マルセロ・カエターノ

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マルセロ・カエターノ

マルセロ・ジョゼ・ダシュ・ネヴェシュ・アルヴシュ・カエターノMarcelo José das Neves Alves Caetano, 1906年8月17日1980年10月26日)はポルトガル政治家首相

[編集] 来歴

元はリスボン大学法学教授であり、超保守主義者であった。 1940年アントニオ・サラザールの権威主義的独裁の下、カエターノの出世が始まる。 彼はすぐにエスタド・ノヴォ体制の要人となり、ヒトラーユーゲントを模倣した組織であるポルトガル青年団(Mocidade Portuguesa)の長官、後には植民地省大臣にも指名された。

1968年、サラザールが突然の事故により執務不能となると、カエターノが後継者に指名され、9月28日、首相に就任した。

カエターノはサラザール体制維持の方針を採ったため、1974年には左派青年将校らによる国軍運動 (MFA) が決起し、カーネーション革命が勃発。包囲されたカエターノらは投降し、翌日にはトマス大統領と共にマデイラ島へ移され、数日間滞在した後、ブラジルへ亡命。1980年、同地で没した。

先代:
アントニオ・サラザール
ポルトガルの首相
1968-1974
次代:
アントニオ・デ・スピノラ
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