シュトラールズント歴史地区とヴィスマール歴史地区

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世界遺産 シュトラールズント
歴史地区と
ヴィスマール歴史地区
ドイツ
シュトラールズントの市庁舎
シュトラールズントの市庁舎
英名 Historic Centres of Stralsund and Wismar
仏名 Centres historiques de Stralsund et Wismar
面積 168 ha (緩衝地帯 448 ha)
登録区分 文化遺産
文化区分 建造物群
登録基準 (2), (4)
登録年 2002年(第26回世界遺産委員会)
公式サイト 世界遺産センター(英語)
地図
シュトラールズント歴史地区とヴィスマール歴史地区の位置(ドイツ内)
シュトラールズント歴史地区とヴィスマール歴史地区
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シュトラールズント歴史地区とヴィスマール歴史地区(シュトラールズントれきしちくとヴィスマールれきしちく)はドイツの世界遺産のひとつである。ドイツメクレンブルク=フォアポンメルン州シュトラールズントヴィスマールは、ともにハンザ都市として栄え、一時スウェーデン領となるなど、共通する歴史的経緯をたどってきた。それらの旧市街には、かつての歴史的経緯や地勢を反映し、ゴシック様式レンガ建築群をはじめとする美しい建造物群が並んでいることが評価され、2002年にUNESCO世界遺産リストに登録された。

構成資産[編集]

ヴィスマールシュトラールズントは、ロストックとともに、いずれもリューベックからの移民によって築かれた[1]。リューベックから約 60 キロメートル間隔のバルト海沿岸にロストック(1218年)、ヴィスマール(1229年)、シュトラールズント(1234年)が相次いで築かれたのは、コグ船の航行距離に起因するものだという[1]。ヴィスマールとシュトラールズントは、レンガ造りのゴシック建築などに特色があり、建造物群はその技術的発展などを伝えている[2][3]

ヴィスマール[編集]

ヴィスマールは1229年に建設された都市である。三十年戦争を経て、シュトラールズントとともにスウェーデン領となった[4](1648年 - 1803年)。ヴィスマールは メクレンブルク大公国領となった後もスウェーデンとの繋がりが曖昧な形で残存し[4]、正式にドイツ領となったのは1903年のことであった[5][6]

市庁舎が面するマルクト広場は100メートル四方で[5]、「北ドイツのもっとも美しい広場」という評価もある[7]。広場に面する家々は幅広い時代にまたがって時代ごとの建築様式を伝えており[8]、ハンザ商人たちが建てたものの他、スウェーデン時代に建てられた淡い色のファサードの建物が混在する[9]

そのマルクト広場に面する建物の一つが、ヴィスマール最古の建築物でもある1380年建設のアルター・シュヴェーデ(「年寄りのスウェーデン人」の意味[10])である[5][11]。1878年以降は、居酒屋になっている[10](レストランと表現する文献もある[5])。アルター・シュヴェーデが広場の東側に面するのに対し、南側には、ヴァイマール名物のビール醸造とも結びつく古井戸のある建物ヴァッサークンストがある。これは1602年に建てられ、19世紀半ばに現存する形に整えられたもので、クンスト(芸術)を含む名称は19世紀半ばの改築に伴うものであった[9]

聖マリア教会(マリエン教会)は第二次世界大戦で被災し、1960年に塔以外が取り壊された[9]。残された高さ80 メートルの塔は、かつては入港する船にとって、目印として機能していたものである[5]

聖ニコライ教会はフランスの大聖堂を手本として、1380年から1508年にかけて建てられたものであり[5]、レンガ建築の聖堂としては世界で2番目の高さを持つ(1位はリューベックの聖母マリア教会英語版[12][13]。教会堂の天井の高さはドイツで4番目[9]。内部では、1430年ごろ作製の、様々な聖人の彫像に飾られた「小売商人ギルドの祭壇」をはじめとする豪華、多彩な調度品に飾られている[13]

聖ゲオルク教会もレンガ造りの聖堂で、13世紀末から15世紀に建てられた後期ゴシック建築である[13]。聖マリア教会、聖ゲオルク教会は第二次世界大戦で大きく被害を受けた上[13]、聖ニコライ教会ともども、ドイツ民主共和国時代に大きく損なわれたが、ドイツ再統一後に修復されている[14]

16世紀建設のシャッベルハウス (Schabbellhaus) は、当時、市長を勤めた豪商のヒンリヒ・シャッベルの邸宅であり[13]、現在は歴史博物館になっている[15]。この建物はネーデルラント・ルネサンス様式の赤レンガ造り3階建ての建物で[13]、ハンザ商人のかつての館の様子を知るのに好適である[16]

世界遺産登録面積は80 ha(緩衝地帯 108 ha)である[17]

シュトラールズント[編集]

シュトラールズントは「鋭い矢」が語源で、三方を水に囲まれた尖った地形に由来するという。美しい街並みから「ハンザの宝石」の異名をとる[18]

市庁舎はレンガ造りのファサードが美しく[19]尖塔や透かし模様が特筆される[20][21]。その透かし模様は、リューベック市庁舎を模倣したものである[21]。市庁舎1階にはかつて40軒ほどが軒を連ねる問屋街が形成されており、主として毛織物の取引がされていたが[12][20]、現在は黒い柱が並ぶ通路のみが残る[20]。その市庁舎の前にある広場がアルター・マルクトであり、聖ニコライ教会が隣接する[19]。聖ニコライ教会と市庁舎は内部で繋がっているが、これは、かつてハンザ商人が市の参事会員の多くを占めていた時代に、利便性を考慮したものだという[22]

ヴィスマール、シュトラールズントとも聖ニコラウスの名を冠する教会があるのは、彼が船乗りの守護聖人とされるからである[23]

もう一つの広場ノイアー・マルクトには、かつての大聖堂や修道院を転用した文化歴史博物館、海洋博物館がある[19]

世界遺産登録面積は88 ha(緩衝地帯 340 ha)である[17]

登録経緯[編集]

この物件が正式に推薦されたのは、2000年12月28日のことだった[24]。この時点で、ハンザ同盟と結びつきのある歴史地区や港湾施設は、すでに世界遺産にいくつも登録されていた。ブリッゲンノルウェーの世界遺産、1979年)、ハンザ同盟都市ヴィスビュースウェーデンの世界遺産、1995年)、タリン歴史地区エストニアの世界遺産、1997年)、リガ歴史地区ラトビアの世界遺産、1997年)などがそれである[25]。特にハンザ都市リューベックドイツの世界遺産、1987年)は、位置関係からも非常に類似し、その拡大登録ではなく新規の登録とする以上は、リューベックと異なる価値が示されねばならない。また、上述の通り、歴史的経緯からすれば、ロストックを含めない理由も必要になる。

こうした点に対し、世界遺産委員会の諮問機関である国際記念物遺跡会議 (ICOMOS) は、

  • ハンザ同盟の中でもヴェンド人の地区を代表すること。
  • 同じ地区のリューベックが同盟の揺籃期(13世紀)を代表するのに対し、シュトラールズントとヴィスマールは盛期(14世紀)を代表する点で異なること。
  • ロストックなど、同じ地区に属する世界遺産になっていない都市に比べて、かつての街並みの保存状態が良好であること。

などの点を挙げ、シュトラールズントとヴィスマールには固有の顕著な普遍的価値を認められるとし[26]、「登録」を勧告した[27]

初の6月開催となった第26回世界遺産委員会(2002年)では勧告を踏まえ、正式に登録された。前回委員会から半年しか開いていなかったこともあり、この年の登録はわずか9件のみだったが、この物件はそのうちの一つである。

登録名[編集]

世界遺産としての正式登録名は、Historic Centres of Stralsund and Wismar (英語)、Centres historiques de Stralsund et Wismar (フランス語)である。その日本語訳は資料によって以下のように、主として都市名表記の面で若干の揺れがある。

  • シュトラールズント及びヴィスマルの歴史地区 - 日本ユネスコ協会連盟[28]
    • 当初は「及び」が「および」と、ひらがな表記になっていた[3]
  • シュトラールズントとヴィスマルの歴史地区 - 古田陽久古田真美[29]
  • シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区 - 世界遺産検定事務局ほか[2][30]
  • シュトラールズントとヴィスマールの歴史地区 - 谷治正孝[31]
  • シュトラールズンドとヴィスマールの歴史地区 - 青柳正規[7]
  • シュトラルズント歴史地区とウィスマール歴史地区 - ブリタニカ国際大百科事典[32]

登録基準[編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
    • ICOMOSはこの基準の適用理由について、「ヴィスマールとシュトラールズントは、13世紀から15世紀のハンザ同盟ヴェンド人セクションの主導的中心都市であり、17・18世紀にはスウェーデン王国領として、行政および防衛の中心地となった。それらの都市はバルト海地方に独特なレンガ建築技術や建築様式の発展と普及、ならびにスウェーデン時代の防衛システム群の発展に貢献した」[33]と説明した。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
    • ICOMOSはこちらの基準について、「シュトラールズントとヴィスマールは、ハンザ貿易都市で典型的となる建築技術・都市形態の発展にとって決定的に重要であり、そのことは、主要な教区聖堂やシュトラールズント市庁舎、そしてディーレンハウスのような商業建築に、よく伝えられている」[33]とした。

脚注[編集]

  1. ^ a b 谷 & 長坂 2006, pp. 16, 19
  2. ^ a b 世界遺産検定事務局 2016, p. 153
  3. ^ a b 日本ユネスコ教会連盟 2002, p. 27
  4. ^ a b ICOMOS 2002, p. 6
  5. ^ a b c d e f 地球の歩き方編集室 2013, p. 495
  6. ^ 谷 & 長坂 2006, pp. 38–39
  7. ^ a b 青柳正規監修 (2003) 『ビジュアルワイド世界遺産』小学館、p.298
  8. ^ フランス ミシュランタイヤ社 1996, p. 339
  9. ^ a b c d 地球の歩き方編集室 2016, p. 293
  10. ^ a b 谷 & 長坂 2006, p. 39
  11. ^ フランス ミシュランタイヤ社 1996, pp. 339–340
  12. ^ a b 水村 2004, p. 70
  13. ^ a b c d e f フランス ミシュランタイヤ社 1996, p. 340
  14. ^ 谷 & 長坂 2006, p. 38
  15. ^ 地球の歩き方編集室 2013, pp. 495–496
  16. ^ 谷 & 長坂 2006, p. 44
  17. ^ a b ICOMOS 2002, p. 7
  18. ^ 谷 & 長坂 2006, p. 54
  19. ^ a b c 地球の歩き方編集室 2013, p. 501
  20. ^ a b c 谷 & 長坂 2006, p. 55
  21. ^ a b 水村 2004, p. 65
  22. ^ 地球の歩き方編集室 2016, p. 304
  23. ^ 水村 2004, pp. 69–70
  24. ^ ICOMOS 2002, p. 5
  25. ^ ICOMOS 2002, p. 9
  26. ^ ICOMOS 2002, pp. 9–10
  27. ^ ICOMOS 2002, p. 10
  28. ^ 日本ユネスコ協会連盟監修 (2013) 『世界遺産年報2013』朝日新聞出版、p.44
  29. ^ 古田陽久 古田真美 監修 (2011) 『世界遺産事典 - 2012改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構、p.120
  30. ^ 水村 2004
  31. ^ 谷治正孝監修 (2013) 『なるほど知図帳・世界2013』昭文社
  32. ^ 『ブリタニカ国際大百科事典・小項目電子辞書版』ブリタニカ・ジャパン、2011年
  33. ^ a b ICOMOS 2002, p. 10 より、翻訳の上で引用。

参考文献[編集]

  • ICOMOS (2002), ICOMOS Evaluation of Nominations of Cultural and Mixed properties to the World Heritage List (WHC-02/CONF.202/INF.04), https://whc.unesco.org/archive/2002/whc-02-conf202-inf4e.pdf 
  • 世界遺産検定事務局『すべてがわかる世界遺産大事典〈下〉』マイナビ出版、2016年。ISBN 978-4-8399-5812-1 世界遺産アカデミー監修)
  • 谷克二; 長坂邦宏『北ドイツ 中世ハンザ都市物語』(第3)日経BP企画〈旅名人ブックス〉、2006年。ISBN 4-86130-222-6 
  • 地球の歩き方編集室『地球の歩き方 A14 ドイツ 2013 - 2014年版』ダイヤモンド・ビッグ社、2013年。ISBN 978-4-478-04424-7 
  • 地球の歩き方編集室 編『地球の歩き方A16 ベルリンと北ドイツ ハンブルク ドレスデン ライプツィヒ 2016-2017年版』ダイヤモンド社、2016年。 
  • 日本ユネスコ協会連盟『世界遺産年報2003』平凡社 
  • フランス ミシュランタイヤ社 編『ミシュラン・グリーンガイド ドイツ』実業之日本社、1996年。ISBN 4-408-01312-9 
  • 古田陽久; 古田真美『世界遺産事典 - 2017改訂版』シンクタンクせとうち総合研究機構、2016年。ISBN 978-4-86200-205-1 
  • 水村光男(監修)『ヨーロッパの世界遺産 (4) ドイツ・オーストリア・チェコ・ハンガリー・スイス』講談社講談社+α文庫〉、2004年。ISBN 4-06-256832-2 

関連項目[編集]