ミニ政党

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ミニ政党(ミニせいとう)とは、規模の小さな政党のこと。

アメリカ[編集]

アメリカでは民主党共和党二大政党制が確立しているため、それ以外の第三党はミニ政党として扱われる(第三党の中には、1968年アメリカ合衆国大統領選挙アメリカ独立党のように五つの州で共和党・民主党を破って1位になり選挙人46人を獲得した例もある)。

ドイツ[編集]

ドイツでは連邦議会および各州の議会に5%阻止条項があるため、これを乗り越えられない政党はミニ政党(Kleinpartei)として扱われる。

日本におけるミニ政党[編集]

概要[編集]

ミニ政党とは、一般的に少数の国会議員を有する政党及び所属国会議員のいない政党・政治団体のことを指す。また、法律上の政党要件を満たさない政治団体のみを指すこともある[1]。これらの政党・政治団体は報道などで諸派(しょは)と総称される。

日本共産党社会民主党は、ミニ政党とみなされることもある[2][3]が、議員数・党員数や歴史的背景[4]などからミニ政党に分類されないことが多い。

マスコミにおいては、諸派は無所属とともに、その政治方針にかかわらず与党とも野党ともみなさない事も多い。

参議院議員選挙におけるミニ政党[編集]

1983年第13回参議院議員通常選挙より全国区に代わって政党名のみを記載して投票する「比例代表選出議員選挙」を取り入れるようになった。このため、比例区に出馬するには政党の形を取らなければならなくなった(制度上は確認団体)。そこで、これまで無所属で全国区に出馬していた候補などにより、ミニ政党といわれる小規模の政党・政治団体が相次いで結成され、候補を立てて話題になった。この選挙で2議席を獲得したサラリーマン新党を筆頭に、第二院クラブ福祉党MPD・平和と民主運動無党派市民連合雑民党教育党地球維新党UFO党日本世直し党などがある。右翼左翼市民団体などもミニ政党として候補を立てた。新左翼の一部の党派は、議会制度そのものを資本主義体制の一部と見て否定しており(反議会主義)、一方右翼は民主主義天皇制への挑戦であるとして否定しているため(封建主義絶対王政専制君主制)、擁立例は少ない(ただし両陣営とも近年は地方議会に進出している)。

しかし、1986年、1995年の選挙と相次いで供託金が引き上げられた。加えて1995年には確認団体に認められていた無料広告に「得票率が1%を切った場合は実費負担[5]」の制限が付いたのをきっかけに、ミニ政党の立候補が激減。特に無料広告の事実上の廃止はミニ政党への負担が重く、2001年の参議院選挙に候補を立てた新党・自由と希望新社会党は得票率1%を切ったため、未だに広告料を払い切れていないという。

ミニ政党が比例区で議席を獲得したのは1995年参議院選挙の第二院クラブが最後である。保守党は参議院選挙の獲得議席はミニ政党並みだが、衆議院選挙では所属議員個人の力である程度の議席を得ていた。

2004年の参議院選挙比例区に、5大政党以外の政党(正確には政治団体)で候補を擁立したのはわずか3つだけ(みどりの会議女性党維新政党・新風。他に選挙区のみで世界経済共同体党、いずれも当選なし)となった。

衆議院議員選挙におけるミニ政党[編集]

衆議院選挙では、第二次世界大戦敗戦直後の混乱期を例外として、ミニ政党が候補を立てても、議席を得た例はほとんど無い。また、議席を得た例でも、ほとんどがほどなく大政党に吸収されている。戦後長く用いられた「都道府県を基礎とする中選挙区制」は基本的にミニ政党には不利な制度であった。例外的なものとして社会民主連合が衆議院最大4議席の小勢力ながら15年間国会に勢力を維持したことがあった。また自由連合は、創立者の徳田虎雄自由民主党へ一度は入党したが、日本医師会の意向で追放されたのちに結成されたいきさつもあり、虎雄の引退後も存続していた。しかし、虎雄の息子である徳田毅が一度は党代表を継いだが、その後自由民主党へ入党した。

衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されて以降に、政党要件を満たしていない政治団体が比例区に立候補した例としては、2000年の第42回衆議院議員総選挙において東京ブロックに候補者を擁立した社会党、2005年の第44回衆議院議員総選挙および2009年の第45回衆議院議員総選挙において北海道ブロックに候補者を擁立した新党大地、第45回衆議院議員総選挙及び2012年の第46回衆議院議員総選挙において全11ブロックに候補者を擁立した幸福実現党、2009年の第45回衆議院議員総選挙選挙において北海道ブロックに候補者を擁立した新党本質の例があり。現在のところ新党大地のみが政治団体で衆議院の比例区で議席を獲得した唯一の政治団体となっている。

また、地域政党では、新党大地が衆議院に、沖縄社会大衆党が参議院に、それぞれ議席を有している。沖縄社大党は過去複数回議席を獲得したことがあり、現在でも非自民共闘の要となっている。

中選挙区制時代には衆院選でも確認団体制度が存在し、日本労働党雑民党国民党などが確認団体となっている。1996年の小選挙区制導入後は確認団体制度が廃止され、ミニ政党の立候補そのものが極めて困難となっている。そのため、新党結成に際しても、全くの新規参入は少なく、既成の国会議員を引き入れ、政党要件である5人の国会議員を確保して結党する例が多い(日本維新の会など)。

脚注[編集]

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  1. ^ 東奥日報 ニュース百科「ミニ政党」 2007年9月14日
  2. ^ 毎日新聞社 まいまいクラブ 記者の目「存亡かかる共産・社民」 2006年2月23日
  3. ^ 東奥日報 「守れるか、伝統の「本丸」/40歳の社会文化会館」 2004年3月4日
  4. ^ 両党とも(社会民主党は前身の日本社会党)結成は自由民主党より先。殊に日本共産党は戦前から存在する
  5. ^ 通常の新聞広告は、出稿料が定価より値引きされることが多い。しかし、選挙広告は必ず定価となるため、負担額は大きくなる。ただし、定価の設定は新聞社によって違い、全国紙は通常広告の定価よりやや安く、逆に地方紙は高くする傾向にあるという。(『週刊ポスト』2010年7月16日号「国民の皆さん、知ってますか!? 血税年間200億円を貪る大新聞テレビ《選挙ビジネス》のカラクリ」)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]