二上達也

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二上 達也(ふたかみ たつや、1932年1月2日 - )は、将棋棋士。1990年、引退。タイトル獲得通算5期。

渡辺東一名誉九段門下。棋士番号は57。

日本将棋連盟会長(1989年 - 2002年)。

北海道函館市出身。北海道立函館高校(現北海道函館中部高等学校)卒業。

目次

[編集] 棋歴

全盛期の大山康晴に対して孤軍奮闘した棋士である。大山との対戦成績は45勝116敗で大きく負け越しているが、大山の五冠独占を二度も崩している。特に、1959年度から1966年度までの8年間にタイトルを獲得した棋士は、大山と二上の2名だけである。

1949年、17歳のときにアマ名人戦北海道代表。

1950年、奨励会に二段で入会。同年、18歳で四段昇段(プロ入り)。順位戦で初参加から3年連続昇級して、一気にB級1組に上がる。さらに1年の間を置いて1956年にA級八段となる。入門から八段まで6年間という最短記録は、その後も破られていない。

初のタイトル挑戦は第10期(1959年度)九段戦であり、大山康晴三冠王(名人、九段、王将を独占)と戦ったが3勝4敗で敗れる。その直後の第9期王将戦でも挑戦。大山との十四番勝負のようになった。しかし、こちらも2勝4敗で敗退。

第10期(1960年度)王将戦、第12期(1961年度)九段戦、第21期(1962年)名人戦では、四冠王の大山(新設の王位も含めて独占)と対決するが、いずれも敗退。

そして、第12期(1962年度)王将戦では、今度は五冠王となっていた大山(新設の棋聖も含めて独占)を4勝2敗で破り、ついに、初のタイトルとなる王将を獲得。大山の全冠独占を初めて崩した棋士となる。

翌年度、王将を大山に奪還され、五冠復帰を許してしまう。大山は、タイトル19連続獲得で他の誰にもタイトルを渡さぬ驚異的な勢いで五冠王を維持していたが、二上はタイトル戦で大山に挑み続けた。

そして、第8期(1966年度前期)棋聖戦で大山を3勝1敗で破り、再び大山のタイトル独占を崩す。しかし、半年後に大山に棋聖位を奪還され、再び五冠独占を許してしまう。

以上、1969年度までの18回のタイトル戦登場は、いずも大山が相手であり、そのうち、二上の獲得は2回であった。

1980年度後期の第37期棋聖戦で米長邦雄を破り、14年半ぶりにタイトル獲得。その後も1981年度の前期、後期で棋聖位を防衛し3連覇。もう1期で永世棋聖(通算5期)となるところであったが、1982年前期に森雞二によって奪われ、チャンスを逸した。

公式戦で弟子の羽生善治と対局して負けたのが現役引退を決意した理由のひとつだと語っている(1989年3月10日第11回勝ち抜き戦)。その1年後、順位戦B級1組在籍中の鮮やかな退き際は話題を呼んだ。

[編集] 人物

ニックネーム
  • 「ガミさん」のニックネームで親しまれる[1]
  • 若いときには「函館の天才」と呼ばれた[1]。また、その容姿から、「北海の美剣士」とも呼ばれた。
  • カラオケが大好きなことから、「マイク二上」と呼ばれることもある。

[編集] 昇段履歴

  • 1950年 二段 = 奨励会入会
  • 1950年 四段 = プロ入り
  • 1952年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 1953年4月1日 六段(順位戦B級2組昇級)
  • 1954年4月1日 七段(順位戦B級1組昇級)
  • 1956年4月1日 八段(順位戦A級昇級)
  • 1973年11月3日 九段(九段昇格規定30点)
  • 1990年3月 引退

[編集] 主な成績

通算成績
856勝 752敗

[編集] タイトル

(詳細は末尾の表を参照)

  • 棋聖 4期(1966年度前期=第8期、1980年度後期=第37期~1981年度後期=39期)
  • 王将 1期(1962年度=第12期)
タイトル戦登場回数26、獲得合計5

[編集] 一般棋戦優勝

優勝合計5回

[編集] 在籍クラス

  • 順位戦A級 通算27期(第11期=1956年度~第30期…第36期=1977年度~第38期[2], 第40~41期, 第44~45期)
  • 竜王戦1組 通算3期(第1期=1988年~第3期)

[編集] 将棋大賞

  • 第8回(1980年度) 最優秀棋士賞
  • 第17回(1989年度) 特別賞
  • 第31回(2003年度) 東京将棋記者会賞

[編集] 記録

  • 二段~八段昇段最速6年、入門~八段最速6年

[編集] 栄典

[編集] 主な著書

[編集] タイトル戦全成績

年度 タイトル 勝敗 相手 備考
1959 九段 ○○●●●○● 大山康晴
1959 王将 ●○●千●○● 大山康晴
1960 王将 ○○●●●● 大山康晴
1961 九段 ○○●●●● 大山康晴
1962 名人 ●●●● 大山康晴
1962 王将 ●○○○●○ 大山康晴 奪取(大山の五冠独占を崩す)
1963 棋聖・前 ●●● 大山康晴
1963 王将 ●●● 大山康晴 防衛失敗(大山が再び五冠独占)
1964 名人 ○●●○●● 大山康晴
1964 王位 ●●○○●● 大山康晴
1965 十段 ●○●●○○● 大山康晴
1965 棋聖・後 ●○○●● 大山康晴
1966 棋聖・前 ○●○○ 大山康晴 奪取(再び大山の五冠独占を崩す)
1966 十段 ○●●●● 大山康晴
1966 棋聖・後 ●●● 大山康晴 防衛失敗(大山が三たび五冠独占)
1967 名人 ●●●○● 大山康晴
1967 十段 ●○持●●● 大山康晴
1969 王将 ●○●●● 大山康晴
1971 棋聖・後 ●○●● 中原誠
1975 棋聖・前 ●○●● 大山康晴
1975 棋聖・後 ●●● 大山康晴
1978 棋聖・後 ●○●● 中原誠
1980 棋聖・後 ●○○○ 米長邦雄 奪取
1981 棋聖・前 ○○○ 中原誠 防衛
1981 棋聖・後 ○○○ 加藤一二三 防衛(連続3期、通算4期)
1982 棋聖・前 ●●● 森雞二 防衛失敗(永世棋聖獲得を逸する)

[編集] 脚注

  1. ^ a b c将棋世界」2000年1月号付録
  2. ^ 第30期までの順位戦の期数は、名人戦の期数に対して5期のずれがあり、第36期から名人戦と順位戦の期数がそろえられた。このため、第31~35期の順位戦は存在しない。つまり、第11期から第38期までは連続23期のA級在籍である。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク