ジョゼ・ソクラテス

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ジョゼ・ソクラテス
José Sócrates
Socrates Brasilia 2011.png
ジョゼ・ソクラテス(2011年)
生年月日 1957年9月6日(56歳)
出生地 Flag of Portugal.svg ポルトガル、アリジョ
所属政党 社会党 (1981–現在)
サイン Jose Socrates signature.svg

任期 2005年3月12日 - 2011年6月21日
元首 ジョルジェ・サンパイオ
アニーバル・カヴァコ・シルヴァ

任期 2007年7月1日 - 2008年1月1日

ポルトガルの旗 ポルトガル共和国環境大臣
任期 1999年10月25日 - 2002年4月6日

ポルトガルの旗 ポルトガル共和国副首相
任期 1997年11月25日 - 1999年10月25日

ポルトガルの旗 ポルトガル共和国
環境省国務次官
任期 1995年10月30日 - 1997年11月25日

その他の職歴
ポルトガルの旗 ポルトガル共和国議会議員
(1987年8月13日 - )
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ジョゼ・ソクラテス・カルヴァーリョ・ピント・デ・ソーザ[1]ポルトガル語: José Sócrates Carvalho Pinto de Sousa1957年9月6日 - )は、ポルトガル政治家。同国の前首相(2005年 - 2011年)、社会党前党首(書記長)。

経歴[編集]

衛生工学を学んだ土木技師であった。1981年から社会党のメンバーであり、1987年には議員に選出された。1995年にアントニオ・グテレスの第一次内閣で国務長官として入閣した。2年後に青年スポーツ大臣に就任し、ポルトガルで開催されたUEFA EURO 2004の主催者の一人となった。1999年に第二次グテレス内閣で環境大臣に就任した。2002年の選挙でソクラテスの社会党は野党に下った。フェロ・ロドリゲスが2004年に党首を辞任した後、2004年9月24日に行われた党首選挙で投票数の80%を獲得し、マヌエル・アレグレおよびジョアン・ソアレスを破り党首に就任した。

2005年ポルトガル議会選挙で社会党は圧倒的勝利を収め、ソクラテスは組閣のため2月24日にジョルジェ・サンパイオ大統領に呼び出された。新内閣の発足とソクラテスの首相就任は2005年3月12日に行われた。2009年ポルトガル議会選挙において社会党は過半数を下回ったが、第一党を維持したため政権を維持することに成功した。しかし、税収の伸び悩みと財政赤字削減が進まないことに起因した財政危機が表面化し、厳しい政権運営を強いられた。そして財政再建のための追加緊縮策が全野党に反対され議会で否決された事を受け、2011年3月23日に首相を辞任した[2](その後も暫定政権は維持したが、6月21日に正式に退陣した)。2011年ポルトガル議会選挙で社会党は敗北し、党首辞任を表明した[3]

現在は離婚しており、2人の子供がいる。

出典・脚注[編集]

  1. ^ ジョゼ・ソクラテスが名前で、カルヴァーリョ・ピント・デ・ソーザが姓。カルヴァーリョが母方の姓で、ピント・デ・ソーザが父方の姓である。ポルトガル語発音ではジュゼ・ソークラティシュ・カルヴァーリュ・ピントゥ・ディ・ソーザのような発音になる。
  2. ^ 財政緊縮策否決でポルトガル首相辞任、政治危機へ突入か-2011年3月25日9時9分配信AFP
  3. ^ “ポルトガル議会選、与党敗北 政権交代へ”. AFPBB News (フランス通信社). (2011年6月6日). http://www.afpbb.com/article/politics/2804039/7304914?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics 2011年6月6日閲覧。 
公職
先代:
ペドロ・サンタナ・ロペス
ポルトガルの旗 ポルトガル共和国首相
第119代:2005 - 2011
次代:
ペドロ・パッソス・コエーリョ
議会
先代:
(複数人選出)
カステロ・ブランコ県選出議員
1987 -
次代:
(複数人選出)
外交職
先代:
アンゲラ・メルケル
ドイツ
欧州連合の旗 欧州理事会議長
2007 - 2008
次代:
ヤネス・ヤンシャ
スロベニア
党職
先代:
フェール・ルドリゲシュポルトガル語版
社会党書記長
第7代:2004 -
次代:
(現職)