ベルト・ド・ブルゴーニュ

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『ロベール敬虔王の破門』 ジャン=ポール・ロラン作(1875年)、オルセー美術館

ベルト・ド・ブルゴーニュ(Berthe de Bourgogne, 964年頃 - 1010年1月16日)は、ブロワ伯ウード1世の妃、のちフランスロベール2世の2番目の妃。父はブルグントコンラート、母は西フランクルイ4世の娘マティルダ。名はドイツ名でベルタ(Bertha)とも。

初めブロワ伯ウード1世と結婚し、ウード2世ら何人かの子をもうけた。

先夫と死別後、996年にフランス王ロベール2世と再婚した。ロベールは最初の妃ロザーラと離婚してベルトとの結婚に踏み切ったが、ロベールの父方の祖母とベルトの母方の祖母が共にドイツ王ハインリヒ1世(捕鳥王)の娘という又従姉弟の関係であったため、教皇グレゴリウス5世教会法の禁ずる近親婚であるとして結婚を認めず、ロベールを破門にした。のち、次の教皇シルウェステル2世によって1000年に婚姻の無効が宣告された。