久我山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 久我山 | |
|---|---|
| 久我山駅北口 | |
| 座標: 北緯35度41分16秒 東経139度35分59秒 / 北緯35.68778度 東経139.59972度 | |
| 国 | |
| 都道府県 | 東京都 |
| 特別区 | 杉並区 |
| 人口 (2011年(平成23年)10月1日現在) | |
| - 計 | 19,175人 |
| 等時帯 | JST (UTC+9) |
| 郵便番号 | 168-0082 |
久我山(くがやま)は、東京都杉並区にある地名。現行行政地名は久我山一丁目から久我山五丁目。住居表示実施済み区域である。人口は19,175人[1]。郵便番号は168-0082。
目次 |
地理 [編集]
杉並区の南西部に位置する。北部は杉並区宮前・松庵と接する。北西部は三鷹市井の頭・武蔵野市吉祥寺南町に接する。西部は三鷹市牟礼に接する。南部は世田谷区北烏山に接する。南西部は杉並区上高井戸に接する。東部は杉並区高井戸西に接する。
町域内を神田川と玉川上水が流れ、その両岸にあたる[2]。玉川上水には、上水を挟んで両側に未舗装の土の遊歩道が見られ、上水の水と緑とあいまって区部有数の貴重な武蔵野の原風景を形成しているが、東京都がすすめる大規模な放射五号線道路計画の対象となっている。また、当地域内を人見街道が横断している。
久我山駅周辺は久我山連合商店会[3]の商店街があり、地域コミュニティーの中心としての役割も担っている。周辺地域の多くは閑静な住宅街からなる。駅から離れた地点では、農地もたまに見られる。また、町域内は企業や団体のグラウンドや運動施設も複数見られ、広場や公園が多い。久我山駅の程近くに久我山稲荷神社がある。
歴史 [編集]
「くが」とは空閑地や陸地のことであり、武蔵野の新開地の意と推測される[2]。古くは久ケ山とも[4]。
江戸時代から1889年までは江戸幕府領久我山村であった[2]。文化文政時代は64戸、水利は玉川上水、鎮守神は久我山稲荷神社であった[5]。
沿革 [編集]
- 1889年5月1日 - 町村制施行により、東京府東多摩郡大宮前新田、松庵村、久我山村、中高井戸村、上高井戸村および下高井戸村が合併し、東多摩郡高井戸村大字久我山となる。
- 1896年4月1日 - 東多摩郡が南豊島郡と合併し豊多摩郡となる。
- 1926年7月1日 - 町制施行し、豊多摩郡高井戸町大字久我山となる。
- 1932年10月1日 - 東京市へ編入され、杉並区[6]久我山一丁目から三丁目までとなる[2]。
- 1933年8月1日 - 久我山駅が開業。
- 第二次世界大戦末期 - B-29を撃墜するために開発された当時世界最大の五式十五糎高射砲が2門配置されていた[7]。
- 1949年4月1日 - 久我山大学が開学[8]。
- 1950年12月28日 - 久我山大学が閉学[9]。
- 1967年 - 立教女学院短期大学が開学。
- 1969年3月1日 - 住居表示を実施し、久我山一丁目から三丁目までは、高井戸西一丁目および久我山一丁目から五丁目までとなる[10]。
町名の変遷 [編集]
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前 |
|---|---|---|
| 久我山一丁目 | 1932年10月1日 | 大字久我山(全域) |
| 久我山二丁目 | ||
| 久我山三丁目 |
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ各町丁ともその一部) |
|---|---|---|
| 久我山一丁目 | 1969年3月1日 | 久我山二丁目、上高井戸二丁目 |
| 久我山二丁目 | 久我山一丁目、久我山二丁目、上高井戸三丁目 | |
| 久我山三丁目 | 久我山二丁目、久我山三丁目 | |
| 久我山四丁目 | 久我山一丁目、久我山二丁目、久我山三丁目 | |
| 久我山五丁目 | 久我山一丁目、上高井戸五丁目 | |
| 高井戸西一丁目 | 久我山一丁目、上高井戸三丁目、上高井戸五丁目 |
交通 [編集]
京王井の頭線の久我山駅が設置されている。久我山駅は急行停車駅で利便性もいい。また東端部には富士見ヶ丘駅があり、町域内東部はこちらの方が近い。西端部付近は三鷹市井の頭にある三鷹台駅が近く、これが利用される。
施設 [編集]
- 立教女学院短期大学
- 立教女学院中学校・高等学校
- 立教女学院小学校
- 國學院大學久我山中学校・高等学校
- 旧NHK富士見ヶ丘運動場 - 2006年(平成18年)3月31日に閉鎖。現在は杉並区が管理している。
- NHK富士見ヶ丘クラブハウス - 前川國男の設計。1954年(昭和29年)建設。
- 岩崎通信機
- 京王電鉄富士見ヶ丘検車区
- 久我山稲荷神社
脚注 [編集]
- ^ 2011年(平成23年)10月1日現在、住民基本台帳による
- ^ a b c d 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典14.東京都』、1978年、ISBN 4040011309
- ^ (振)久我山商店会、久我山南銀座会、久我山平和会にて構成
- ^ 『武蔵田園簿』、『元禄郷帳』、『新編武蔵風土記稿』
- ^ 『新編武蔵風土記稿』
- ^ 1932年5月24日東京府告示第311号
- ^ 久我山二丁目の、現在の国立印刷局久我山運動場・野球A面のライト線あたり
- ^
1949年(昭和24年)5月16日文部省告示第126号: 大学の設置を認可した件 - ウィキソース - ^
1951年(昭和26年)1月16日文部省告示第1号: 久我山大学を廃止することを認可した件 - ウィキソース - ^ 1969年(昭和44年)3月31日自治省告示第64号「住居表示が実施された件」
| 武蔵野市吉祥寺南町 松庵 | 宮前 | |||
| 三鷹市井の頭 | 高井戸西 | |||
| 三鷹市牟礼 | 世田谷区北烏山 | 上高井戸 |
|
||||||||||||||