伊東大貴

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伊東大貴
Ito Daiki.jpg
基本情報
誕生日 1985年12月27日(28歳)
出身地 日本の旗 日本
北海道下川町
選手情報
クラブ 雪印メグミルク
使用メーカー フィッシャー
ワールドカップ
シーズン 2002年-
優勝回数 4回
他の表彰台 12回
表彰台獲得数 16回
 
獲得メダル
男子 スキージャンプ
オリンピック
2014 ソチ ラージヒル団体
ノルディックスキー世界選手権
2007 札幌 ラージヒル団体
2009 リベレツ ラージヒル団体
2013 ヴァル・ディ・フィエンメ ノーマルヒル混合団体
最終更新日:2013年3月15日
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伊東 大貴(いとう だいき、1985年12月27日 - )は、日本のスキージャンプ選手。北海道下川町出身。オリンピック3大会(2006トリノ、2010バンクーバー、2014ソチ)日本代表。ソチオリンピック団体銅メダリスト。2013年世界選手権混合団体金メダリスト。

来歴・人物[編集]

元々はアルペンスキーをやっていたが、小学生の時にジャンプ競技に興味を持ち、親の目を盗んでジャンプを始める[1]

中学組で圧倒的な強さを見せていた2000年には1月10日HBCカップジャンプ競技会で、歴代最年少の14歳と14日でラージヒルの公式試合に出場し25位となっている。またこの時は試合の前に練習で飛んでいるので、葛西紀明を抜き大倉山を跳んだ当時の歴代最年少記録も樹立している(現在の記録は2007年に小学4年生でテストジャンパーとして跳んだ伊藤将充)。この伊東の快挙で、以後中学生年代でもラージヒルの大会にエントリーできるようになった。

下川商業高校を経て一時は雪印乳業への入社を決めていたが、同郷で幼なじみの千田侑也土屋ホーム入社を決めたため、自身も一転して土屋に入った。

2005年1月6日オーストリアビショフスホーフェンでのジャンプ週間最終戦でこの台のバッケンレコードとなる143mを飛び初めてW杯の表彰台(3位)に立った。また、同年3月20日にはスロベニアプラニツァで行われたW杯最終戦のフライングヒルで2本目に222.5mを飛び、19歳ながら日本人で初めて220mの壁を突破している。

豪快なジャンプスタイルだけでなく、底抜けに明るくいつも笑顔でいることや必要以上にユーモアとウィットに富んだ発言を連発することなどからも、原田雅彦の後継者として期待されている。また国内大会の表彰式などでは、撮影タイムで表彰台から降りて自分の携帯電話で他の表彰選手を撮影して観客の笑いを取ることが時折見られる。

2008年2月に結婚し新居を構えたが、その新居を手がけたのは2006年シーズン限りで現役引退し、土屋ホームの社業に専念していた千田侑也であった。

この年のサマーグランプリでは3度2位に入る活躍を見せたが、帰国後の10月6日に土屋ホームがチームへの支援を縮小したのに伴い、木下監督、伊藤謙司郎と共に10月限りで退社し、新天地を求めることが明らかになった[2] が、所属先が決まらず、土屋ホーム所属期限を12月いっぱいまで延長した後、木下監督、伊藤とともに2009年1月1日からはサッポロスキッドに名義を借りていた(大会に出場するための暫定的な措置で、山田いずみ渡瀬あゆみもサッポロスキッドの名義を借りていたことがある。)。また、1月21日には伊藤とともに日立製作所の支援を受けることが決まった。2月6日には木下監督、伊藤謙司郎と共に、携帯ショッピングサイトを手がけるモバイルコンビニの支援を受けることが発表された[3]

2009年4月1日付で雪印乳業株式会社(現・雪印メグミルク株式会社)に入社[4][5] した。

2011-2012シーズンは序盤躓いたもののすぐに好調に転じ、度々W杯の表彰台に立つようになる。一時帰国した2012年1月21日の第39回HTBカップで大倉山ジャンプ競技場のバッケンレコード(146.0m)を記録すると、好調そのままに1月28日、地元札幌でのW杯で日本人として12人目となる念願の初優勝を果たした[6]。翌29日も優勝し、日本人選手としては1999年1月の葛西紀明以来、13季ぶりのW杯連勝を達成[7]。また、2月26日にはヴィケルスンでのスキーフライング世界選手権団体戦の1本目で240.0mの日本人歴代最長不倒を達成した。3月4日のフィンランドラハティ大会では国外でのW杯初優勝を果たし、続く3月8日のノルウェートロンハイム大会で4勝目。2011-2012シーズン合計で9度表彰台に立ち、シーズン個人総合成績で自己最高の4位に入った。日本人選手が個人総合成績で10位以内に入るのは2003-2004シーズン8位の葛西紀明以来である。

2012-13シーズンはワールドカップ序盤戦を膝の故障のため欠場し、年末年始のスキージャンプ週間ガルミッシュ・パルテンキルヒェン大会から復帰した[8]。しばらくは30位台が続き、ポイントを獲得できなかったが、1月19日の札幌大会と2月16日のオーベルストドルフ大会で6位に入り復調。直後にイタリアのヴァル・ディ・フィエンメで開催された世界選手権では、伊藤有希高梨沙羅竹内択とともに出場した男女混合団体で金メダルを獲得。世界選手権後のワールドカップで2度表彰台を獲得した。

2013-14シーズンは12月8日のリレハンメル大会で3位。ソチオリンピックの日本代表にも選出されたが、オリンピック直前のワールドカップで左膝を痛めたため、ノーマルヒルは欠場し[9]、ラージヒル一本に絞り入賞まであと一歩に迫る9位。清水礼留飛竹内択葛西紀明とともに出場した団体では3番手を任され130m越えのジャンプを2本揃えて長野オリンピック以来16年ぶりのメダルとなる銅メダル獲得に貢献した。団体戦でも膝の状態は悪く2本目の着地の後に倒れこむ場面が見られ、フラワーセレモニーではまともに歩くこともできない状態であった[10]。五輪後の海外遠征はキャンセルしてシーズンを終えた。

主な競技成績[編集]

オリンピック[編集]

ノルディックスキー世界選手権[編集]

スキージャンプ・ワールドカップ[編集]

  • 通算4勝、2位5回、3位7回 (2013/12/15現在)
  • シーズン個人総合最高成績 4位(2011/12シーズン)
  • スキージャンプ週間総合最高成績 6位(2011/12シーズン)
個人総合成績(総合:W杯シーズン個人総合、4H:スキージャンプ週間総合
シーズン 総合 4H 優勝 準優勝 3位
2003/04 37位 --- 0回 0回 0回
2004/05 13位 07位 0回 0回 1回
2005/06 19位 23位 0回 1回 0回
2006/07 60位 45位 0回 0回 0回
2007/08 31位 56位 0回 0回 0回
2008/09 29位 19位 0回 0回 0回
2009/10 16位 13位 0回 0回 2回
2010/11 15位 32位 0回 0回 0回
2011/12 04位 06位 4回 3回 2回
2012/13 26位 50位 0回 1回 1回
2013/14 21位 14位 0回 0回 1回
合計 --- --- 4回 5回 7回
ワールドカップ個人表彰台
シーズン 開催日 開催地 ヒルサイズ 成績 備考
2004/05 1月6日 オーストリアの旗 ビショフスホーフェン 140 3位 スキージャンプ週間
2005/06 1月22日 日本の旗 札幌 134 準優勝
2009/10 12月20日 スイスの旗 エンゲルベルク 137 3位
1月16日 日本の旗 札幌 134 3位
2011/12 12月9日 チェコの旗 ハラホフ 142 準優勝
1月1日 ドイツの旗 ガルミッシュ・パルテンキルヒェン 140 3位 兼スキージャンプ週間
1月15日 オーストリアの旗 タウプリッツ 200 準優勝
1月28日 日本の旗 札幌 134 優勝(1)
1月29日 日本の旗 札幌 134 優勝(2)
2月12日 ドイツの旗 ヴィリンゲン 145 3位
2月18日 ドイツの旗 オーベルストドルフ 213 準優勝
3月4日 フィンランドの旗 ラハティ 97 優勝(3)
3月8日 ノルウェーの旗 トロンハイム 131 優勝(4)
2012/13 3月12日 フィンランドの旗 クオピオ 127 準優勝
3月15日 ノルウェーの旗 トロンハイム 140 3位
2013/14 12月8日 ノルウェーの旗 リレハンメル 138 3位

スキージャンプ・サマーグランプリ[編集]

  • 通算3勝、2位7回、3位1回 (2011シーズンまで)
    • 2010シーズンに総合優勝

ノルディックスキージュニア世界選手権[編集]

  • 2002年ショーナッハ(ドイツの旗 ドイツ)
    • 個人ノーマルヒル 2位
    • 団体ノーマルヒル 5位

日本国内での主な競技成績[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 日本ジャンプ陣のホープ・伊藤大貴選手と語る (PDF)”. 札幌市. 2014年10月22日閲覧。
  2. ^ “求む!スポンサー 伊東大貴が新体制へ”. スポーツニッポン. (2008年10月9日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2008/10/09/kiji/K20081009Z00000450.html 
  3. ^ “モバイルコンビニ、伊東大貴・伊藤謙司郎選手を支援”. NewsAsiaBiz. (2009年2月8日). http://asiabiz.sakura.ne.jp/first_website/newsasiabiz/2009/02/post_5983.html 
  4. ^ “伊東大貴、伊藤謙司郎選手 雪印スキー部へ入部” (プレスリリース), 全日本スキー連盟, (2009年4月1日), http://www.ski-japan.or.jp/official/saj/articles/info_20090401_02.html 2014年10月22日閲覧。 
  5. ^ チーム雪印新メンバーのご紹介 - ウェイバックマシン(2009年5月13日アーカイブ分)雪印乳業株式会社
  6. ^ http://mainichi.jp/enta/sports/general/general/news/20120129k0000m050046000c.html [リンク切れ]
  7. ^ “ジャンプ、伊東が逆転で2連勝 W杯札幌大会”. 47NEWS. (2012年1月29日). http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012012901001142.html 
  8. ^ “「昨季に恥じないよう」伊東大貴、ジャンプ週間へ”. スポーツニッポン. (2012年12月27日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/12/27/kiji/K20121227004860960.html 
  9. ^ “伊東大貴は左膝裏に痛み LHも欠場か”. 日刊スポーツ. (2014年2月13日). http://www.nikkansports.com/sochi2014/skijump/news/f-sochi-tp0-20140213-1256796.html 
  10. ^ “4人でつかんだ銅 膝痛に耐えた伊東「最後までもってよかった」”. スポーツニッポン. (2014年2月18日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/02/18/kiji/K20140218007613810.html 

外部リンク[編集]