国民民主連盟

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ミャンマーの政党
国民民主連盟
ビルマ語: အမျိုးသား ဒီမိုကရေစီအဖွဲ့ချုပ်
Flag of National League for Democracy.svg
中央執行委員会議長 アウンサンスーチー
中央執行委員会副議長 ティン・ウ
成立年月日 1988年9月27日
本部所在地 ミャンマーの旗 ミャンマーヤンゴン市バハン区[1]
国民代表院議席数
39 / 440   (9%)
民族代表院議席数
5 / 224   (2%)
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国民民主連盟(こくみんみんしゅれんめい、National League for DemocracyNLD)は、ミャンマー(ビルマ)に存在する政党。軍事政権、並びにその流れを継ぐ現在の政権の施策に抵抗している点で、ミャンマー最大の反政府組織といえる。党としての議長はアウンサンスーチー(書記長を兼任)、副議長はティン・ウ

亡命政府であるビルマ連邦国民連合政府(NCGUB)の主要構成団体の一つである。

概要[編集]

8888蜂起の中、1988年9月27日に結成。軍事政権国家法秩序回復評議会(SLORC)が管理するなか、1990年に行なわれた国民議会総選挙で大勝をおさめ、485議席中の392議席(占有率81%)を獲得した。ただし、軍事政権が推す旧与党系の国民統一党が大敗したため、軍事政権は国民議会の召集を拒否し続けた。また、軍事政権は NLD の抵抗力を殺ぐために、総選挙以降 NLD の国内での活動を禁止し、同党の幹部議員らを多数投獄した。SLORC が1997年に改称した軍事政権・国家平和発展評議会(SPDC)は、2001年に NLD の国内での活動再開を容認し、あわせて NLD の政治犯を釈放し始めた。しかし、2004年に軍事政権が開催した制憲国民会議への協力を NLD が拒否したため、軍事政権は同年中に NLD の活動を再び禁止した。また、2006年以降、軍事政権や翼賛団体である連邦団結発展協会(USDA)からの嫌がらせを受け、多数の党員が脱党する事態が生じた。

亡命などによって海外にいる党員、支持者たちは、タイのメソートやバンコクなどを拠点に、海外組織である国民民主連盟(解放地域)を組織し、日本、英国、韓国などに支部を設けて民主化支援活動を展開している。

政党登録期限である2010年5月6日までに手続きを行なわず(軍事政権主導の総選挙へのボイコット)、解党。22年間の闘争活動に終止符を打った。しかし、選挙を戦うべきと主張する一部勢力によって、国民民主勢力(NDF)が結成されている。一方で公式サイトを開設し、ウェブで民主化を訴えている[2]。サイトにはアウンサンスーチーのコメントや、NLDの活動についての動画もある[3]

2010年11月に軟禁状態を解かれたアウンサンスーチーの政治活動再開をめぐって政府との軋轢もあったが、2011年7月になり両者の対話が実現。国家の発展のため協力し合うことで合意し、政府側からは NLD の政党再登録を勧める意見も出るようになり[4]、また選挙関連法規が改正されるなど状況が変化。同年11月25日には政党としての登録を行い[5]、2012年4月1日に行なわれたミャンマー連邦議会補欠選挙にアウンサンスーチーを含む44人の候補者を擁立。[6]結果は、アウンサンスーチーを含む40人が当選するという大勝だった[7]

脚注[編集]

外部リンク[編集]