ミリタリーケイデンス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カリフォルニア州フォートジャクソン基地の行進訓練においてミリタリーケイデンスを唱和する隊員(2008年撮影)

ミリタリーケイデンス(英:military cadence)は軍隊訓練時に唱和される行進曲労働歌の一種である[1]警察学校消防学校の訓練でも唱和される。

ケイデンスコール (cadence call)とも称される。また、しばしば歌詞に架空の人物「ジョディ」が登場することから、ジョディコール (jody calls)、ジョディーズ (jodies) とも称される[2]。日本語では訓練歌歩調連続歩調と呼ばれる。

概要[編集]

テキサス州ラックランド空軍基地におけるアメリカ空軍の行軍訓練風景。手前の人物が教練軍曹である。(2009年撮影)
ミリタリーケイデンスを唱和しながらボストンファニエル・ホール前の通りを行進するアメリカ海軍の兵士。(2006年撮影)

ミリタリーケイデンスはシンプルなコールアンドレスポンスを基本形式とした労働歌の一種であり、一人のリーダー(訓練の際は教練軍曹が行うことが多い)の呼びかけにその他の隊員が答える形式で一定のリズムを保って唱和される[1][2][3]。ケイデンス (英:cadence) とは本来「韻律」、「リズム」という意味だが、走者の足音がリズムを刻むことから軍隊の労働歌をミリタリーケイデンスと呼ぶようになった。

ミリタリーケイデンスは軍隊でのランニング、行進、行軍及びその訓練の際に唱和される。特にアメリカ軍ではアメリカ独立戦争北軍プロイセン王国陸軍士官フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シュトイベン(フォン・シュトイベン男爵)を招いた際、他の基本教練技術と共に取り入れられて以来、新兵訓練において必修科目となっている[1]

ミリタリーケイデンスの目的はこれを合唱することによって部隊の士気が盛り上がり、隊員同士のチームワークと助け合いの精神、規律が高まることである[1]。さらに、後述するジョディコールなどで兵士のホームシックを和らげたり[4]、軍や上官への文句を歌詞に盛り込むことで兵士の不満をガス抜きするという目的もある[4]。また、19世紀までの戦闘においては自軍をより多勢に見せることや[1]歩兵部隊の行軍速度を上げること[3]、味方同士の意思疎通[3]、さらにはマスケット銃に弾を込め、発射するまでのリズムをとるという目的もあった。

同じケイデンスでもランニングの際や、陣形を整える際には急速なテンポで唱えることもある。

ジョディ・コール[編集]

マール・ハガード

ミリタリーケイデンスはジョディ・コールとも呼ばれるが、その理由はミリタリーケイデンスの歌詞にしばしば「ジョディ」(Joady、Jody、Jodie、Joe D.、Joe the~"などと表記される)という架空の男性が登場するからである[2]。ジョディは軍の厳しい生活とは対照的に裕福で不自由ない生活をしており、模範的軍人とは正反対の性格をしているが、軍人が家にいない間彼らの恋人(スージー (Susie) と呼ばれることが多い)を誘惑し、好意を抱かせる人物であると皮肉的且つユーモラスに描写される[2]。ジョディという名前はアフリカ系アメリカ人伝承されてきたフォークソング(フォークロア)の一種「Joe the Grinder」から派生したものであり[4]、アメリカ人カントリー歌手マール・ハガードの「The Old Man of the Mountain」などでも歌いこまれている[5]

研究家のケント・ラインベリーはジョディという架空の人物をコケにしながら繰り返しミリタリーケイデンスを唱和することで兵士達は家庭生活から切り離され、勇敢で攻撃的な軍人精神を身に着けやすくなるとしている[4]

代表的な曲[編集]

ミリタリーケイデンスの代表的な曲は「コオル老王」、「Blood Upon the Risers」、「I Wish All the Girls Were」、「Irene Irene」、「陸軍は進んで行く」、そして次に紹介する「Sound off」などである。「Sound off」、またの名を「Duckworth Chant」というこの曲は第二次世界大戦中の1941年にアメリカ軍のウィリー・ダックワース二等兵[6]によって作詩されたものである[7][8](歌詞全文はリンク先を参照)。

Ain't no use in goin' home
Jody's got yo' gal an' gone.
Sound-off; 1 - 2
Sound-off; 3 - 4
Cadence count
1 - 2 - 3 - 4
1 - 2 — 3 - 4.

ウィリー・ダックワース作、[8]

日本語訳

家に帰っても意味ないさ
だって君の彼女はジョディと駆け落ちさ
叫べ、イチニー
大声で、サンシー
リズムにあわせて
イチニーサンシー
イチニーサンシー

(訳者意訳)

同楽曲は1951年5月7日にヴォーン・モンローと彼のオーケストラによって録音され、RCAレコードから発売された[9]

批判と歌詞の変遷[編集]

幾つかのミリタリーケイデンスの歌詞はわいせつであったり、差別的、あるいは過度に暴力的で残酷な表現が含まれているため兵士からも批判されることがある[10]。例えば、ベトナム戦争時に作詩された「Napalm Sticks to Kids」の歌詞は以下のようなものであった[10]

Bomb the village
Kill the people
Throw some napalm in the square
Do it on a Sunday morning
Kill them on their way to prayer
Ring the bell inside the schoolhouse
Watch the kiddies gather round
Lock and load with your 240
Mow them little motherfuckers down

[10]

日本語訳

村を爆撃
皆殺し
広場にナパーム弾を落とせ
日曜の朝
敵が祈りに出かける途中に殺せ
学校のチャイムを鳴らせ
ガキどもが集まるのを見ろよ
M240機関銃は撃つ用意
クソガキどもをなぎ払え

(訳者意訳)

多くのイラク戦争退役軍人がこのような残酷な内容のミリタリーケイデンスを強要され不快な思いをしたと語っている[11][12]。時にはこうした批判を受けて歌詞が変更されたり、きれいな歌詞に書き換えたものが別に制作されることもある。歌詞の変更は批判を受けた場合に限らず、軍のしきたりや戦闘様式、または流行語の変化によることもある。

ポピュラー文化における描写[編集]

ミリタリーケイデンスは映画やポピュラー音楽にもしばしば採り上げられている。1987年に公開され、興行成績4千6百万ドルのヒットとなったアメリカ映画『フルメタルジャケット』では海兵隊訓練所の新兵訓練シーンでマシュー・モディーン演じる主人公達がミリタリーケイデンスを唱和していた。1988年に日本で発売されたファミリーコンピュータ用ゲームソフトファミコンウォーズ』のCMは、その『フルメタルジャケット』の訓練シーンをパロディ化し、ミリタリーケイデンスのリズムに乗せて「ファミコンウォーズが出るぞ かあちゃんたちには内緒だぞ」と歌ったものであった[13]

1995年にデビューしたドイツの音楽グループ「キャプテン・ジャック」は、「CAPTAIN JACK」や「DRILL INSTRUCTOR」といった明らかにミリタリーケイデンスをモチーフにした曲を出している。また、日本のお笑い番組「ぐるぐるナインティナイン」にかつてあったコーナー「チビッコ調査部隊」では岡村隆史がチビッコ達を引き連れて登場する際、相方の矢部浩之をおちょくった内容のミリタリーケイデンスを歌っている(例:「岡村隆史は人気者~、矢部浩之は浮気者~」)。

また、1990年のアメリカ映画ミリタリー・ブルース』の原題は"Cadence"である[14]。アメリカ人ミュージシャンのバズ・オズボーンはアルバム『THE BRIDE SCREAMED MURDER』の多くの楽曲でミリタリーケイデンスを取り入れている[15]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e Campbell (1830) pp.29 - 30
  2. ^ a b c d Taylor (2009)pp.183 - 184
  3. ^ a b c Duane (1809) pp.114 - 117
  4. ^ a b c d Lineberry, Kent (November 2002). "Cadence Calls: Military Folklore in Motion", Missouri Folklore Society.
  5. ^ "Merle Haggard: Old Man From The Mountain Lyrics", MetroLyrics.com.
  6. ^ 彼もまたアフリカ系アメリカ人であった。
  7. ^ Lentz (1955) p.70.
  8. ^ a b Digital Tradition Mirror Sound Off (Cadence Count) (Duckworth Chant)”. 2011年1月17日閲覧。
  9. ^ RCA Victor Records in the 20-4000 to 20-4999 series
  10. ^ a b c Benedict (2010) p.37
  11. ^ The Ground Truth (2006), directed by Patricia Foulkrod. Running time 80 minutes (available on DVD).
  12. ^ Josh Stieber (2010年5月) (Flash Video). Training that makes killing civilians acceptable (YouTube). The Real News.. 該当時間: 07:30. http://www.youtube.com/watch?v=cAdF31r2ve0&playnext_from=TL&videos=_flGD1BVFdc 2010年5月14日閲覧。 
  13. ^ ほぼ日刊イトイ新聞、倉恒良彰インタビュー
  14. ^ ミリタリー・ブルース” (日本語). allcinema. 2011年1月17日閲覧。
  15. ^ MELVINS Buzz Osborne Interview” (日本語) (2010年5月14日). 2011年1月17日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]