太平洋石炭販売輸送臨港線

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臨港線
臨港線(2001年10月1日)
臨港線(2001年10月1日)
路線総延長 (現在)4.0 km
軌間 1067 mm
最大勾配 12.5 パーミル
最小半径 160 m
停車場・施設・接続路線
STR
JR北釧網本線
東釧路駅 0.0
STRrg
ekABZq+l BHFq ABZqr+xr
0.0 東釧路駅
exKRW+l eKRWgr exkSTRg+l exSTR
JR北:根室本線
天寧駅
exKHSTe STR exSTR exSTR
臨港線
材木町駅
STR exBHF exBHF
? 緑ヶ岡駅
JR北:根室本線
STRrf exSTR exBHF
2.5 永住町駅[1]
城山線
exSTRc2 exSTR3 KDSTxa
3.3 春採駅
exSTR+1 exSTRc4 eKRWgl exKRW+r
城山駅 2.2
exKBHFe eBHF exBHF
4.5 観月園駅
eKRWg+l exKRWr
入舟町駅 (II)[1] 9.1
exKBHFa WBRÜCKE
沼尻川橋梁 長8.9m
入舟町駅 (I) 8.5
exBHF eBHF
5.4 沼尻駅
臨港駅 8.3
exBHF eBHF
6.5 米町駅
真砂町駅 8.0
exSTRlf exBHFq exSTRq KDSTxl STRrf
7.3 知人駅[2]

春採選炭場/1930年頃・太平洋炭鉱絵はがき

臨港線(りんこうせん)は、太平洋石炭販売輸送が運営する北海道釧路市春採駅と同市知人駅を結ぶ貨物専業鉄道路線である。

元々は1925年2月に釧路臨港鉄道により知人 - 春採間で開業した路線で、一時は循環線にする構想もあった。結局循環線にされることはなく、1979年に太平洋石炭販売輸送が引き継ぎ、1963年までは旅客営業も行っていた。本項目では東釧路駅から南西へ伸びていた城山線にも触れる。

路線データ[編集]

1986年11月1日以降

運行形態[編集]

石炭車の両端にディーゼル機関車を連結し、春採 - 知人間で石炭をシャトル輸送している。また、荷役(ホッパの開閉)は、機関車からの遠隔制御で行なわれており、そのため、貨車には電気連結器と回路の引き通しが設けられている。

太平洋炭礦時代は、平日9-16時の間に12時前後の昼食休憩を挟んで頻繁に往復していたが、釧路コールマインになって以降は、運行は存続しているものの、出炭がなければ運行しないので、以前のように頻繁な運行は見られなくなっている。

歴史[編集]

  • 1923年(大正12年)
    • 1月20日 鉄道敷設免許を申請[3]
    • 6月18日 鉄道免許状下付(釧路市大字釧路村地内)[4]
    • 12月12日 [5]釧路臨港鉄道(株)が太平洋炭礦(株)の石炭輸送部門を受け持つ子会社として設立。
  • 1925年(大正14年)
    • 2月11日 春採 - 知人間 (4.1km) 開業(貨物営業)届出[6]。(釧路市地域史研究会 『釧路市統合年表:釧路市・阿寒町・音別町合併1周年記念』では2月12日開業[3]
    • 3月16日 別保信号場(後の東釧路駅)- 春採間 (3.3km) 開業(貨物営業)[7][3]
  • 1926年(大正15年)
    • 2月1日 知人 - 臨港間 (1.1km) 開業。沼尻駅、米町駅、真砂町駅開業。春採 - 臨港間で旅客営業を開始[8][3]
    • 6月1日 観月園開業[9]
  • 1927年(昭和2年)
    • 2月20日 臨港 - 入舟町間 (0.2km) 開業。入舟町駅の旅客扱いを開始し、臨港駅を貨物駅とする。
    • 12月15日 鉄道免許状下付(釧路市大字釧路村地内)[10]
  • 1928年(昭和3年)11月11日 別保信号場が東釧路駅に変更。
  • 1929年(昭和3年)12月18日 東釧路 - 春採間の旅客営業を開始[3]
  • 1937年(昭和12年)1月10日 城山 - 東釧路間開業[11][3]
  • 1940年(昭和15年)10月24日 終点の入舟町駅移転。路線が0.6km延伸[12]
  • 1942年(昭和17年)5月27日 真砂町駅廃止。臨港駅の旅客扱い再開。
  • 1953年(昭和28年)4月16日 永住町駅開業。
  • 1956年(昭和31年)11月10日 線路移設により観月園駅移転。実延長122m短縮。春採 - 観月園間の営業キロを0.1km短縮。
  • 1960年(昭和35年)
    • 5月4日 沼尻駅を停留所化。
    • 6月1日 観月園 - 沼尻間の営業キロを0.1km短縮(実延長に変更なし)。
  • 1961年(昭和36年)5月24日 緑ヶ岡駅開業。
  • 1963年(昭和38年)11月1日 全線で旅客営業廃止[3]
  • 1966年(昭和41年)12月1日 臨港 - 入舟町間廃止(大半の区間は臨港の構外側線として存置され、1986年の臨港廃止時に撤去)。
  • 1979年(昭和54年)4月30日 太平洋石炭販売輸送(株)に釧路臨港鉄道(株)が吸収合併されて、同社の臨港線となる[3]
  • 1985年(昭和60年)6月1日 城山 - 東釧路間廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 東釧路 - 春採間、知人 - 臨港間廃止。開業当時の路線のみ残存。

駅一覧[編集]

  • *印の駅は、廃止された駅。

城山駅* - 材木町駅* - 東釧路駅*[13] - 緑ヶ岡駅* - 永住町駅*[1] - 春採駅 - 観月園駅* - 沼尻駅* - 米町駅* - 知人駅 - 真砂町駅* - 臨港駅* - 入舟町駅*[1]

車両[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 駅名は小熊 (1960)、鉄道省 (1937)、青木 (1977) による。
  2. ^ a b 『鉄道要覧』(平成9年度版・平成18年度版で確認)、和久田康雄『私鉄史ハンドブック』(電気者研究会、1993年)p.21によると春採 - 知人間 4.0km。
  3. ^ a b c d e f g h 釧路市地域史研究会 『釧路市統合年表:釧路市・阿寒町・音別町合併1周年記念』 釧路市 、2006年10月。
  4. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1923年6月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  6. ^ 「地方鉄道貨物運輸開始」『官報』1925年2月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  7. ^ 「地方鉄道貨物運輸開始」『官報』1925年3月26日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「地方鉄道運輸開始並駅設置」『官報』1926年2月10日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 「地方鉄道駅設置」『官報』1926年6月4日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1927年12月21日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  11. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1937年1月23日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  12. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1940年11月8日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  13. ^ JR北海道釧網本線根室本線と接続していた時期あり。

参考文献[編集]

  • 青木栄一 「昭和52年5月1日現在における補遺」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年、補遺1頁。
  • 小熊米雄 (1960). “釧路臨港鉄道”. 鉄道ピクトリアル (1960年12月号臨時増刊:私鉄車両めぐり1): pp. 4, 13-17. (再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年
  • 小熊米雄 (1962). “釧路臨港鉄道(私鉄車両めぐり第1分冊補遺)”. 鉄道ピクトリアル No. 128 (1962年3月号臨時増刊:私鉄車両めぐり2): p. 101. (再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年
  • 鉄道省 『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』 鉄道省(覆刻:鉄道史資料保存会)、東京(覆刻:大阪)、1937年(1986年覆刻)、p. 254。ISBN 4-88540-048-1
  • 寺田裕一 『北海道』 ネコパブリッシング〈消えた轍 - ローカル私鉄廃線跡探訪 1〉。ISBN 4-7770-0218-7

関連項目[編集]