灯台船

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灯台船Finngrundet(ストックホルムの展示船)
ハンブルクでレストラン・ホテルとして使われている灯台船

灯台船(とうだいせん、英:lightvessel または lightship)は、灯台の役割をする船である。錨で固定され、通常は推進手段を持たない。

灯台船は、灯台を建設するには水深が深すぎる場所で使用され、海岸線を示す代わりに、海上交通路を示す。浮標(ブイ)よりも視認性が高いので、海上交通の支援手段としては優れている。またそれらには通常、海洋学研究のためのデータレコーダーが装備されていて、気象観測所としても機能する。

最初の灯台船は、イギリステムズ川の河口のノア砂州に、発明者ロバート・ハンプリンによって1732年に設置されたものである。

通常の灯台船が補修のために入港する間、一時的に代わりを務める灯台船には可動式のものもある。また北極海の灯台船には氷の無い夏だけ任務に就くものもある(例:灯台船 Finngrundet)。

外観[編集]

灯台船は通常、目立たせるために明るい赤の船体に白の大文字でその場所の名前を書いていた(臨時代替の灯台船の場合は「RELIEF」と書かれていた)。他の色に塗られた灯台船もいくつか存在する。ヒューロン湖にあったヒューロン灯台船は、ヒューロン・カットの入口の黒い浮標のそばに置かれたため黒く塗られていた。また1854年から1860年までミノッツ・レッジ (Minot's Ledge) (マサチューセッツ州コハセット (Cohasset) )で使われた灯台船は、背景となる青緑の海と緑の丘に対して目立つように、明るい黄色の船体を持っていた。

灯台船は霧の中、および日没1時間前から日の出の1時間後までその灯火を点したが、そのほか、初期の灯台船ではマストの先端に赤(またはまれに白)のデイ・マーカー(昼間の目印)を備えていた。それは接近してくる船から最初に視認されることを目的としたもので、いろいろなデザインがあったが、最も一般的なものは2つの逆円錐の間を環または球体でつないだものだった。

係留[編集]

灯台船のマッシュルームアンカー

初期の灯台船は今日でも広く使われている爪型(フルークアンカー)を使用した。この形式の錨は引きずられやすい傾向があり、一般の船が避けなければならない位置を示すという任務上、荒天でも動かないことが求められる灯台船にはあまり適切なものではなかった。

19世紀前半、灯台船は 3 - 4 t の重さを持つ茸型錨(マッシュルームアンカー)を使うようになった。これはロバート・スティーブンスンによって発明されたものであり、名前はその形に由来している。これを装備した最初の灯台船は82トンの釣り舟を改装したもので、「ファロス」と名づけられ、1807年9月15日からベル・ロックの近くで使われ始めた。錨は1.5トンの重さがあった。このタイプの錨の効果は、1820年代に鋳鉄の錨鎖が導入されたことで劇的に向上した(経験則で水深 1 ft ごとに鎖 6 ft とされた[1])。

イギリスの灯台船[編集]

イングランドウェールズの灯台船はすべてトリニティ・ハウスが運営している。ほとんどは無人だが、中には最高9人の乗組員がいる場合もある。11隻の灯台船と、2隻のより小さな灯台筏がある。

灯台船は1995年からソーラーパワー方式に変更され、「20級」のもの以外はすべてその方式となった。「20級」とは通常よりやや大型のタイプであって、ディーゼル発電機を動力源とする。それらは航法上の必要性からソーラーパワー方式に変換されなかった。トリニティハウス(水先案内協会)のソーラー式灯台船の光の到達距離は19海里 (35 km) であり、20海里 (37 km) 以上の到達距離が求められる海域では「20級」が使用される。

灯台船にはみな船体に番号が振られている。「20級」が19、22、23、25の4隻、ソーラー式灯台船が2、5、6、7、9、10、17の7隻、ソーラー式灯台筏が LF2 と LF3 の2隻である。ソーラー式灯台船 93 と 95 は廃棄された。

アメリカの灯台船[編集]

アメリカ合衆国最初の灯台船は1820年チェサピーク湾に設置されたものである。その数は1909年にピークに達し、沿岸に56箇所を数えた。それらのうち、168隻は合衆国灯台サービス (United States Lighthouse Service) 、6隻は沿岸警備隊によって設置された。それらは1939年に吸収された。1820年から1983年までに179隻の灯台船が造られて政府に納められ、五大湖を含む4つの沿岸の116箇所に配置された。

アメリカ合衆国での灯台船の公式な使用は、1985年3月29日、沿岸警備隊がその最後の1隻「ナンタケット I」を退役させたときに終了した。ほとんどの灯台船は、「テキサス・タワーズ」[2]と呼ばれる沖合の照明プラットフォームまたは大型の航法ブイと交替した。いずれも、灯台船より建造費、維持費ともに安価であるというのがその理由であった。

灯台船は現在15隻が残存していると考えられる。そのうち2隻はニューヨーク港にあり、「アンブローズ」号 (No.87) がサウス・ストリート・シーポートに、「フライパン」号 (No.115) がチェルシーの63番埠頭のドックにある。

ニューヨーク港にはもう1隻、灯台船 No.84 (683 t、長さ 135 ft)が浅瀬に沈んでおり、その2本のマストは今でも水面上に見えている。[3]

灯台船 LV82「バッファロー」号は、1913年に五大湖を襲った嵐によって6名の犠牲者とともにバッファロー付近のエリー湖で浸水・沈没した[4]。灯台船 No.61「コルシカ・ソウルズ」号も同じ嵐でヒューロン湖で破壊された[5]

灯台船 No.112「ナンタケット」号はニューヨーク州オイスター湾のウォーターフロントセンターに係留されている。

太平洋岸で最初の灯台船は「コロンビア」号で、オレゴン州アストリアに近いコロンビア川の入口を示していた。太平洋岸のもう一隻の灯台船「スウィフトシュア」号はシアトルのサウスレイク・ユニオン・パークで展示されている。

バージニア州ポーツマス市は、海軍工廠博物館に LV-101 を展示している。LV-101 は、ピューシー&ジョーンズによって1915年に建造され、まずリリーフとしてケープ・チャールズ(バージニア州)で任務に就き、その後デラウェア州オーバーフォールズとマサチューセッツ州ストンホース浅瀬で就役した。退役後は、ポートランド(メイン州)で保管され、その後博物館に売却された。今日、LV-101 は「ポーツマス」という文字を書かれて乾ドックに置かれているが、実際にはポーツマスで就役した事実は無い。

灯台船「ヒューロン」LV-103 は、五大湖で使用された多くの灯台船の1つ(五大湖初の灯台船は1832年に Waugoshance 浅瀬に置かれた「ロイス・マクレーン」)である。灯台船はしばしば灯台に取って代わられた。

1940年以後は「ヒューロン」は五大湖の最後の灯台船となり、1970年に退役するとミシガン州ポートヒューロンで博物館として陸揚げされた。これは現存する最も小型の灯台船で、96フィート級の典型を示している。

LV-6 と LV-73 は両方とも完全に失われた。

文学等に登場する灯台船[編集]

  • Lightship - アーチー・ビンズ (Archie Binns) の小説(1934年)
  • Das Feuerschiff - ジークフリート・レンツ (Siegfried Lenz) の小説(1960年)
  • The Lightship - レンツの小説に基づく映画(1986年)。ロバート・デュバル (Robert Duvall)、クラウス・マリア・ブランダウアー (Klaus Maria Brandauer)
  • Lightship - ブライアン・フロッカの児童向け絵本(2007年) ISBN 1416924361
  • リリー・ライトシップ - 児童向けテレビシリーズ「がんばれタッグス」に登場した擬人化された灯台船

参考文献等[編集]

参照[編集]

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  1. ^ 通常、錨鎖の長さは水深の10倍から20倍とされる(錨#使用状況参照)。
  2. ^ テキサス沿岸で最初に使用された小型の石油掘削プラットフォームをモデルにしたことに由来する。[1]
  3. ^ [2]
  4. ^ Vogel, Michael N. and Paul F. Redding Maritime Buffalo, Buffalo History, Lightship LV 82.
  5. ^ U.S. Coast Guard on lighthouses and lightships in Michigan.

外部リンク[編集]