チャイナエアラインの航空事故
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(中華航空機墜落事故 から転送)
チャイナエアラインの航空事故(チャイナエアラインのこうくうじこ)では、チャイナエアライン(旧・中華航空(1995年まで)を含む)の航空機による事故について解説する。なお、機体が全損しないまでも、負傷者を出したりしたため、大きく報道された航空事故も含まれている。
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[編集] 墜落事故
- 1971年11月20日:中華航空825便(シュド・アビアシオン カラベル、機体記号B-1852)、大阪国際空港から台湾・台北を経由して香港へ向かっていたが、台湾海峡でテロ(当局の発表もあり有力な説であると言われているが、テロであるとの確証はない。)により空中爆発し墜落。乗客乗員25人の全員が死亡した。
- 1986年2月16日:中華航空2265便、(ボーイング737-200、機体記号B-1870)台北から澎湖諸島に向かっていたが、着陸寸前に近くの海上に墜落。乗員乗客13名全員が死亡した。なお同機は1969年に製造され、以前全日空が運航かつ日本で最初に導入されたボーイング737(元JA8401)であった。
- 1989年10月26日:中華航空204便、(ボーイング737-200、機体記号B-180)が台湾中部の花蓮から台北にむけて離陸して3分後に、パイロットが出発経路を誤ったため山腹に激突。乗員乗客54名全員が死亡した。
- 1991年12月29日:中華航空358便(貨物便)、ボーイング747-200F(機体記号B-198)が上昇中に第3エンジンを主翼に止めるヒューズピンが破断し脱落。同時に第4エンジンも脱落し台北の北東約20Kmに墜落。乗員5名の全員が死亡した。
- 1994年4月26日:中華航空140便(エアバスA300-600R、機体記号B-1816)、旧名古屋空港着陸時に副操縦士が誤って着陸復航モードの自動操縦状態にしてしまい、その状態のまま無理矢理着陸しようとするも上手くいかず、そのため着陸復航しようとするも、機首上げ操作のみが作動したため垂直上昇しすぐに失速して墜落。乗客乗員271人中264人が死亡し、7人が重傷を負った。この事故では損害賠償を巡って2003年まで争われた。(中華航空が責任を認めた)日本国内で起こった中華航空の墜落事故は本件のみなので、日本国内では単に中華航空機墜落事故と呼ばれている。
- この事故の後、1995年に日本名呼称を「チャイナエアライン」に変更
- 1998年2月16日:チャイナエアライン676便墜落事故(エアバスA300-600R、機体記号B-1814)、台北中正国際空港(現・台湾桃園国際空港)の近くの住宅街に墜落、202人が死亡した。(乗客乗員全員と近隣住民) 上の140便の事故と機体が同じ(エアバスA300-600R)であり、しかも状況(着陸態勢)や理由(着陸復航のために自動操縦モードを解除した後、垂直に近く機首が上がって失速したため)が酷似していたため、チャイナエアラインは大きな批判を浴びた。
- 1999年8月22日:チャイナエアライン642便着陸失敗事故(マクドネル・ダグラス・MD-11、機体記号B-150)、香港国際空港に台風による強い風の中を着陸しようとしていた、バンコク発香港経由台北行きの旅客機(機体塗装はマンダリン航空)が、台風の突風に煽られて機体が傾いたため、主翼から接地し機体がひっくり返って爆発炎上。幸い火はすぐに消し止められたが、乗客が3名死亡し、208名が重軽傷を負った。現在の香港国際空港初の人身死亡事故となった。
- 2002年5月25日:チャイナエアライン611便空中分解事故(ボーイング747-200、機体記号B-18255)、台湾海峡上空で同機体が過去に離陸時にしりもち事故を起こした時の機体スキンの修理が不適切だったため、金属疲労による亀裂が発見されることなく徐々に進行していった。そしてついに空中分解して墜落。乗客乗員225人の全員が死亡した。
[編集] 重大インシデント
以下の項目は飛行中に事故が発生したものの墜落を免れたり、地上滑走中に事故に遭遇した事故のうち、大きく報道されたものである。
- 1985年2月18日:中華航空006便(ボーイング747SP、機体記号N4522V)、台北よりロサンゼルスへ向かう途中、第4エンジンが異常により停止。本来なら自動操縦を解除し、方向舵を操作して機体のバランスを図るべきところだが、機長ら操縦乗員は自動操縦に依存し過ぎていたため、やがて機体が失速速度まで減速し、サンフランシスコの沖合できりもみ状態になって降下した。およそ2分間で1万メートル近くも垂直降下したが、途中偶然にもランディングギア(車輪)が出たため、エアブレーキの働きをし、機体のバランスを取り戻すことに成功し、サンフランシスコ国際空港に緊急着陸。機体は大きく損傷し、重軽傷者多数を出したものの、幸い死者はでなかった。
- 1993年11月4日:中華航空605便(ボーイング747-400 機体記号B-165)、香港の啓徳空港に着陸進入中に滑走路半ばに接地してオーバーランし、滑走路先の海中に落下し23名が負傷した。いわゆる香港カーブという操縦士にとって非常に技量が試される所で、台風の強風に煽られ操縦ミスを犯したのが原因。同機は完成して1年も満たなかった新品でありボーイング747-400が全損する初の事故であった。当該機は垂直尾翼が爆破された後引き上げられ解体された。
- 2003年9月20日:チャイナエアライン111便(エアバスA300-600)福岡空港から台北向けて離陸直後、ノーズギアの格納扉が閉じていないことを示す警告灯が点灯したため1時間後に福岡空港へ緊急着陸した。問題の格納扉を取り外した後で再度出発したが、やはりノーズギアが格納できず、再び福岡空港に緊急着陸した。乗客210名に怪我人はなかった。結局、同機の運航は中止となり、乗客は約10時間遅れで代替機による臨時便で台北に向かった。
- 2007年8月20日:チャイナエアライン120便(ボーイング737-800、機体記号B-18616)、台北からの定期便が沖縄県の那覇空港に着陸、タキシング後、駐機スポットに停止する寸前で燃料の漏出と右エンジンからの出火が確認され、乗客全員が避難した後に爆発、全焼した。乗員乗客に死者は無かった。事故機は2002年に製造されたが、スラットに取り付けられていたボルトが脱落し、これがスラットの可動部に押されて燃料タンクを突き破り、燃料が大量に漏出したのが主な原因と見られる。詳細な原因については調査中である(2007年8月31日現在)。
- 2007年9月20日:チャイナエアラインのチャーター機(ボーイング737-800,B-16805)が佐賀空港に着陸した際、胴体後部ドア付近に77cmの亀裂が見つかった。原因は機内のトイレなどの水漏れによる腐食であった。10月5日午後、仮修理を終えて乗員2名のみで台湾に向けて離陸途中、滑走路をオーバーランし過走帯灯1個を破壊したものの、かろうじて離陸に成功した。その後計器表示に異常があったため、佐賀空港に引き返した。原因は、ピトー管に虫が詰まっていたためであった。10月11日、無事に台湾へ帰還した。

