ジョージ・ワシントン (空母)

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USS George Washington
艦歴
発注 1982年12月27日
起工 1986年8月25日
進水 1990年7月21日
就役 1992年7月4日
退役
母港 神奈川県横須賀
所属 太平洋艦隊
第5空母打撃群
性能諸元
排水量 満載 104,178トン
全長 333 m
全幅 76.8 m
喫水 12.5 m
機関 ウェスティングハウス A4W 原子炉2基
蒸気タービン4機, 4軸, 260,000 shp
最大速 30ノット以上
航続距離
乗員 士官・兵員:3,200名
航空要員:2,480名
兵装 RIM-7 シースパロー短SAM 2基
RIM-116 RAM 2基
ファランクスCIWS 2基
搭載機 85機
モットー Spirit of Freedom
愛称 GW
艦長のデイビッド・ラウスマン(David Lausman)海軍大佐(中央)

ジョージ・ワシントン (USS George Washington, CVN-73) は、アメリカ海軍航空母艦ニミッツ級航空母艦の6番艦。艦名は初代アメリカ合衆国大統領ジョージ・ワシントンに因んで命名された。アメリカ国外の基地を事実上の母港として配備される唯一の空母であり、日本に配備された初の原子力推進空母である。

目次

[編集] 艦歴

1986年8月25日ニューポート・ニューズ造船所で建造が始まる。1990年7月21日に当時のファーストレディバーバラ・ブッシュにより命名、進水し、アメリカ合衆国の216回目の独立記念日である1992年7月4日に就役した。この当時の母港はバージニア州ノーフォークであった。

就役以来ジョージ・ワシントンは6度の地中海およびペルシャ湾配備を経験した。最初の配備が行われた1994年には、ノルマンディー上陸作戦50周年記念の背景として貢献した。2度目の配備が行われた1996年には、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争における各勢力の指導者から成る共同軍事委員会による歴史的な会合のホスト役を果たした。ワシントンはさらにボスニア・ヘルツェゴビナにおける平和維持活動、デサイシヴ・エンデヴァー作戦で重要な役割を果たし、イラク南部の飛行禁止区域の警戒活動、サザン・ウォッチ作戦に参加した。

1997年10月から1998年4月まで行われた3度目の配備では、ワシントンは6ヶ月間のほとんどをペルシャ湾での巡航に費やし、イラクに対する国連武器査察団の支援を行った。

4度目の配備は2000年6月に始まり、ワシントンはアメリカ合衆国の軍事的プレゼンスの象徴として、ペルシャ湾で6ヶ月の活動を行う。ワシントン戦闘群は6月21日に出航し、地中海、インド洋およびペルシャ湾で作戦活動に従事した。戦闘群はペルシャ湾で、イラク上空に800回の出撃を行い、サザン・ウォッチ作戦を支援した。水上艦部隊は海上封鎖作戦を実施し、国連制裁に違反してイラクから密輸されようとした20,000トン以上の原油を阻止した。また、ユーゴスラビアの大統領選挙後に緊張が高まると、戦闘群は地域の安定に寄与した。

ペルシア湾を航行中のジョージ・ワシントン
2004年

2004年に地中海からインド洋に入りイラク戦争終結後の海上検査作戦などの警戒活動に行う。4月18日第131戦闘攻撃飛行隊のF/A-18Cがイラク北部のキルクークに潜伏するテロリストに対する精密爆撃と機銃掃射攻撃を実施。これはイラク戦争終結以降、空母による最大の攻撃作戦である。

本土に帰還後、2004年11月にはF/A-18E/Fの初めての発着艦テストを実施。

2005年度で予定していた通常動力型のジョン・F・ケネディ(USS John F. Kennedy, CV-67) の大規模整備が中止になったことで、燃料棒交換およびオーバ-ホールの時期が早まると見られている。

[編集] 横須賀配備

2008年4月7日、ワシントンは第17空母航空団 (Carrier Air Wing 17, CVW-17) および第8空母打撃群 (Carrier Strike Group 8, CSG-8) と共にノーフォークを出航し、南米を回ってキティホーク (USS Kitty Hawk, CV-63) とその任務を交代するため横須賀基地に向かった。

この巡航中、ワシントン戦闘集団はアメリカ南方軍による同盟諸国との演習に参加した。アメリカ海軍はブラジル海軍およびアルゼンチン海軍との共同作戦を実施した。4月22日ブラジルリオデジャネイロを初めて訪問した。

ワシントンがキティホークと任務を交代すると共に、第17空母航空団と第8空母打撃群は本国に帰還、厚木海軍飛行場を拠点とする第5空母航空団と横須賀を拠点とする第5空母打撃群がその任を引き継ぐ。ジョージ・ワシントンは米国外の基地を母港とする初の原子力空母となる。アメリカ海軍は日本国民に対してその任務を説明するために、「CVN-73」と題されたマンガ冊子を発行した。

横須賀に入港したジョージ・ワシントン

2008年5月22日の午前8時前、中南米を航行中にエアコンや冷蔵施設、予備ボイラー室がある船尾の一角で火災が発生。1名がやけどを負い、23名が長時間の消火作業により熱中症となった。原子炉の安全性には問題は無く、数時間後に乗組員によって鎮火された。ワシントンは5月27日にサンディエゴに入港、火災による損害の評価が行われた。原因は、適切な管理が為されていなかった油脂類にタバコの火が引火したものであり、ケーブル類に延焼したため鎮火に手間取ったとされている。7月30日には、この火災の監督責任を問い、艦長であったダイコフ大佐が更迭された。

この火災事故の影響により、当初6月上旬のハワイにおけるキティホークとの交代式の実施、7月末までのハワイ沖における環太平洋合同演習(リムパック2008)への参加、8月19日に横須賀入港・配備予定が延期となる。

修理を終えたジョージ・ワシントンは、8月21日(現地時間)にサンディエゴを出港し、キティホークとの交代式のためハワイに向かった。第7艦隊に編入され、9月25日朝横須賀基地に入港し、同基地を事実上の母港として配備された。

[編集] 第5空母航空団

第5空母航空団(Carrier Air Wing 5, CVW-5)は、ジョージ・ワシントン(CVN-73)に艦載される航空団。

飛行隊名 通称名 使用機種
第27戦闘攻撃飛行隊 (VFA-27) 「ロイヤル・メイセス」 "Royal Maces" F/A-18E
第102戦闘攻撃飛行隊 (VFA-102) 「ダイアモンドバックス」 "Diamond backs" F/A-18F
第115戦闘攻撃飛行隊 (VFA-115) 「イーグルス」 "Eagles" F/A-18E
第195戦闘攻撃飛行隊 (VFA-195) 「ダムバスターズ」 "Dambusters" F/A-18E
第136電子攻撃飛行隊 (VAQ-136) 「ガントレッツ」 "Gauntlets" EA-6B
第115早期警戒飛行隊 (VAW-115) 「リバティ・ベルズ」 "Liberty Bells" E-2C
第14ヘリコプター対潜飛行隊 (HS-14) 「チャージャーズ」 "Chargers" SH-60FHH-60H
第30艦隊後方支援飛行隊・第5分隊 (VRC-30・Det5) 「プロバイダーズ」 "Providers" C-2A[出典 1]

[編集] 第7艦隊

  • 第51軽対潜ヘリコプター飛行隊・第3分隊 (HSL-51・Det3) 「ワーローズ」"Warlords" - SH-60B[1]

[編集] 現在の位置

2011年1月25日現在 - 横須賀のドックに停泊中[2]

2011年3月21日現在 - 定期修理を切り上げ、横須賀を出港[3]

[編集] 備考

  • 飛行甲板には、ノンスキッド(滑り止め)が塗布されている[4]
  • の重量は30トン[5]、錨を連結する鎖のリンクは一つ360ポンド(約162kg)[6]、鎖の長さは約327mでこの錨と鎖が2セット搭載[7]されている。
  • 艦内部には、艦名の由来となった人物のトリビュート・ルームがある[8]

[編集] 関連項目

[編集] 出典

  1. ^ 福好昌治著 『在日米軍の矛、アメリカ海軍』、軍事研究2009年8月号

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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