女性のためのアジア平和国民基金

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

財団法人女性のためのアジア平和国民基金(じょせいのためのアジアへいわこくみんききん、略称:アジア女性基金、英:Asian Women's Fund)は、元「慰安婦」に対する補償(償い事業)、および女性名誉と尊厳に関わる今日的な問題の解決を目的として設立された財団法人。日本政府からの出資金と国内外からの募金によって運営された。すべての償い事業が終了したため、2007年3月31日をもって解散した。

目次

[編集] 概要

自社さ連立政権村山内閣成立後の1995年7月に発足し、同年12月に総理府外務省の共管法人として設立許可。『「慰安婦」問題調査報告・1999』や、慰安婦関係政府公文書を集積した資料集を出版。また、韓国・台湾・フィリピン等の元慰安婦だという女性に、日本国民から集めた「償い金」を総理の手紙と共に届けた。事務局運営費が政府負担で、「償い金」を国民から集めるという方式をとらざるを得なかったのは、日本人の元慰安婦や元看護婦、更には恩給年限に満たない兵士や、東京大空襲等の民間人被害者に対して、日本政府が何等の公式の補償を行っていないことが背景にあったと考えられる。只、日本政府は朝鮮人慰安婦の徴収は、日本人の自発的な戦争行為への参加と異なり、本人の意思に反した「強制性」とその強制的徴収への軍としての関与が認められることを率直に認め、前述の談話と基金設立が行われた。後に外務省の所管法人。

当初の略称は「国民基金」であったが、後には「アジア女性基金」となった。これは社会党の基本案が国民基金(=民間から募金を集める、民間基金)であったためである。また元慰安婦へ支払うお金も当初は、「見舞金」だったが「償い金」と変わった。

[編集] 経緯

  • 1993年8月 - 宮沢内閣末期に日本政府による「いわゆる従軍慰安婦問題について」(第2次調査)の調査結果に基づき、河野洋平内閣官房長官が「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」(いわゆる河野談話)を発表して、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったこと」、及び、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいもの」であったことを認め、「多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」として、日本政府が「いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」ことが表明された。
  • 1994年8月 - 村山富市内閣総理大臣による「「平和友好交流計画」に関する村山内閣総理大臣の談話」の中で、「いわゆる従軍慰安婦問題は、女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたい」という認識が表明された。その上で、「我が国が過去の一時期に行った行為は、国民に多くの犠牲をもたらしたばかりでなく、アジアの近隣諸国等の人々に、いまなお癒しがたい傷痕を残して」いるため、「我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことに対」する「深い反省」を表明するとして、「過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝え」、「この気持ちを国民の皆様にも分かち合っていただくため、幅広い国民参加の道をともに探求」したいとの意思が表明された。これが、政府が事務局経費を負担し、国民一般に広く募金を呼びかけ、償い金として慰安婦の方に届ける構想の出発点であった。
  • 1995年6月 - 衆議院で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」(いわゆる戦後50年国会決議)が議決。
  • 1995年6月14日- 「女性のためのアジア平和国民基金」設置に関する五十嵐広三内閣官房長官の声明が発表され、元従軍慰安婦の方々のために、「国民、政府」が「協力」して以下のことを行うことが定められた。 (1)元従軍慰安婦の方々への償い金を民間から基金が募金する。(2)元従軍慰安婦の方々に対する医療、福祉支援事業を、政府の資金で基金が行う。(3)この事業実施にあたり、政府が元従軍慰安婦の方々に国としての率直な反省とお詫びの気持ちを表明する。(4)政府は、過去の従軍慰安婦の歴史資料を整え歴史の教訓とする(→基金内部に「資料委員会」が設置される)
  • 1995年7月 - 総理府と外務省の管轄下で「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」が発足。
  • 1997年1月 - 韓国人元慰安婦への見舞金支給を開始。
  • 2000年9月 - 第2次森内閣中川秀直内閣官房長官が、「女性のためのアジア平和国民基金」に関する記者会見で、同基金に対する政府の認識を改めて表明する。
  • 2001年1月 - 外務省の所管法人となる。
  • 2005年1月 - 理事長に就任した、元村山首相自身の声明として、総理のお詫びの手紙と共に償い金を届ける事業が、285名の「フィリピン、韓国、台湾」の「慰安婦」に対して行われたことが報告され、最後に残ったインドネシアでの高齢者社会福祉推進事業が、2007年3月末に終了するのを待って、2007年3月での基金解散が発表される([1]参照)。
  • 2007年3月31日 - 財団法人解散。

[編集] 活動内容

  1. 元「慰安婦」の生活支援(償い事業)
  2. 女性の名誉尊厳一般に関する事業(ドメスティックバイオレンスの防止など)

[編集] 償い事業

  • 約6億円の募金を日本国内、国外から集め、支援事業を展開している。
  • 償い事業は(1)国民からの拠金による「償い金」(一人一律200万円、総額約5億7000万円)、(2)政府予算からの医療・福祉支援事業(総額約5億1000万円)、および(3)内閣総理大臣のお詫びの手紙(元慰安婦の方々に対する小泉内閣総理大臣の手紙)からなる。
    • フィリピン韓国台湾では、元「慰安婦」とされた285名に償い事業を実施した。
    • オランダでは、(2)政府予算からの医療・福祉支援事業と(3)内閣総理大臣のお詫びの手紙からなる償い事業を79名に実施した。
      • いずれも2002年(平成14年)9月までに終了している。
    • インドネシアでは、政府予算からの高齢者社会福祉推進事業がインドネシア政府との合意のもとに実施されている。この事業は2007年3月末(平成18年度末)に終了予定。

[編集] 問題点

  • 基金は慰安婦とされた女性に対する日本国の責任、それが犯罪行為であったことは認めていない。また女性に渡された総理大臣名の遺憾であることを表した文は、国際的には謝罪とは受け取られていない。この為、国連機関、アメリカ下院などから正式な謝罪と国家賠償を要求する決議が出る原因となっている。[要出典]
  • 国連人権委員会、慰安婦研究者の一部、女性人権団体、韓国世論の一部は本基金に批判的であり、日本政府としての補償を求めた。韓国では、見舞金を受け取ることに批判的な世論のため、ほとんどの元慰安婦は見舞金を受け取らず、韓国政府が認定した元慰安婦200人中、受け取ったのは7人に止まったままである。受け取った7人に対しては韓国挺身隊問題対策協議会により募金の対象外とするなどの措置がとられた。また受け取りを促した日本のNGO代表は韓国政府により入国禁止措置を受けた。[要出典]
  • 同基金運営資金として日本政府が投入した予算について、それらの使途が一切公表されていない。

最終的な募金額は7億円、日本政府が広告・宣伝・運営には70億円を支出したという(『天皇制・「慰安婦」・フェミニズム』鈴木裕子による)。

[編集] 支援事業対象国・地域

[編集] 理事長

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語