ぐことは出来ないので、多層の防護を施す必要がある。

こういった新たな形での核攻撃に対しては、日頃から情報・通信機器の電磁的なシールドの強化(光ケーブル化)やバックアップ体制強化によってしか被害を最小化できない。

電磁パルスによって、ミサイルなどの電子機器が無力化された場合はどうするかといった問題は、間隙を突かれ突破されたフランスの防衛線「マジノ線」の名をとって電子のマジノ線と呼ばれることもある。


環境への影響[編集]

HANEによる副次的影響として、核爆発によって誘発されたさまざまな種類の放射性粒子により高空での環境が破壊され以下の問題が数ヶ月から数年に渡り引き起こされる。

  • 人工衛星軌道での障害により低軌道の商用衛星や防護されていない軍事衛星が機能を失う
  • 電離層の破壊により電波の到達距離が変わる


高度別EMP[編集]

爆発分類 高度 発生機構 電界強度 到達範囲 周波数範囲
高々度 >40km 地磁気の影響 50kV/m DC~数10MHz
高度 2~20km 空気密度の非対称性 10kV/m 中間 1MHz以下
地表 0~2km 空/地面の非対称性 100kV/m 局地的 1MHz以下

雷の場合は周波数は1MHz以下で電界強度は10 - 数100kV/m程度である。パルスの立ち上がりはHANEの3桁ほど遅い[3]

公式機関[編集]

IEC(国際電気標準会議)諮問専門委員会TC77「EMPに関する専門小委員会」の付属委員会SC77CにおいてHANEのEMPを審議してきた。HANEのEMPに対する一般通信電子機器の耐性を扱ってきたが、冷戦後はHigh Power Transient Phenomena(強電界過渡現象)を扱うとされた。1999年には日本もTC77にメンバー入りした。IEC規格の610002-10(Discription of Environment Radiated distubance, Discription of HEMP environment conducted disturbance)について、近くJISとして規格される予定である[3]

出典[編集]

  1. ^ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130615-00000075-jij-n_ame
  2. ^ 50nsでピークに到達している例:glasstone.blogspot.com
  3. ^ a b c 『防衛用ITのすべて』(防衛技術ジャーナル編集部 防衛技術協会)ISBN4-900298-1-X。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]