谷岡ヤスジ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

画像:Logo serie manga.png
ウィキポータル
漫画作品日本
漫画家日本
漫画原作者
漫画雑誌
カテゴリ
漫画作品
漫画 - 漫画家
プロジェクト
漫画作品 - 漫画家
漫画雑誌

谷岡 ヤスジ(たにおか ヤスジ、男性、1942年8月29日 - 1999年6月14日)は、赤塚不二夫と並ぶ日本のギャグ漫画界の巨匠と言われる漫画家。本名、谷岡泰次(やすつぐ)。元プロ野球選手の谷岡潔はいとこにあたる。

目次

[編集] 人物・作風

愛媛県宇和島市生まれ。山内一豊の末裔と自称。高校生時代からすでにプロであった。実の父親からは「お前は天才だ」と言われていたと本人が雑誌のインタビューで語っている。咽頭ガンで自ら漫画(アギャキャーマン第456回)で予言した年に没。

不条理なストーリー展開やドライな印象のギャグが特徴だが、その背景に哲学思想を感じさせると評する者もある。不条理な中に浪花節的ウエットさのある赤塚不二夫とは対照的という意見もある。'70年代には文化人的ポジションでテレビ番組等にも積極的に出演していた。

1970年週刊少年マガジンに連載した『メッタメタガキ道講座』で大ブレイク。作品の中の「アサー!」、「鼻血ブー」は流行語となった。『メッタメタガキ道講座』の前には比較的過激な描写の少ない無難なサラリーマン漫画を描いていたが、担当者などから「それでは売れない」と言われたようで、そこから作風が変わった(この経緯は楳図かずおと似ている)。

『メッタメタガキ道講座』以降は短期間スランプ状態に陥ったかの様に思われるが、すぐに別の連載で「タベルーマン」(人喰い怪物)の様なキャラクターをポンポンと創りだし、復活する。創りだしたキャラクターの数は非常に多数。出てくる動物キャラクターは基本的に人語を話す。人間の感情のエレメントの具現化の様である。よく作品に出てくるキャラクターでは、「タロ(牛)」「アオ(馬)」「バター犬(犬)」「ペタシ(T大卒の哲学者で大放浪者)」「チクリ先生(Hな針灸師?)」「タゴ(農村の青年)」「花っぺ(ヒロイン)」「ジッつあん(農村のボケ老人)」「ヨサク(農村から出て行った死刑囚)」などその他多数。このキャラクター達は実に生命力に満ち溢れていてエネルギッシュである。漫画家でありながら人間存在に対する深い洞察に満ちた作品も多数ある(アギャキャーマン第411回など)。

長期にわたって連載した『アギャキャーマン』(週刊漫画サンデー)は谷岡の代表作といってもいいが、前半では論理的空間が舞台となっているものが多く、後半では日本人全員が共通してもっている原風景の様な、存在論的な場所「村(ソン)」を舞台として創りだした。

赤塚不二夫などは政治家批判はほとんど行わなかったが、谷岡の『アギャキャーマン』における政治家批判の文章には凄まじいものがある。

谷岡の作品はいわゆる一見エロい作品が多いのであるが、実際によく読んでみると、そういういやらしさは全くなく健全なものがほとんどであり、悪意も全く感じられないと評する者もいる。キャラクターのタロやアオがバラバラにされて殺されても、次の回では何もなかったように元に戻っている。作風はエログロナンセンスであっても、谷岡の作品の底流に流れているのは常に人類に対する深い愛情であったと見る向きもある。他に谷岡作品で有名なものは週刊ヤングジャンプに連載された『ド忠犬ハジ公』。

谷岡の人柄は優しい子煩悩な父親で、彼の周囲の人々はみんな「善人で、人格者であった」と言っていたという。夫人のまち子(「スペクトルマン」にレギュラー出演していた元女優・小西まち子)は谷岡について「一匹狼であった」と言っている。日本漫画界における「真に比類なき天才」だと見る向きもある。

[編集] 主な作品

[編集] 映画化作品

[編集] テレビ番組

  • 笑うんだもんね!1970年1971年TBS
    • 谷岡の漫画を流用したコントバラエティ。レギュラーはてんぷくトリオ
    • 余談だが、その後谷岡がNHKお笑いオンステージ』の「減点ファミリー」に出演した時、司会の三波伸介が「懐かしいなぁ、僕、『アサー!!』ってやってたんですよ」と当時を振り返った(『笑うんだもんね!』では、冒頭で三波がムジ鳥の格好をして、「アサー!!」と叫んでいた)。

[編集] アシスタント

[編集] 外部リンク