太平洋炭礦

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太平洋炭礦株式会社
種類 株式会社
本社所在地 085-0811
北海道釧路市興津5-2-23
設立 1970年昭和45年)11月
業種 鉱業
事業内容 なし(清算株式会社)
代表者 代表取締役社長 佐藤 幹介
資本金 300万円
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春採選炭場(1930年頃・太平洋炭鉱絵はがき)
春採選炭場(2011年)

太平洋炭礦株式会社(たいへいようたんこう)は、北海道釧路市に本社を置く企業。もともとは、東京が本社であった。2002年(平成14年)に石炭採掘事業から撤退し、現在は清算状態にある。三井傍系・太平洋興発株式会社の親会社である。

[編集] 沿革

1970年11月、石炭の生産部門を分離独立させるために、太平洋炭礦株式会社(初代、東証一部上場)によって設立された。同時に初代太平洋炭礦は不動産部門である太平洋興発(初代)を吸収合併し、太平洋興発株式会社(2代目)に社名変更した。当時既に全国的に閉山が相次ぎ、会社存続のために取られた方策である。この結果、炭鉱閉山後も太平洋興発株式会社(2代目)は不動産事業などを中心に展開している。

  • 1920年大正9年)4月22日 - 木村組釧路炭鉱と三井鉱山釧路鉱業所を継承し、太平洋炭礦株式会社(初代)設立。
  • 1970年(昭和45年)11月 - 太平洋炭礦(初代)の石炭生産部門が独立し、太平洋炭礦株式会社設立。太平洋炭礦(初代)は太平洋興発株式会社に社名変更。
  • 2002年(平成14年)1月30日 - 太平洋炭鉱が閉山、釧路コールマインが継承。

[編集] 太平洋炭鉱

太平洋炭鉱(たいへいようたんこう)は、北海道釧路市にあった炭鉱である。

1897年に前身の安田炭礦が採掘を始め、1920年に太平洋炭鉱となる。閉山までの82年間で、採炭量は1億トン以上となった。採炭の多くを海底の炭層から行っていたため、「太平洋の海底炭」というネーミングで宣伝し販売をしていた。主に道東方面での消費が多かったが道南などにも販売していた。道内の多くの炭鉱で落盤やガス爆発、坑内火災などの悲惨な事故が発生していたが、太平洋炭鉱は1954年8月のガス爆発事故以外に閉山まで大事故を起こすことが無かった炭鉱としても知られる。

2002年1月30日閉山し、関連会社を含め約1500人が解雇された。閉山後は、地元の経済界などが出資した釧路コールマインが採炭事業を引き継ぎ、年間70万トンの採炭をしている。

[編集] 太平洋スカイランド(ヒルトップ)

太平洋炭礦は過去に、従業員の福利厚生と地域振興を目的に、遊園地・ボウリング・プールといった多岐にわたるレジャー施設の太平洋スカイランドを経営していた。1993年にヒルトップに名称変更、2002年に閉園した。

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