ミラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
ミラ(Mira
データ
元期 2000年初分点 (J2000.0
星座 くじら座
赤経 02h 19m 20.8s
赤緯 -02° 58' 39"
視等級 (V) +2.0m-+10.1m
特徴
スペクトル分類 M7IIIe (M5e-M9e)/Bep
色指数 (B-V) 1.09
色指数 (U-B) 1.42
変光星 ミラ型(M)
アストロメトリー
視線速度 (Rv) +64 km/s
固有運動 (μ) 赤経: 10.33 ミリ秒/
赤緯: -239.48 ミリ秒/年
年周視差 (π) 7.79 ± 1.07 ミリ秒
距離 420 光年
(130 パーセク
絶対等級 (MV) +0.93等
詳細
質量 1.18 M
半径 332–402 R
光度 8400–9360 L
表面温度 2918–3192 K
金属量  ?
自転周期  ?
年齢 6×109
連星のデータ
伴星 ミラ B
公転周期 (P)
軌道長半径 (a) -″
離心率 (e)
軌道傾斜角 (i) °
昇交点 (Ω) -°
近星点 元期 (T)
他の名称
くじら座ο星(ο Cet), くじら座68番星(68 Cet), 24H Cet, 353B Cet, 104H' Cet, 233G Cet, HR 681, HD 14386, BD-03°353, HIP 10826, SAO 129825, GC 2796, BAC 720, II 56, LTT 1179, NLTT 7657, ADS 1778 AP, CCDM J02194-0258AP
  (ミラ B):VZ Cet
Template (ノート 解説) 天体PJ
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したミラ。
紫外線で撮影されたミラの「尾」。

ミラ(Mira)はくじら座ο星(ο Cet)で、M型赤色巨星である。最も有名な脈動変光星で、ミラ型変光星の代表星である。2.0等と10.1等の間を約332日の周期で変光するが、極大等級も周期も必ず一定になるとは限らない。スペクトル型は極大時には M5e だが、極小時には M9e になる。

目次

[編集] 性質

直径は最大で太陽の400倍あり、実視絶対光度の極大時には太陽の250倍になる。距離は100光年、220光年、500光年、820光年などと資料によりまちまちだが、『天文年鑑』2007年版によると400光年、ヒッパルコス衛星年周視差の測定結果から計算すると418光年となっており、ミラの距離は400光年~500光年が有力と考えられる。

ミラは他の脈動変光星と同様に、星が最も収縮した直後に明るさが極大となる性質を持つ。収縮時には恒星が高温となり、単位面積当たりの明るさが増えるためである。膨張時には逆の現象が起きるのに加え、低温の恒星大気に光を遮る酸化チタンの雲が発生し、光度の低下に拍車を掛けていると考えられている[1]

ミラの後方には全長約13光年にわたって彗星の尾のような構造が延びている。これは脈動の過程で放出された恒星の外層部の残骸とみられる。通常、恒星から放出された物質は惑星状星雲になるか拡散して観測できなくなるが、ミラは周囲の星間物質に対して高速で移動しているため、特有の構造が形成されたと推定されている[2][3]

ミラは実視連星でもあり、赤色巨星の主星(ミラA)と伴星(ミラB)からなる。ミラBも不規則に明るさを変化させる変光星であり、変光星名をくじら座 VZ(VZ Cet)という。ミラBは降着円盤を伴う白色矮星だと考えられている[4]

[編集] ミラに関する年表

[編集] 発見前

  • 紀元前2世紀:カール・マニティウスによれば、ヒッパルコスの 「エウドクソスとアラトスの 『ファイノメナ』の注解書」 でミラについて言及している条項があるという。
  • 紀元前134年頃:ミューラーとハルトヴィッヒによれば、ヒッパルコスはミラについて言及していたという。
何丙郁(Ho Peng-Yoke)によれば、この年にヒッパルコスが見た新星(プリニウスの 『博物誌』 など、通説ではさそり座に出現したとされる)がミラだったと主張している。ただ、この説だと前のマニティウスの主張と矛盾することになる。
  • 紀元1世紀:ヨハン・バイエルによれば、くじら座の 「こぶ」 あるいは 「湾曲部」 に位置する星(ミラのこと)についてはヒュギヌスと無名の人物が言及しているという。
  • 紀元前後:金井三男は 『聖書』 に登場するベツレヘムの星=ミラ説を主張している。
  • 1070年12月25日:何丙郁は、中国の文献に記録されている客星がミラだったと主張している。
  • 1592年11月23日:何丙郁は、韓国の文献に記録されている客星がミラだったと主張している(何丙郁は日付を「11月28日」と誤っているという)。
  • 1594年2月20日:何丙郁は、韓国の文献に記録されている客星がミラだったと主張している。

[編集] 発見後

[編集] 固有名

ミラは、ファブリツィウスによって発見されて以来、長らく新星と考えられていた(しかしながら、数年後には再発見されていたのであるから、今でいう回帰新星ということになる)。そのため、ロワーエの星図やヘヴェリウスの星表、フラムスティードの星表などではいずれも新星として扱われていた。

18世紀の後半になって、『フラムスティード星図』 のパリ・第2版(1776年)で Variante、同パリ・第3版(1795年)で Changente と記されており、この頃には変光星として認知されていたと考えられる。ミラ(Mira)という固有名は、上記ヘヴェリウスの論文の表題に由来するものであるが、実際に使われたのはボーデによる 『フラムスティード星図』 のベルリン版(1782年)が最初である。

しばしば星座名を伴ってミラ・ケーティー(Mira Ceti、「くじら座の不思議星」)ともいう(以前はよく 「ミラ・ケチ」 と表記された)。類例として、デネブ・キュグニー(はくちょう座α星)、スピカ・ウィルギニス(おとめ座α星)、プロキシマ・ケンタウリ(ケンタウルス座α星C)がある。

また、ミラはよく 「くじら座の心臓」 に当たるといわれるが、別名をコルム・ケーティー(Collum Ceti、ラテン語で 「くじらの頚」 の意)という。ちなみにヘヴェリウスは、星表では Nova in Collo Ceti (くじらの頚にある新星)と記している。

[編集] 参考文献

  1. ^ a b c d 記録的に明るい変光星ミラ-変光のしくみと観測の歴史”. AstroArts (2007年2月23日). 2010年9月12日閲覧。
  2. ^ “変光星ミラに尾 (?) を発見”. 国立天文台 アストロ・トピックス. (2007年8月17日). http://www.nao.ac.jp/nao_topics/data/000324.html 2010年9月12日閲覧。 
  3. ^ a b “Speeding-Bullet Star Leaves Enormous Streak Across Sky”. NASA. (2007年8月15日). http://www.nasa.gov/mission_pages/galex/galex-20070815.html 2010年9月12日閲覧。 
  4. ^ a b “"Wonderful" Star Reveals its Hot Nature”. Chandra X-ray Observatory. (2005年4月28日). http://chandra.harvard.edu/press/05_releases/press_042805.html 2010年9月12日閲覧。 

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語