ボコ・ハラム

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ボコ・ハラム
宣教及びジハードを手にしたスンニ派イスラム教徒としてふさわしき者たち
جماعة أهل السنة للدعوة والجهاد
ナイジェリアのイスラム主義者の反乱英語版に参加
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活動期間 2002年–
活動目的 ワッハーブ派
サラフィー・ジハード主義
イスラム原理主義
指導者 モハメド・ユスフ英語版(創設者) 
アブバカル・シェカウ英語版(現在)
活動地域 ナイジェリアカメルーンニジェールチャド
兵力 7,000-10,000人[1][2][3]
関連勢力
敵対勢力

ボコ・ハラムBoko Haram)は、ナイジェリアサラフィー・ジハード主義組織。正式な名称は「宣教及びジハードを手にしたスンニ派イスラム教徒としてふさわしき者たち」(アラビア語: جماعة اهل السنة للدعوة والجهاد‎ Jamāʻat Ahl as-Sunnah lid-daʻwa wal-Jihād)という[14]

Bokoハウサ語で「西洋式の非イスラム教育」を意味し、Haram とはアラビア語で「」の意味である。つまり Boko Haram とは「西洋の教育は罪」という意味となる[15]。ナイジェリア北部の各州にシャリーアの導入を目指して武装闘争を展開している。「ナイジェリアのターリバーン」と呼ばれる[16]

組織[編集]

ボコ・ハラムの勢力圏(灰色、2014年)

ボコ・ハラムは西洋式教育だけでなく西洋文明、現代科学、特にダーウィン主義を攻撃している。

創設者はモハメド・ユスフ英語版。2014年現在の指導者はアブバカル・シェカウ英語版である。主要メンバーには、Mallam Sanni Umaruがいる。2014年、ナイジェリア秘密警察の広報官は、本物のアブバカル・シェカウは、2003年の時点で既に死亡しており、その後複数の人物が名乗ってきたことを指摘。組織内でアブバカル・シェカウの名前が1人歩きし、指導者のブランドと化していることを示唆している。なお、ボコ・ハラムのビデオにて、アブバカル・シェカウを演じていた戦闘員の1人は、2014年、ボルノ州内の戦闘により死亡している[17]

2014年10月、ボコ・ハラムとナイジェリア政府との間で和平交渉が持たれたが、この過程でアブバカル・シェカウの代理を名乗る者が殺到。交渉窓口はもちろんのこと、ボコ・ハラムの事実上のリーダーと、その指揮系統の全体像は非常に不明瞭となっている[18]

歴史[編集]

2012年まで[編集]

前身組織は、1990年代中頃に設立されたイスラム教の学習グループとされる[14]

ボコ・ハラムは、2002年にナイジェリア北部のマイドゥグリで結成された。

2004年にボコ・ハラムはヨベ州に本部を移した。ニジェールとの国境付近に設立した軍事訓練キャンプを「アフガニスタン」と名づけ、そこから警察署の襲撃などを繰り返した。ボコ・ハラムにはチャドなどから来た民兵も合流している。

2009年、ナイジェリア警察はボコ・ハラムの摘発に乗り出しバウチ州で幹部数名を逮捕、7月には治安部隊とボコ・ハラムの間でバウチ州、ヨベ州、カノ州カツィナ州において大規模な戦闘が行われ、700人を越える死者が出た。リーダーのモハメド・ユスフはナイジェリアの治安当局に逮捕され、収監中に脱走を図り射殺された[19]。39歳であった。以降はシェカウがリーダーを名乗ることとなる。

2010年にはボルノ州での暗殺、バウチ州の刑務所襲撃(700人以上の受刑者が結果的に脱獄した)、グッドラック・ジョナサンが大統領に就任すると首都アブジャのナイジェリア軍兵舎敷地内の市場での爆弾テロ、クリスマスイブプラトー州キリスト教徒を狙った連続爆破テロなどを起こした。

2011年6月にアブジャで起こった警察本部駐車場での自爆テロ事件(2人が死亡)でも犯行声明を出している[20]

2012年1月6日北東部アダマワ州の州都ヨラで教会と美容院を襲撃し、11人を殺害した。さらに同日北東部ヨベ州で警察と銃撃戦を展開し、警察官2人が死亡した[21]。同年2月15日夜、コギ州の刑務所が襲撃を受け、看守1人が殺害、受刑者119人が脱走する事件が発生したが、後日、この事件の犯行声明を出している[22]

2013年[編集]

2013年5月14日、ナイジェリアのグッドラック・ジョナサン大統領は、ボコ・ハラムたちの攻撃は宣戦布告に該当するとして「テロリストの反乱」に対処するため、ボルノ州ヨベ州アダマワ州の3つの州に対して非常事態宣言を発令した[23]。2013年を通じて、政府軍とボコ・ハラムの戦闘は続き、隣国のニジェール側に3万7,000人以上の避難民が流出した。また同年11月13日、アメリカ政府は、ボコ・ハラムとアンサル(派生組織)を、テロ組織に指定した[24]。同年7月6日、ヨベ州マムドの寄宿学校が襲撃され、生徒ら42人が死亡した (Yobe State school shooting[25]。9月17日、ボルノ州ベニシェイクで市民が襲撃され少なくとも87人が死亡した[26]。9月25日から26日にかけて、カメルーン国境に近いボルノ州の村が襲撃され、民間人27名が死亡した[27]。9月29日にはヨベ州の農業大学の学生寮に武装集団が押し入り銃を乱射し40人の学生が死亡する事件が発生 (Gujba college massacre、ナイジェリア軍報道官は、この事件をボコ・ハラムの犯行だと非難した[28]

2014年[編集]

ナイジェリア生徒拉致事件で破壊された学校
ボコ・ハラムが公表したビデオ。アブバカル・シェカウ英語版とされる人物が映っている。

2014年2月、ボルノ州のキリスト教徒が多く住む村が襲撃され、100人以上が犠牲となった[29]

2014年4月、ボルノ州の学生寮を襲撃し女子生徒240人が拉致(ナイジェリア生徒拉致事件)。女子生徒らを「奴隷として売り飛ばす」との犯行声明がだされる。

2014年5月、ボルノ州の町を襲撃、少なくとも125人を殺害[30]

5月29日、グッドラック・ジョナサン大統領は、前月の生徒拉致事件を念頭にボコ・ハラムに対し、対テロ全面戦争を行う決意を表明したが、この日以降も断続的に集落が襲われ多くの住民が殺害された[31]

10月17日、ナイジェリア政府がボコ・ハラムとの間で、停戦と4月に拉致された女子生徒を解放することが合意されたと発表したが、戦闘は継続し女子生徒も解放されなかった。11月に入りボコ・ハラムが公表したビデオにおいて、指導者のアブバカル・シェカウは、停戦も女子生徒の解放も事実ではないとし、既に女子生徒はイスラム教に改宗した上で結婚させたとしている[32]

2015年[編集]

1月3日、ボルノ州バガ郊外の多国籍軍基地を奪取し、バガで約2000人の住民を虐殺[33]

1月11日、ナイジェリア北東部で少女の自爆相次ぐ、23人が死亡[34]

脚注[編集]

  1. ^ How Big Is Boko Haram?” (2015年2月2日). 2015年2月2日閲覧。
  2. ^ Are Boko Haram Worse Than ISIS?”. Conflict News. 2015年2月7日閲覧。
  3. ^ http://www.visionofhumanity.org/sites/default/files/Global%20Terrorism%20Index%20Report%202014.pdf
  4. ^ Security Council Al-Qaida Sanctions Committee”. 国際連合 (2014年5月22日). 2015年2月7日閲覧。
  5. ^ Robin Simcox. “Boko Haram and defining the 'al-Qaeda network'”. aljazeera.com. 2015年2月7日閲覧。
  6. ^ Boko Haram too extreme for 'al Qaeda in West Africa' brand”. Reuters. 2015年2月7日閲覧。
  7. ^ Al-Qaeda map: Isis, Boko Haram and other affiliates' strongholds across Africa and Asia”. Telegraph.co.uk (2014年6月12日). 2015年2月7日閲覧。
  8. ^ Boko Haram voices support for ISIS' Baghdadi”. Al Arabiya (2014年7月13日). 2014年1月3日閲覧。
  9. ^ a b c Bureau of Counterterrorism. “Country Reports on Terrorism 2013”. US Department of State. 2014年8月7日閲覧。
  10. ^ a b c http://www.ngrguardiannews.com/news/national-news/187812-five-lake-chad-region-nations-meet-over-boko-haram
  11. ^ a b c Our Reporter. “Jonathan tasks Defence, Foreign Ministers of Nigeria, Chad, Cameroon, Niger, Benin on Boko Haram’s defeat”. sunnewsonline.com. 2015年2月7日閲覧。
  12. ^ a b c Martin Williams. “African leaders pledge 'total war' on Boko Haram after Nigeria kidnap”. the Guardian. 2015年2月7日閲覧。
  13. ^ Chadian Forces Deploy Against Boko Haram”. VOA (2015年1月16日). 2015年1月16日閲覧。
  14. ^ a b 国際テロリズム要覧(要約版)”. 公安調査庁. 2014年2月22日閲覧。これは政府刊行物として刊行されているもので、ネット上ではその最新版の中から重要な部分を抜き出して紹介している。ボコ・ハラムについては、アフリカ(サハラ以南)の項目に記載がある。ボコ・ハラムの正式名称の邦訳は、この公安調査庁の与えた訳を使用している。
  15. ^ 『ナイジェリアの「ボコ・ハラム」』、内外情勢の回顧と展望 平成25年(2013年)1月、公安調査庁、P36
  16. ^ スコット・ジョンソン(アフリカ総局長) (2009年8月5日). “「ナイジェリアのタリバン」は敵じゃない”. Newsweek. 2014年2月22日閲覧。
  17. ^ “ナイジェリア軍、ボコ・ハラム指導者の死亡を宣言”. AFPBBNews (フランス通信社). (2014年9月25日). http://www.afpbb.com/articles/-/3026936 2014年9月25日閲覧。 
  18. ^ “停戦と女子生徒解放でボコ・ハラムと合意、ナイジェリア政府発表”. AFPBBNews (フランス通信社). (2014年10月18日). http://www.afpbb.com/articles/-/3029245 2014年10月19日閲覧。 
  19. ^ "Times" article: Islamist sect leader shot dead after 600 killed in Nigeria siege
  20. ^ “ナイジェリア首都で自爆攻撃、同国初”. AFPBB News (フランス通信社). (2011年6月17日). http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2807016/7363714?utm_source=afpbb&utm_medium=topics&utm_campaign=txt_topics 2011年6月18日閲覧。 
  21. ^ “武装集団襲撃で13人死亡 ナイジェリア北東部”. 47 News (AP通信社). (2012年1月8日). http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012010701001508.html 2012年1月22日閲覧。 
  22. ^ “武装集団が刑務所襲撃、119人脱走 ナイジェリア”. AFP.BB.News (フランス通信社). (2012年1月17日). http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2858629/8487984 2012年2月18日閲覧。 
  23. ^ “ナイジェリア、3州に非常事態宣言 「テロリストの反乱」で”. CNN. (2013年5月14日). http://www.cnn.co.jp/world/35032053.html 2013年5月15日閲覧。 
  24. ^ “ナイジェリア「ボコ・ハラム」をテロ組織に指定、米”. CNN. (2013年11月14日). http://www.afpbb.com/articles/-/3003292 2013年11月15日閲覧。 
  25. ^ 学校襲撃で生徒ら42人死亡、全中等教育校に休校命令 ナイジェリア・ヨベ州”. AFP (2013年7月8日). 2014年2月22日閲覧。
  26. ^ ナイジェリア市民ら襲撃、87人死亡…過激派が「軍兵士」に偽装”. 産経新聞 (2013年9月20日). 2014年2月22日閲覧。
  27. ^ 武装集団襲撃で27人死亡 ボルノ州など3州非常事態 ナイジェリア”. 産経新聞 (2013年9月29日). 2014年2月22日閲覧。
  28. ^ ナイジェリアで大学襲撃、40人死亡 イスラム過激派ボコ・ハラムの犯行か”. 産経新聞 (2013年9月29日). 2014年2月22日閲覧。
  29. ^ 武装集団襲撃、100人殺害=ボコ・ハラムか-ナイジェリア”. 時事通信 (2014年2月17日). 2014年2月22日閲覧。
  30. ^ 過激派が125人殺害か 少女拉致のナイジェリアで”. 産経新聞 (2014年5月8日). 2014年5月9日閲覧。
  31. ^ “ナイジェリア大統領、ボコ・ハラムとの「全面戦争」を宣言”. AFPBBNews (フランス通信社). (2013年5月30日). http://www.afpbb.com/articles/-/3016316 2014年6月8日閲覧。 
  32. ^ “ボコ・ハラム、「女子生徒は全員結婚した」 政府との停戦も否定”. AFPBBNews (フランス通信社). (2014年11月2日). http://www.afpbb.com/articles/-/3030622 2014年11月2日閲覧。 
  33. ^ “Boko Haram massacre thousands, says Amnesty International”. Sydney Morning Herald. (2015年1月10日). http://www.smh.com.au/world/boko-haram-massacre-thousands-says-amnesty-international-20150110-12loit.html 2015年1月13日閲覧。 
  34. ^ “ナイジェリアで少女の自爆相次ぐ、ボコ・ハラムが強制か”. AFPBBNews (フランス通信社). (2015年1月12日). http://www.afpbb.com/articles/-/3036253 2015年1月13日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]