津守
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[編集] 概要
西成区の西部に位置し、南北は約4km、東西は約800mの南北に細長い地域である。現在の住所表示では、北津守1-4丁目、津守1-3丁目、南津守1-7丁目が存在する。
東端に阪神高速15号堺線が通り、また西端には木津川が流れている。地域の西部で木津川を挟んで大正区に、また地域の北部では浪速区、南部では住之江区にそれぞれ接している。
域内は木津川沿いを中心に工場が広がり、住宅地と工業地が混在した下町の地域となっている。また、南津守には郊外型商業施設のロードサイド店舗が林立している。
[編集] 歴史
| 津守村 | |
|---|---|
| 廃止日 | 1925年4月1日 |
| 廃止理由 | 編入合併 西成郡・東成郡計15町29村→大阪市 (大阪市第二次市域拡張) |
| 現在の自治体 | 大阪市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 | |
| 地方 | 近畿地方 |
| 都道府県 | 大阪府 |
| 郡 | 西成郡 |
| 隣接自治体 | 大阪市・今宮町・玉出町・木津村・粉浜村 |
| 津守村役場 | |
| 所在地 | 大阪府西成郡津守村 |
| ウィキプロジェクト | |
江戸時代に「津守新田」として開発された地域である。
明治時代に入り、この地域は現在の大正区や港区にあたる新田とともに西成郡川南村となった。1897年には大阪市の第一次拡張に伴って川南村の大半が大阪市に編入されたが、津守新田にあたる地域は大阪市に編入されずに津守村として独立した。
その後1925年に大阪市の第二次市域拡張に伴い、津守村も大阪市に編入され、近隣の今宮町・玉出町・粉浜村とともに西成区に属した。
当時の地名としては西成区津守町となった。また1943年には大阪市の区の変更により、北加賀屋町の一部と桜井町の一部[1]を住吉区から西成区に編入した。また津守町のうち都市計画道路(現在の南港通)以南の地域[2]が住吉区へ編入されている。
その後当時の津守町全体を東西に分けて津守町東・津守町西となった。1973年の住居表示実施により、北津守・津守・南津守の町名ができた。
- 1698年 - 津守新田の開発が始まる。
- 1888年 - 町村制の実施により、西成郡川南村となる。
- 1897年 - 大阪市の第一次市域拡張に伴い、川南村の大部分が大阪市に編入。このとき編入されなかった津守新田は津守村として独立。
- 1925年 - 津守村が大阪市に編入。
- 1927年 - 阪堺電鉄(新阪堺)が開通。地域内を南北に縦断。(1944年、大阪市電阪堺線となる)
- 1943年 - 大阪市の区の境界変更。
- 1968年 - 大阪市電阪堺線が廃止。
- 1973年 - 千本松大橋が開通。
- 2000年 - 南津守さくら公園が完成。
[編集] 交通
南北方向に大阪府道29号大阪臨海線(新なにわ筋)が走り、芦原橋方面から北加賀屋方面を結んでいる。かつては新なにわ筋に大阪市電阪堺線(三宝線)が走っていて、地域内にも電停があったが、現在は廃止されている。
地域の東側を阪神高速15号堺線が南北方向に通り、津守出入口および玉出出入口があり、高架下には片側2車線の道路が通っている。
また東西方向には、千本松大橋および大阪府道5号大阪港八尾線(南津守交差点で新なにわ筋と合流して南に折れ、同交差点以南は新なにわ筋との重複区間となる)が大正区方面とを結んでいる。
大阪市営バスは、新なにわ筋、阪神高速15号堺線高架下の道路、大阪府道5号大阪港八尾線のそれぞれに路線を持つが、いずれの路線も2010年時点では本数は少なく、1時間に1~3本程度の運行になっている。
鉄道駅は南海汐見橋線津守駅と木津川駅が域内にある。また場所によっては、以下の駅も利用可能となっている。
[編集] 主な施設
- 大阪市の公営渡船 - 落合上・落合下・千本松
- 千本松大橋
- 大阪府立西成高等学校
- 大阪市立北津守小学校
- 大阪市立津守小学校
- 大阪市立南津守小学校
- 南大阪看護専門学校
- ひかり学園
- 津守神社
- 総合就労支援福祉施設にしなりwing
- 津守下水処理場・津守下水センター
- 西成公園
- 津守病院
- 津守保育所
- 山本第三病院
- 南津守さくら公園
- 橋村会南津守医院
- 津守商店街
- 西松屋津守店
- ホームセンターHome's南津守店
- ナニワ企業団地 - 南津守5丁目
- ジャパン南津守店
- ライフ南津守店
- くら寿司北津守店
- ホームセンターコーナン南津守店
- ジョーシン南津守店(仮称)今夏開店予定