伊勢進富座

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伊勢進富座
SHINTOMIZA
Ise-Shintomiza.jpg
情報
通称 進富座
正式名称 伊勢進富座
旧名称 伊勢東映、レック
開館 2002年7月
客席数 本館:120席、別館:48席
設備 2スクリーン(DS/DSR)
用途 映画館
旧用途 芝居小屋
運営 水野昌光
所在地 516-0078
三重県伊勢市曽祢二丁目8番27号
位置 北緯34度29分46.3秒 東経136度41分58.3秒 / 北緯34.496194度 東経136.699528度 / 34.496194; 136.699528座標: 北緯34度29分46.3秒 東経136度41分58.3秒 / 北緯34.496194度 東経136.699528度 / 34.496194; 136.699528
アクセス 近鉄宮町駅から徒歩約5分
公式サイト http://www.h5.dion.ne.jp/~shintomi/

伊勢進富座(いせしんとみざ)は、日本の映画館である[1]。1927年(昭和2年)に三重県伊勢市芝居小屋として開業し、5年間の貸館期間を経て2002年平成14年)からは単館系ミニシアターとして運営する[1][2]

2013年(平成25年)現在、伊勢市内に存在する唯一の映画館である[3]。フィルム映画の上映にこだわってきたが、2013年(平成25年)8月末にデジタル映画の設備を導入した[4]

沿革[編集]

  • 1927年 - 芝居小屋として開館[1]
  • 1950年4月17日 - 改築落成[1]
  • 1953年3月 - 映画館に業態変更、進富映画劇場と改称[1]
  • 1956年 - 伊勢東映と改称[1]
  • 1980年12月20日 - 新館落成・開館[1]
  • 1982年4月23日 - 伊勢東映横に伊勢ロマン劇場を開館[1]
  • 1983年3月 - レックと改称[1]
  • 1997年11月24日 - 両館とも閉館、貸し出されて伊勢エクラン1・2(経営・有限会社世界館)に改称
  • 2002年7月6日 - 本館のみを進富座として再開館[1]
  • 2006年4月1日 - 別館を進富座別館として再開館[1]

データ[編集]

特徴[編集]

家族経営の映画館で、2つのスクリーンを有する[7]。目標入館者数を月1,500人としているが、達成できない月もあり[8]、収益は「レック」を名乗っていた頃の4分の1程度と厳しく、近隣のシネマコンプレックスイオンモール明和109シネマズ明和など)と競合しながらも営業を続けている[3]

経営者が映画ファンに見てもらいたいと思う映画を選んで上映する[2]。経営者は映画評論家のおすぎと親交があり[9]、おすぎは毎年進富座を訪ねている[10]。映画評論家や映画監督を招いたトークイベントを多く開いている[8]。そのほか小学生の映写室見学受け入れや自閉症児の貸切上映などの実績もある[8]

同館の経営者は、映画館が残っているかどうかは町の「文化力」を表していると考えており[11]、各種イベントを開催している[2]

歴史[編集]

前史[編集]

進富座の前身は、1879年(明治12年)に開場した「宮後町芝居」であり、こけら落としとして7月5日に関西大歌舞伎の俳優らが演舞を行った[12]1887年(明治20年)頃には、喜多博親らの出資によって古市町の長盛座に対抗できるような芝居小屋として新町(曽祢)に「新福座」が建設されるも、1891年(明治24年)10月1日に焼失している[13]。翌1892年(明治25年)11月13日に再建、翌11月14日はこけら落とし無料開放、角藤定憲による壮士演劇「雪中梅花間鶯」を上演、連日満員を記録した[13]。しかし1908年(明治41年)1月17日夜半に隣家の火災に巻き込まれて焼失、同年10月5日にこけら落としをして「新明座」に改称して再出発した[14]1921年(大正10年)頃、理由不明ながら「新富座」に改称している[15]

昭和初期に「新富座」の名で芝居小屋として開館した[11]。開館した場所は、江戸時代から芝居小屋のある地であった[16]1945年(平成20年)7月29日宇治山田空襲により焼失する[17]1946年(昭和21年)12月に「進富座」に名を改めて再開館、宇治山田市内では同年11月に開館した「平和座」と歌舞伎興行でしのぎを削った[17]1950年(昭和25年)4月17日には都市計画の都合で移転した[18]1951年(昭和26年)8月11日は宇治山田市の劇場における最後の歌舞伎興行が進富座で行われ、三代目市川左團次の襲名披露や『番町皿屋敷』、『素襖落』、『義経千本桜』、『与話情浮名横櫛』、『お国と山三』などが上演された[19]

映画館として[編集]

1953年(昭和28年)3月に映画館に転向し[20]、「進富映画劇場」に改称した[3]長野県飯田市出身の堀保麿が、帝国座支配人の娘・水野きみと共同経営の形で開館した[19]。その後、「伊勢東映」(1956年〔昭和31年〕改称[3])や「レック」(1983年〔昭和58年〕改称[3])に改称しながら映画館として続いてきた。以後は代々水野家が運営を行っている[19]。1984年(昭和59年)時点では、伊勢レックIと伊勢レックIIの2館体制で、ともに平屋建てであり、伊勢レックIは木造で200人収容、伊勢レックIIは鉄筋造で120人収容であった[21]。ほかに伊勢市内には伊勢世界館(別館は第二世界館)とパール劇場(別館は伊勢シネマ)の3館の映画館が営業していた[21]

1995年(平成7年)になるとパール劇場は既に姿を消し、伊勢市の映画館は伊勢レックと世界館の2館となった[22]。伊勢レック1・2ともに鉄筋造となり、伊勢レック1は156人収容、伊勢レック2は80人収容に縮小した[22]1997年(平成9年)11月24日に都合により一時休館となった[16]。再開までの期間、建物は有限会社世界館に貸し出されて「伊勢エクラン1・2」として運用され、経営者は愛媛県で非常勤の学芸員となった[3]

2002年(平成14年)7月、屋号を元の「進富座」に戻し、映画館を再開した[16]2006年(平成18年)には別館も開いた[3]2010年(平成22年)1月23日、地元でロケーション撮影された映画『半分の月がのぼる空』の試写会が行われた[23]。同年3月27日からは先行上映が始まった[16]

2011年(平成23年)に発生した東日本大震災岩手県一関シネプラザが被災した際には、復興に協力した[24]2012年(平成23年)には日本放送協会の取材を受け、同年5月30日に同局の番組クローズアップ現代』で「フィルム映画の灯を守りたい」の題で取り上げられた[7]2012年(平成24年)末から長期休館が続き、三重県内外のファンから先行きが注視されたが、2013年(平成25年)1月26日から「進富座第二幕」として再開した[25]。2013年(平成25年)8月末、デジタル映画の上映設備を導入した[4]。フィルム映画用の映写機は旧作上映のために2台残した[4]

周辺[編集]

映画館の周辺は商店街になっている[8]。最寄駅は近鉄山田線宮町駅で、同駅から徒歩約5分、近鉄・JR伊勢市駅からは徒歩約15分である[5]三重県道37号鳥羽松阪線の北側、三重県道60号伊勢松阪線の東側にある。駐車場は30台[6]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l 進富座資料館、伊勢進富座、2013年8月21日閲覧。
  2. ^ a b c 三重映画フェスティバル実行委員会"三重映画フェスティバル実行委員会 「進富座」"<ウェブ魚拓>(2013年7月19日閲覧。)
  3. ^ a b c d e f g 宿南達志郎"映像マネジメント(第11回)ミニシアター、コミュニティシネマ"<ウェブ魚拓>立命館大学映像学部、2013年6月21日(2013年7月19日閲覧。)
  4. ^ a b c 川原田喜子“「進富座」時代の波 フィルムからデジタルへ 伊勢の単館系映画館 きょうから特別企画 「黒部の太陽上映」”2013年9月28日付中日新聞朝刊、三重総合28ページ
  5. ^ a b c d e 映画.com"伊勢進富座本館(伊勢市:三重県)上映スケジュール・上映時間"(2013年7月19日閲覧。)
  6. ^ a b c d e MovieWalker"伊勢・進富座の上映スケジュール・料金・設備"(2013年7月19日閲覧。)
  7. ^ a b 日本放送協会"フィルム映画の灯を守りたい - NHK クローズアップ現代 - NHKオンライン"<ウェブ魚拓>
  8. ^ a b c d 増田(2004):35ページ
  9. ^ 東海テレビ放送"4月26日の放送内容 - 東海テレビ|スタイルプラス"<ウェブ魚拓>2009年4月26日(2013年7月19日閲覧。)
  10. ^ 東海テレビ放送"スタイルプラス"<ウェブ魚拓>2009年4月26日(2013年7月19日閲覧。)
  11. ^ a b (財)三重県文化振興事業団(2010):5ページ
  12. ^ 久保(1996):35ページ
  13. ^ a b 久保(1996):36ページ
  14. ^ 久保(1996):39ページ
  15. ^ 久保(1996):40ページ
  16. ^ a b c d 「半分の月がのぼる空」のロケ地をめぐる旅 - 伊勢志摩の旅よいとこせ”. アイティービー. 2013年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月19日閲覧。
  17. ^ a b 久保(1996):42ページ
  18. ^ 久保(1996):46ページ
  19. ^ a b c 久保(1996):48ページ
  20. ^ 伊勢市 編(1968):468ページ
  21. ^ a b 日本映画製作者連盟配給部会 編(1984):89ページ
  22. ^ a b 日本映画製作者連盟配給部会 編(1995):80 - 81ページ
  23. ^ 伊勢新聞"伊勢が舞台「半分の月がのぼる空」 進富座で映画試写会 市民ら招待"<ウェブ魚拓>2010年1月24日、47NEWS(2013年7月19日閲覧。)
  24. ^ 名駅経済新聞"名駅の映画館「シネマスコーレ」のスタッフらが被災地へ-映写機を修理"2011年4月18日(2013年8月5日閲覧。)
  25. ^ FM三重"パワーパーソン!!"<ウェブ魚拓>2013年1月24日(2013年7月19日閲覧。)

参考文献[編集]

  • 伊勢市 編『伊勢市史』伊勢市役所、昭和43年3月31日、954p.
  • 久保仁『三重県の劇場史 興亡の三百七十余年』三重県郷土資料叢書第106集、三重県郷土資料刊行会、平成8年3月18日、230p.
  • 『Mnews第82号』、財団法人三重県文化振興事業団、2010年9月、p.15.
  • 『半世紀の「灯」』増田愛子、朝日新聞朝刊、2004年9月26日付、三重版p.35.

外部リンク[編集]