シュトラールズント

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紋章 地図
Stralsunder Wappen Karte Hansestadt Stralsund in Deutschland
基本情報
連邦州: メクレンブルク=フォアポンメルン州
郡: フォアポンメルン=リューゲン郡
緯度経度: 北緯 54度18分
東経 13度05分
標高: 海抜 5 m
面積: 38.97 km²
人口:

57,357人(2012年12月31日現在) [1]

人口密度: 1,472 人/km²
郵便番号: 18435, 18437, 18439
市外局番: 03831
ナンバープレート: HST
自治体コード: 13 0 73 088
市庁舎の住所: PF 2145
18408 Stralsund
ウェブサイト: www.Stralsund.de
上級市長: アレクサンダー・バドロウ (Alexander Badrow) (CDU)

シュトラールズント (Stralsund) はドイツの都市。メクレンブルク=フォアポンメルン州フォアポンメルン=リューゲン郡に属する(郡庁所在地)。人口は約5万8千人(2008年)で、同州第4の都市である。

地勢[編集]

Stralsund, Altstadt (2011-05-21) 4.JPG

バルト海に面した港湾都市。リューゲン島ヒデンゼー島へ渡る際の交通の拠点。近隣の都市としては、約45キロ西にオストゼーバート・ヴストロウ、約55キロ南西にロストック、85キロ南にノイブランデンブルクが位置している。

歴史[編集]

1209年に成立、1234年に都市権を獲得した。街の成立当初はリューベックと対立して街が破壊されたこともあったが、1278年ハンザ同盟都市の一員となり、リューベックとの関係も改善されていった。1370年には、この地でハンザ同盟らとデンマークとの間にシュトラールズントの和議が成立している。17世紀三十年戦争(1618~48)の講和条約であるヴェストファーレン条約によってスウェーデン領となったが、ナポレオン戦争を経てプロイセンの支配下へ置かれた。スウェーデン語では、ストラルスンドと呼ばれる。

姉妹都市[編集]

世界遺産、「シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区」[編集]

世界遺産 シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区
ドイツ
ニコライ教会
ニコライ教会
英名 Historic Centres of Stralsund and Wismar
仏名 Centres historiques de Stralsund et Wismar
登録区分 文化遺産
登録基準 (2),(4)
登録年 2002年
公式サイト ユネスコ本部(英語)
使用方法表示
ヤコブ教会
マリエン教会

シュトラールズントは、「シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区」として世界遺産に登録されている。 この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。


引用[編集]

外部リンク[編集]